卒業パーティーの参加者が「全員転生者」だった件。~悪役令嬢、ヒロイン、王太子に至るまで、全員が別のテンプレを完遂しようとして大渋滞を起こしています〜
「悪役令嬢として断罪され、辺境に追放されてスローライフを送る」
それが、私、セシリア・オズワルド公爵令嬢の人生における最大の目標であった。
私には前世の記憶がある。
日本のしがないOLとして過労死した私は、生前プレイしていた乙女ゲーム『ロイヤル・ラヴァーズ』の世界に転生した。
それも、ヒロインをいじめ抜き、最後には無惨に断罪される悪役令嬢として。
前世の記憶を取り戻したのが十歳の時。
普通の転生者であれば、ここで「断罪フラグを回避して生き残らなきゃ!」と焦り、周囲に優しく振る舞って愛されルートを目指すのだろう。
だが、連日深夜まで残業を強いられていたブラック企業出身の私は違った。
(王太子妃なんていう激務ポスト、絶対に願い下げよ! 私は絶対に婚約破棄されて、自然豊かな辺境でカフェでも開きながら、のんびりスローライフを送るんだから!)
その日以来、私は完璧な「悪役令嬢」になるための血のにじむような努力を重ねてきた。
扇で口元を隠しながらの「おーほっほっほ!」という高笑いの発声練習(腹式呼吸)。
氷のように冷たい視線を作るための表情筋トレーニング。
そして、王立学園に入学してからは、平民出身のヒロインであるアリア男爵令嬢に対し、教科書を隠したり(後で新品の参考書をこっそりロッカーに入れておいた)、水をかけたり(風邪をひかないよう白湯にした)と、悪役令嬢としての「ノルマ」を完璧にこなしてきた。
すべては、今日の日のためだ。
王立学園の卒業パーティー。
華やかなシャンデリアが照らす大広間には、色とりどりのドレスや礼服に身を包んだ貴族の子息令嬢たちが集まっている。
広間の中央では、私の婚約者であるユリウス王太子殿下と、ヒロインのアリア男爵令嬢が親しげに談笑していた。
(よし、完璧なシチュエーションね。さあ、私の十年間の集大成を見せてあげるわ!)
私は深呼吸をして表情筋を「悪役」にセットすると、扇を片手に、二人のもとへとツカツカと歩み寄った。
広間が静まり返り、人々の視線が私に集まる。
「ユリウス殿下、それに……男爵令嬢のアリアさん」
私は扇をパチンと閉じ、極めて冷酷な、零下二十度の声色で言い放った。
「このような公的な場で、身分もわきまえずベタベタと……公爵令嬢として、そして殿下の婚約者として看過できませんわ! アリアさん、あなたのような平民上がりの泥棒猫には、王宮はふさわしくありませんことよ!」
決まった。
完璧な悪役令嬢のセリフだ。
さあユリウス殿下、私を指差して「お前のような最低な女とは婚約破棄だ!」と叫びなさい!
私は内心でガッツポーズを決めながら、ユリウス殿下の怒声が響くのを待った。
ところが。
「……セシリア。ああ、私の愛しいセシリア!」
ユリウス殿下は怒るどころか、その美しいサファイアの瞳を潤ませ、あろうことか私に向かって片膝をついたのだ。
「え?」
「君がこれまで、あえて悪役を演じて私の政敵の目を欺き、私を守ってくれていたことは全て知っている! 教科書を隠したように見せかけて最新の参考書を与え、水をかけるふりをして温かい白湯でアリア嬢を気遣っていたこともな!」
(な、なんでそんな裏設定みたいなこと知ってんのよ!?)
「私は、君のその不器用で深い愛情に心から感謝している! アリア男爵令嬢との関係など、ただの噂だ! 私はこの真実の愛を貫く! さあセシリア、私と結婚してくれ。これからの人生、君の足が地につかないほど、私が一生君を溺愛しよう!」
周囲の貴族たちから「おおっ……!」「なんという真実の愛……!」と感動の拍手が巻き起こる。
待って。
待って待って待って。
何これ!?
断罪は!?
私のスローライフは!?
これ、まさか最近流行りの「冷酷だと思われていた王太子が、実は悪役令嬢の不器用な優しさに気づいていて超絶溺愛してくるテンプレ」じゃないの!?
私は激務の王太子妃になんかなりたくないのに!
