一章 『依頼』
半ば無理やり結成されたパーティーの一人を引き連れて、早速依頼をこなしに街を出た。
目的地は街の外縁に口を開けた、深い地底へと続く洞窟だ。
依頼書に踊る内容は、初仕事にしてはあまりに不穏だった。
発端は、ありふれた「化けネズミ」の討伐に向かった一組のパーティーが消息を絶ったことだ。その後、救助や調査に派遣されたパーティーが次々と行方不明になり、ついには一組の生還者も出さないまま「未帰還者の墓場」と化した。
単なる獣の仕業ではない。
冒険者協会は、この洞窟に逸脱した力を持つ「上位個体」が潜んでいると断定。事態は救助任務から、未知の魔物に対する実力行使へと切り替わった。
個体不明、能力未知数。
生存確認という名目は残されているが、実質的には死神の正体を暴き、それを叩き潰すための討伐任務だ。
「街から結構近いんでしょ? 今向かってる洞窟ってさ」
隣を歩く男は、まるでピクニックにでも行くようなのんきな足取りで訊ねてくる。なびくコートの裾さえ、緊張感のなさを助長しているようだ。
「ああ、もう目と鼻の先――というか、少しはあんたも依頼の詳細を確認しておけよ」
「え、いいよ。それは『相棒』が完璧に頭に叩き込んでくれてるから大丈夫!」
男は事もなげに言い放つと、親指を立ててニカッと歯を見せて笑った。その屈託のない笑顔が、かえって俺の神経を逆なでする。
特級魔法を操るほどの精密な知性を持っているはずなのに、その振る舞いは壊滅的に思慮が足りないように見える。
「……誰が相棒だ。勝手にパーティーを組まされた時点で、俺はまだ納得してないからな」
この男の実力が本物だとしても、その中身がこれでは先が思いやられる。魔術師というのは、全員こういうもんなのか?
「そういや、あんた名前は? いつまでも二人称のままじゃ呼びにくいだろ」
「おっ、やっと聞いてくれたか!」
待ってましたと言わんばかりの勢いだった。
男はパッと表情を輝かせる。その無邪気な反応を見ていると、こいつが物理法則をねじ伏せる特級魔術師だという事実が、質の悪い冗談のように思えてくる。
「俺はジーンファシウス・リーバー! 堅苦しいのはナシで、ジーンでいいぞ! あんたは?」
仰々しいミドルネームを軽快に響かせ、ジーンはこちらの顔を覗き込んできた。
「……リオでいい」
「よろしく~! リオ!」
短くそれだけ名乗り、俺は歩く速度を上げた。
これ以上馴れ合うつもりはないという意思表示のつもりだったが、隣の「相棒」がそんな空気を読み取ってくれるはずもないことは、既によく分かっていた。
ジーンは「相棒」という言葉を地で行くように、躊躇なく距離を詰めてくると、俺の肩に馴れ馴れしく腕を回してきた。
「にしても、改めて凄いよな。あの大男を一瞬でノしちまうなんて。あのデカブツ、相当な怪力自慢だったはず。 身体強化の類いか?」
覗き込んでくるジーンの目は、純粋な好奇心に揺れている。特級魔法なんて代物を振り回す側の人間から見ても、俺の戦い方は興味深いらしい。
「いいや。魔法は使ってないし、そもそも俺は魔法を扱えない。あの男が大したことなかっただけだ」
肩の腕を振り払いながら淡々と返すと、ジーンは「へぇ!」と短く声を上げた。
「素のスペックであれかよ。尚更イカすね〜。リオ、実は俺が思ってるよりずっと『ヤバいヤツ』なんじゃないの?」
面白くてたまらないといった風にジーンが笑う。
こっちはこっちで、俺の「種明かし」に興味があるわけではなく、単に目の前の超常的な光景を楽しんでいるだけなのだろう。
やがて、目的の洞窟に辿り着く。
足を止めた俺の鼻腔を、湿り気を帯びた不快な風がなでる。
「……臭うな」
「ああ、確かに。これはひどい」
さっきまで騒がしかったジーンが、ふと声を低くした。
風に乗って漂ってきたのは、鉄錆のような、鼻を刺す強烈な血の臭いだ。それも一人や二人のものではない。何組ものパーティーがこの暗闇に消えたという事実を、これ以上ないほど雄弁に物語っていた。
「入り口でこれかよ。中で何が起きてるのか、想像もしたくないな」
俺が斧の柄に手をかけると、ジーンは鼻先を軽く指で弾きながら、暗い洞窟の奥をじっと見つめた。
「命の気配がごちゃ混ぜになって腐ってる感じだな。うえぇ」
日はもう完全に沈んだ。
背後の世界が夜の闇に塗り潰されるのと同時に、俺たちはそれよりも深い、洞窟の「死の闇」へと向き合う。
「行くぞ。さっさと片付けよう」
「オッケー。ジーン行きま~っす!」
俺のぶっきらぼうな宣言に、ジーンは緊張感のかけらもない声で応えた。
だが、口調は相変わらず軽いが、その瞳からは先ほどまでの無邪気さが消え、獲物を見定めているような鋭い光が宿っていた。
俺は背負っていた重厚な斧を引き抜き、更に強く握りしめた。
鉄錆の臭いと冷気が混ざり合う暗闇の奥へ、ゆっくりと、確実に足を踏み入れる。
ここから先は、理屈の通じない場所だ。
だったら、全ての障害は力任せで押し通ってやればいい。
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