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それから少しの時間がたち、約束の午後六時になった。
この世界での暦は日本にいた時と同じだ。
もともと私がいた世界では暦というのは古代のローマ人が決めた、みたいな話を聞いた気がする。
この世界にも古代と呼ばれるような大昔の歴史が存在しているのだろうか? それとも私が生きているこの時代が古代と呼ばれる歴史になるのだろうか?
そういえばこの世界での歴史を私は知らない気がする。調べても出てこなかったという方が正しいのかもしれなないけれど、なぜなんだろうか?
この世界で使われている言葉や魔法は一体どこで生まれてどこから伝わったのだろうか?
それともこの世界が生まれたその時から魔法的な現象というのは一般的なものだったのだろうか……考えても仕方のないことを考えている気がしてならない。しかしこれは私のせいではない。
「……来ないな……」
約束の時間になってもリア・シュメラが教室に来ていないのだから。
リアに着けた分身からの情報でリアがどこにいるのかというのはわかっている。
でも私が探しに行くようじゃ意味がない。リアが自分の意思で私の元に来来ることに意味あるのだら。
ゲームでリアは『暗い』ということに対して深刻なトラウマを抱いていた。
この世界のリアもゲームと同じように『暗い』と言うことに対して深刻なトラウマを抱いていてそのトラウマが刺激されて動けなくなってしまったのではないかと言う考えが脳裏をよぎった。
けれどここら辺の気候は日本と大して変わらない。そのため四月末の今日は午後六時と言っても暗いと言えるほど日は落ちていない。
だからこれぐらいの暗闇はリアのトラウマを刺激しないはずなのだ。
とりあえず、もう二時間ぐらい待ってみよう。今の私には待つことしか出来ないのだから。
そして待つと決めてから、三時間が立った。
リアのことは分身が二十四時間見守っているのでリアの身に危険がないことは確認できている。また、現在時刻は午後九時。辺りはどっぷりと闇に浸っているが教室を含んだ廊下などは火玉を生み出す魔道具に照らされている。
明るいとは言えないが完全な暗闇がすべてを包んでいるというわけではない。
リアは時々顔を上げて周囲の様子をうかがっているがリアの心拍が跳ね上がるようなことはない。
通常時よりも少し早いけれど許容範囲内だしトラウマを刺激されているような雰囲気はない。
だがその火の玉を生み出す魔道具もあと一時間もすれば魔道具に込められた魔力を使い切って火が消えてしまう。
火が消えてしまうとリアのトラウマを刺激しかねない暗闇がリアを包み込むことになる。
リアの為に待ち続けるのにも限界があるのだが私は限界ギリギリまでリアのことを教室で待っていようと思う。なぜなら、リアがまだ教室に来れずにいるのはリアが原因ではないかもしれないからだ。
リアはこの教室に向かう途中でバトボットに絡まれてしまっていた。
約束が、予定が、と言ってもバトボットは聞く耳を持た無かった。
痺れを切らしたリアが強行突破しようとするとバトボットは魔法でリアを拘束し暴言を浴びせ続けた。
バトボットはそれからリアのことを一時間近く拘束していた。暴言を吐いてバトボットは満足してリアの拘束を解いた。
リアは解放されると急いで待ち合わせの場所に向かった。
ただその途中で約束の時間から三十分すぎていることリアは気づいた。
その瞬間からリアの足は前に進むことが無かった。
しばらく右往左往したのちに教室が見えない位置にリアは座り込んだ。
教室に私が居ないことを確認したくはなかったのだろう。
教室に私が居ないことを確認するということは自分が見捨てられたことを確認することと同義だから。
結局リアが動き出したのは約束の時間から三時間と三十分が経過してからだった。
リアが動き出したので私が約束の時間から三時間も経っているのに教室に残っているのは魔導書を読むことに集中していたからだ、と言うことにするために魔導書を開き光源を十分に確保しておく。
リアが教室に寄らずに立ち去る可能性も可能性もあったがリアは真っすぐ教室に向って歩き始めた。途中で立ち止まることもあったがリアは自分の足で約束の場所である教室にたどり付くことが出来たみたいだ。
「……………………え?」
もう私はいないと、そう覚悟を決めて教室に顔を出したリアなのだろうが約束の時間から三時間も経っているのにも関わらず私は待っていた、そのことを知って思わず声が出てしまったんだろう。
「ああ、やっと来ましたか。待ちくたびれました」
気にしていない、そんな風に装いながら私はリアに声をかける。
「…………え、で、も…………わ、私……」
立ち尽くしたまま大粒の涙を流すリア。一体彼女が今何を考えているのかを知るすべは、私にはない。それに、私にその涙を止める方法はわからないしもしわかっていても止めてはいけない。
一週間後の定期試験で私は悪役令嬢となるのだ。そのきっかけはリアにあるため私がリアとの関係を深めれば深めるほど彼女のことを苦しめることになる。