「で、殿下! 何を仰っているのですか!? 私は正真正銘の悪女で——」
私が慌てて台本を修正しようとした、その時だった。
「ちょっと待ってください、ユリウス殿下!!」
それまで怯えたように殿下の背後に隠れていたヒロインのアリアが、突如として殿下を力いっぱい突き飛ばしたのだ。
派手な音を立てて床に転がる王太子。
どよめく広間。
「ア、アリアさん!?」
「私の『推し』に気安く触らないでいただけますか、この勘違い王子!!」
アリアは目を血走らせながら、ユリウス殿下を指差して怒鳴りつけた。
そして、私の方を振り返ると、突然両手を合わせて拝み始めたのである。
「セシリア様ぁっ! あああ、今日も氷のような冷たい視線が最高に尊いですっ! 私、セシリア様の『おーほっほっほ!』っていう高笑いが聞きたくて、わざと殿下に近づいて嫌がらせされるのを待ってたんです!」
「……は?」
「さあセシリア様、早く私を平手打ちして、このバカ王子から婚約破棄されて辺境に追放されてください! そうしたら、私も専属メイドとして一緒に辺境についていきますから! 殿下との恋愛ルートなんてどうでもいいんです、私は悪役令嬢との百合ルートを全力で推します!!」
アリアの口から飛び出した「推し」や「百合ルート」という、この世界にあるはずのない単語。
私は頭を抱えた。
ヒロインの様子がおかしい。
完全に「悪役令嬢の強火オタク(限界夢女子)テンプレ」に入っている。
私が混乱の極みに達していると、さらに広間の入り口から、鼓膜を破るような怒声が響き渡った。
「チィィィッ! くだらねぇお遊戯会だぜ!!」
ガシャン!と音を立ててグラスを壁に投げつけたのは、ユリウス殿下の側近であり、王国最強と名高い近衛騎士のレオンだった。
彼は赤い髪を乱暴に掻きむしりながら、ズカズカと広間の中央に歩み出てきた。
「ユリウス殿下! アンタみたいな女の尻に敷かれてるひ弱な王太子を護衛するのは、もうウンザリだ! 俺を『足手まといの無能』だと罵って、今すぐ騎士団からクビにしやがれ!」
「レ、レオン? 何を言っているんだ。君は王国最強の騎士だろう。それに事務処理能力も高くて助かっているんだが」
「うるせえ! 俺は能ある鷹は爪を隠すタイプなんだよ! 早く俺をクビにして辺境に追放しろ! そしたら俺は冒険者ギルドに登録して、受付嬢に鼻で笑われながらも、たった一日でSランクに成り上がって無双してやるんだよ! だから早く『お前は追放だ』って言え!!」
今度は「無能と追放された冒険者が実は最強だったテンプレ」の乱入である。
レオンは自分の剣を床に叩きつけ、「俺の出番(ざまぁ展開)が来ないから自分から暴れに来たんだよ!」と喚き散らしている。
溺愛しようとする王子。
百合ルートに持ち込もうとするヒロイン。
クビになりたくて暴れる最強の騎士。
そして、ただスローライフを送りたい悪役令嬢。
広間はもはや、誰の言葉も通じないカオスな空間と化していた。
貴族たちはポカンと口を開け、この前代未聞の惨状を呆然と見つめている。
「……皆様、非生産的な茶番はそこまでにしていただけますか」
その時、極めて冷静で、底冷えするような声が響いた。
現れたのは、宰相の息子であり、学園の生徒会長も務める銀髪の青年、シリルだった。
彼は神経質そうに眼鏡を指で押し上げながら、分厚い羊皮紙の束を抱えて歩み寄ってきた。
「私の構築した『Excelマクロ魔法』によるシミュレーションによれば、あなた方の非論理的な行動は、国家予算と経済インフラに甚大な被害をもたらします」
「えっくせる?」
「ええ。私はすでに、王太子派閥の崩壊を見越して関連商会の株を空売り済みです。さあ皆様、私の計画通りに動いていただくため、全員この『秘密保持契約(NDA)』と、『週休二日制および残業ゼロを確約する労働条件通知書』にサインをしてください。私は、前世のようなブラック労働はごめんです。定時で帰って、裏からこの国の経済を支配したいんです」
眼鏡を光らせながら、万年筆を差し出してくるシリル。
「現代のITスキルや法務知識で異世界を無双するテンプレ」まで登場してしまった。
私は、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「推し」だの「Sランク」だの「Excel」だの「定時退社」だの。
この狂った空間で飛び交う、異質な単語の数々。
一つの確信が、私の脳裏に閃いた。
私は扇を強く握りしめ、目の前の四人を指差して叫んだ。
「ちょっと待って……あんたたち、まさか全員、日本からの『転生者』なの!?」
私のその言葉に。
ユリウス殿下も、アリアも、レオンも、シリルも。
全員がビクッと肩を震わせ、目を丸くして私を見た。
「「「「……えっ?」」」」
「そのリアクション……やっぱりそうね!! お前ら、全員自分のやりたい『なろう系テンプレ』を強引に進めようとして、物語の導線をメチャクチャにして大渋滞を起こしてるんじゃないわよ!!」
私の怒髪天を突くようなツッコミが、卒業パーティーの会場にこだました。
***
それから十分後。
私たちはパーティー会場を抜け出し、王立学園の特別応接室(VIPルーム)に集まっていた。
重厚な防音扉を閉め切り、五人の転生者たちは円卓を囲んで頭を抱えていた。
「いや、まさか俺以外の全員が転生者だったなんて……」
ユリウス殿下(中身はおそらく元・恋愛小説好きの青年)が、サファイアの瞳を死んだ魚のようにして天を仰いだ。
「俺、前世で『婚約破棄するバカ王子』を見るたびにイライラしててさ。自分が転生したら、絶対に最初から悪役令嬢の良さに気づいて、めちゃくちゃ甘やかす『溺愛王子』をやってやろうと、十年間ステータス振りを頑張ってきたのに……」
「それはこっちのセリフよ!」
私はテーブルをバンッと叩いた。
「こっちは激務のOL時代から『悪役令嬢に転生してスローライフ』に憧れてたの! 十年間、完璧な悪役になるためにどれだけ努力したと思ってるの!? あなたがいきなり溺愛ルートに入ったら、私が辺境に追放されないじゃない!」
「セ、セシリア様……」
アリア(中身は元・限界オタク女子)が、涙目で私にすがりついてくる。
「私だって、乙女ゲームのヒロインになんてなりたくなかったんです! 私は悪役令嬢の強火ファンとして、セシリア様に踏まれて、一緒に辺境でキャッキャウフフする『百合ルート』がやりたかったのに! なんで殿下が邪魔するんですか!」
「お前らの恋愛事情なんか知るかよ!」
レオン(中身は元・中二病のゲーマー男子)が腕を組んで鼻を鳴らした。
「俺は『無能扱いされて追放されたら実は最強でした』がやりたいんだよ! そのためにわざと剣術の授業で手を抜いて『足手まとい』を演じてたのに、殿下が『お前は事務処理能力が高いからクビにしない』とか言い出すから、全然ギルドに行けねえじゃねえか!」
「当たり前でしょう」
シリル(中身は元・ブラック企業の社内SE)が、冷ややかに眼鏡を押し上げた。
「あなたが抜ければ、近衛騎士団の書類業務の30%が私のところに回ってきます。私は『現代知識とExcelマクロで無駄な業務を自動化し、定時退社して裏で経済を牛耳る暗躍キャラ』を目指しているんです。誰かのしわ寄せで残業するなど、絶対に許容できません」
私たちは、深い深い溜息をついた。
つまり、こういうことだ。
ここにいる五人は全員、自分の理想とする「テンプレ展開」を夢見て、十年間そのためのフラグを必死に立ててきた。
しかし、それぞれのテンプレの「発動条件」が致命的に噛み合っていないのだ。
私がスローライフをするには、殿下に捨てられなければならない。
殿下が溺愛するには、私を手放してはならない。
アリアが百合ルートに入るには、私が追放されなければならない。
レオンが無双するには、殿下にクビにされなければならない。
シリルが定時退社するには、レオンに書類仕事をさせなければならない。
見事なまでの、三すくみならぬ「五すくみ」である。
誰か一人が自分のテンプレを完遂しようとすれば、必ず別の誰かのテンプレが崩壊する。完全にシステムエラーを起こしていた。
「……どうするのよ、これ」
私が頭を抱えると、シリルが手元の羊皮紙に素早く数式(関数)を書き込み始めた。
「仕方ありません。各自の要望を最大限に満たす『最適解』を導き出しましょう。……妥協案(の構築を開始します」
数分後。
シリルは一つの完璧な計画書をテーブルの上に提示した。
「結論から言います。表向きは『婚約破棄』を演じつつ、裏で全員の利害を一致させるビジネスモデルです」
「ビジネスモデル?」
「まず、セシリア様。あなたは殿下に『婚約破棄』され、辺境へ追放されてください。そこで念願のカフェを開き、スローライフを送ります」
「やったわ!」
「次にアリアさん。あなたは『セシリア様を慕う忠実なメイド』として、追放に同行してください。これで辺境での百合ルートは完成です」