本来ならばリアと私は定期試験まで大した接点はない。現時点でゲームから大きく離れているのだ。
ここからでも戻すことはできると考えているがそれはリアと仲を深めすぎていては実行できない可能性がある。だから泣いている彼女のことを抱きしめてあげたいだとか……そんな思いを持つ私は間違っている。
私の目標はリアを生かすこと。そのためにはできる限りゲームの通りに進めなければならないのだから。
リアが落ち着くのを待ってから、リアの案内で私はリアの部屋へと向かう。
私たちシトラル教育機関に在籍する生徒に与えられる部屋は2LDKの間取りだ。正直に言って日本にいた時の私が済んでいた部屋よりも大きい。
キッチンまでついているのは意外に感じるがここは貴族が自分の子供に付けた専属の侍女が使用することを想定してついているのだ。
「あの……それで何をするのでしょうか?」
恐る恐る、リアが聞く。
「まずは体を洗いましょう」
本来なら入浴を済ませる前に魔法が使えるようにするために魔力回路を発達させるための特訓をさせたかったのだがこの時間から特訓を開始すると睡眠時間を削ってしまうので残念ながら明日に持ち越しだ。
「ここで服を脱いでそこの籠の中に衣服を入れておいてください。あなたの場合、侍女がいないので自分で洗う必要がありますが……そこは後にしましょう。服が脱げたら浴室へ」
私とリアは脱衣所に移動していた。リアは私の前で裸になることにひどく緊張しているみたいだ。
私はなんでもない風を装っているが実のところかなり緊張している。ゲーム内ではこんな事、当然ながらなかった。
私はできるだけリアのことを見ないようにしているがそれでもリアが服を脱ぐ衣擦れの音が聞こえてしまう。
「ぬ、脱げました……は、入ります」
浴室に入っていくリアを極力見ないようにしながら、私は魔法を使う。魔法を使って水を生み出し、それを火魔法で三十八度付近まで加熱する。加熱された温水を霧状にして浴室に充満させる。
「これは……?」
立ち込める霧で視界が限られたリアから疑問の声が上がった。
「これはあなたの裸体を見ないようにするための配慮です。不要なら取り除きます」
「い、いえ大丈夫です……その、ありがとうございます」
リアの言葉に何も返すことなく、私はリアに様々なことを教えていく。
魔道具が使われるこの浴室は日本の浴室とほとんど変わらないのだがこれらは貴族を始めとしたお金を持っている人物しか所持していない。
平民は体を濡れたタオルで拭いたり桶等にためた井戸水または魔法で生み出した水を体に掛けることで体を清めている。
この部屋にあるシャワーなどは触るだけで刻まれた魔法陣が魔力を吸って冷水または温水をシャワーヘッドから流すことが出来る。
そのため暖かい水を出すこと自体はリアも成功したみたいだが備え付けの洗剤の使い方をリアは知らなかった。
洗剤が切れた場合、どこに行けば補充することが出来るのかを教えてから私はリアの髪と体を洗う。
リアを湯船に着けてあげることも考えたが残念ながら時間を考えるとそれも厳しいので口頭で説明するにとどめた。
リアの髪と体を洗い終わった私は体を洗った後は髪の毛を乾かす方法と髪の毛を梳かす方法を教えた。
水気を十分にふき取ってからリアに服を着せて衣服を洗濯する方法も教えようとしたが洗濯する方法は知っていたようで知っておくべき知識をちゃんと持っているのかを確認するための質問を何度かするだけだった。
次に、食事について。日本と同じように冷蔵庫もこの世界に存在している。だがどういう訳か冷凍庫は存在していない。
リアには食事を自分で準備できるようになってもらわないといけないが料理の腕前は自分で鍛えてもらうしかない。
「お、おいしい……です」
「そう」
今日は今後の参考にしてもらうために私が作ったものを食べてもらったのだが……部屋にある冷蔵庫には、まともなものは何も入っていなかった。
冷蔵庫には最初からある程度の物が入れられているのだが消費した分は補充しなければならない。
しかしリアは食材を補充する場所を知らなかったし料理の仕方もわからなかったため冷蔵庫にあるものを齧ってしのいでいたらしい。そのため消費した食材を補充する場所を教える為にも一緒に食材を取りに行った。
その他にも、いろんなことを教えて日付が変わりそうな時間が近づいたタイミングでリアに就寝を進めた。
私はリアが眠ったことを確認して自分の部屋に戻ってレシピを本に書き込む。
今日教えたこともどこかに書いていこうかとも思ったが試験が始まるまでリアが私に話しかけるのを遠慮するなんてことはないだろうし、今日教えたことは基本的に毎日することなのですぐに覚えるだろう。
私の体はデーモンコアを取り込んだ影響で睡眠を必要としないので一睡もせずに自分の知っている料理のレシピを記入した。
レシピの記入以外にも色々としていると、朝日が上り始めた。
そのため私は料理のレシピが記入された本をもって自分の部屋を出て用事を済ませてからリアの部屋の近くで待機することにした。