「最高です!! 一生ついていきます!!」
「そしてユリウス殿下。あなたは表向きは婚約破棄した冷酷な王子を演じつつ、私が開発した『空間転移マクロ魔法』を使い、毎晩こっそり辺境のカフェに通い詰めてください。そこでセシリア様を心ゆくまで溺愛し、貢ぎ倒せばいい」
「なるほど……! 『勘当された令嬢の元に通い詰める一途な王子』というのも、なかなかにポイントが高いな! 採用だ!」
「ちょっと待ちなさいよ、私のスローライフが台無しじゃないの!」
「我慢してください、セシリア様。カフェの運営資金(王家の予算)は彼が出してくれますから」
シリルの冷徹な説得に、私は渋々頷くしかなかった。
「最後にレオン。あなたは『婚約破棄の騒動を止められなかった無能』という口実で、殿下から正式にクビを言い渡されます。そして辺境へ行き、冒険者ギルドでSランクに成り上がってください」
「おっしゃあああ! キタコレ!!」
「ただし、条件があります。あなたのそのSランクの暴力……いや、武力を活かして、セシリア様のカフェの『専属用心棒』兼『魔物肉の仕入れ担当』になっていただきます。そして、ギルドの報告書などの事務作業は、引き続きあなたが辺境で処理し、私に郵送してください」
「えっ、結局事務仕事はやるの……?」
「Sランク冒険者ならそれくらい余裕でしょう? これで私の残業ゼロも確定です。私は王都に残り、あなた方が生み出した辺境の特産品や魔物素材の流通を裏から操作し、利益の20%をコンサルティング料としていただきます」
シリルは眼鏡をクイッと押し上げ、ニヤリと薄く笑みを浮かべた。
全員の顔を見渡す。
悪役令嬢(カフェ店長)。
ヒロイン(メイド兼限界オタク)。
王太子(パトロン兼ストーカー)。
最強騎士(用心棒兼仕入れ業者)。
宰相の息子(裏の支配者兼定時退社キメるマン)。
「……完璧な布陣じゃねえか」
レオンが呆れたように笑い、ユリウス殿下が深く頷いた。
「ああ。これなら、全員が自分のやりたいテンプレを満喫できる。まさに『Win-Win』の関係だな」
私たちは顔を見合わせ、そして誰からともなく、腹を抱えて大爆笑した。
「ほんと、あんたたち最高にバカね! 異世界まで来て何やってんだか!」
「そういうセシリア様も、十年間の発声練習、ご苦労様でした!」
「うるさいわねアリア!」
こうして、王立学園の歴史に残る「最悪のカオス卒業パーティー」は、転生者同士の強固な「業務提携」によって幕を閉じたのである。
***
それから一年後。
王国のはずれにある辺境の街で、一つのカフェが異常なまでの大繁盛を見せていた。
「アリア、三番テーブルに『Sランク・ドラゴン肉のステーキ』をお出しして!」
「はいっ、セシリア様! ああ、今日も的確な指示を出すお姿が尊いです!」
私は念願のスローライフ(ただし連日満員でそこそこ忙しい)を満喫し、アリアは私にすり寄りながら幸せそうに働いている。
「おいセシリア、今日の討伐ノルマ終わったぜ。報告書の束、王都のシリルに送っといてくれ」
「お疲れ様、レオン。まーたギルドの記録更新したの? 少しは自重しなさいよね」
Sランク冒険者として無双の限りを尽くしているレオンは、裏口から巨大な魔物の肉を担いでやってくる。
そして、夜になれば。
シュォォォッ!という転移魔法の光と共に、王太子殿下がやってくる。
「セシリア! 今日も愛しているよ! 君のために王都で一番美しいドレスを買ってきたんだ!」
「殿下、毎日毎日来ないでって言ってるでしょう!? 近所の人に変な目で見られるんですから!」
私は呆れながらも、彼が持ってきた最高級の紅茶を淹れる準備をする。
王都にいるシリルからは「今月の売り上げは前月比150%です。私は今日も定時で帰ります」という、簡潔な魔力通信が届いていた。
テンプレが大渋滞を起こした結果、私たちは世界で一番奇妙で、世界で一番幸せな共同体を作り上げてしまったらしい。
「ほら殿下、さっさと座って。新作のケーキ、毒味してあげるから」
「ああ、君のその冷たい態度……たまらないな!」
「セシリア様に気安く話しかけないでください、このストーカー王子!」
今日も辺境のカフェには、転生者たちの賑やかな笑い声が響いている。
私の思い描いていた「孤独なスローライフ」とは少し違うけれど。
まあ、こういうハッピーエンドも、悪くないわね。




