素直になるまで待つことなど必要でしょうか?
顔が美しいが故に傲慢な少年がいた。
婿入りを求める少女に好意を抱いたが素直になれなかった。
一度は子どもだからとされたが成長しても変わらなかった。
そのために起こった悲劇(彼にとっては)のお話。
私はこの婚約は父親同士の友誼のためとお聞きしています。
政略としての旨みもなく、立場は同じ中堅の伯爵家。
そして私は一人娘でそちらはご兄弟がいらっしゃる。
つまりは婿入りなのです。
そんな方が大人の目がなければ甚振ってもいいと判断されて、婿入り先の次期女伯である私に侮辱行為を平気でされました。
しかも私の生家であるここで。
そんな方との婚約になんの意味があるのでしょう?
素直になれないだけ?
はっ!そんな理由で虐げられる謂れはございません。
成長するまで少し待って欲しい?
成長すれば素直になる?
でしたらいつ素直になられるのでしょう?
そして私はそれまでこの方からの侮辱行為に耐えろと?
お父様がそこまでして私を嫌っていらっしゃるとは思ってもみませんでした。
おじ様もこの方のために私にこれからも侮辱行為を受け入れろと仰る。
そんなつもりはない?
ですがお二方のお言葉はそう言う事なのです。
私にこの方の言葉をこれからも我慢しろと強要しているのです。
お母様、そんなこと受け入れる必要性は?
ありませんよね、ありがとうございます。
良かったですわ。
私、お母様からは愛されておりますのね。
あら、おば様も味方になってくださいますか。ありがとう存じます。
ではこのお話はなかったことに…
あら?保留せよと?
まだ子供であるからと。
1度の失敗で判断するのではなくチャンスを?
素直になるまでもう少し待てと。
そうですか、子どもですか…
では素直になるまで婚約を保留とさせて頂きます。
そして素直になられるまで一切のやり取りもないことが条件です。
何故だ…ですか?
だって信用ありませんもの。
例え大人の前ではしおらしく反省しても、いざ私を前にして同じことを繰り返す可能性は大いにあるからです。
何故そんな信頼できない方の為に私の貴重な時間を費やす必要が?
決定権はそちらにないのですよ?
ねぇ?お母様?
あら、判断はおば様がして頂けますか。
でしたらおば様に素直なったと成長したと判断された暁には再度お会いする形で。
そこでまた同じことを繰り返されるなら、この婚約はなかったことで構いませんか?
まぁそれまでに何かしらでお会いすることもあるかもしれませんが、その場合は挨拶のみで。
まだ条件はつけさせて頂きますが、大枠はこれで。
あら?ご不満ですか?
でしたらこのお話は全てなかったことに。
それも嫌と。
ふぅ、先程も申し上げましたが貴方様が選べる立場ではございませんのよ。
それに私は貴方のことなど大嫌いなのですから。
何故と?あれだけ侮辱しておいて?
貴方様は確かにお綺麗なお顔されているようですけど、だからなんだと言うのです。
私自身はそこまでですが、私の従兄弟に貴方と遜色ない容姿の上に中身もできた方がいらっしゃいますの。
そう言う貴方よりも上の方を知っていれば、貴方のことなど大して魅力的には見えませんから。
ちやほやされてこられて来て肥大した自尊心の高い面倒な方でしかないのです。
子どもの時でそれなら身体が大人になったところで?という感じでしょうし。
その従兄弟と恋仲なのかと?
従兄弟と言っても10歳も上でもうすでにご結婚されてお子様もいらっしゃいます。
憧れのお兄様であったとしても下衆な勘繰りはおやめください。
ここまで私は辛辣なことをお伝えしました。
それでも婚約を保留したいのですか?
別に私に拘る理由など差してないと思いますけど。
もっと貴方をおおらかに受け止められる器の広い方に婿入りした方が良いかと。
そうですか、それでも保留に。
えぇ、ではよろしいのですね?
おじ様もお父様も保留の意向で?
わかりました。
お母様もおば様も…えぇ、今回はお父様方の顔を立てると言うことですね。
分かり合える日が来ると良いですね。
では。
あら?伯爵令息様。
お久しぶりでございますね。
いきなりなんなんでしょうか。
…何故白紙になったのかですか?婚約が。
そちらのご両親から説明されたのではないですか?
聞いたが納得いかないと。
それでわざわざ。本当に迷惑な方ですね。
何故そんなふうに言うのかですか?
だって嫌いですもの、貴方様のこと。
何を落ち込んでいらっしゃるのでしょう?
今更でしょう?私が貴方様を嫌っていることなど。
貴方様を好ましいと思ったことなど一度もございません。
あとはどうでもいいくらいしか思いません。
貴方様は私を好いていると…そうですか。
だから何だと言うのです。
貴方様の好意などさして意味がないのですよ。
貴方様は覚えていらっしゃいますか?初めてお会いした時のこと。
そうですか、流石に覚えていらっしゃる。
あの時からの嫌悪感を貴方様は払拭できなかった。
2年もの歳月があったと言うのに。
まぁ実際には1年半ですが。
そしてその間の貴方様は少しずつ周りから嫌われて失望されていったのですよ。
私以外のね。
私ですか?最初から嫌悪していますし失望しかありませんでしたから。何の期待もしておりませんでした。
貴方様は最初に味方した両家の父親からの庇護があると思い込んでいたのでしょうか?
最終的に一番失望したのは私の父ですのよ?
何故って?
それは貴方様がずっと愚かなままだったから。
貴方様は婿入りの立場になるはずでした。一応は。
同じく婿入りの立場である父は、一番貴方様と立場が近く、それに伴う苦労も色々と経験してきておりますので、貴方様に先達として寄り添って差し上げていました。
父とて若気の至りというものは経験している様ですので。
ですから助言もしていたと思いますし、父と友誼を結んでいる貴方様のお父様もまた貴方に色々と仰っていたでしょう?
ですが、貴方様はそれを悉く踏み躙った。
だから嫌われていったのです。
最後まで貴方様のことを思って仰っていたのは貴方様のお母様でした。
この婚約には反対でしたが、貴方様を思ってのことでした。
貴方様は初手で躓くところではないことを仕出かしておりました。
貴方様にできることは這いつくばってでも真摯に謝罪して、私と私の家からの赦しを得ることからでした。
まぁできないでしょうけど。
別に這いつくばらせる趣味は私にもありませんし。
そしてそこから漸く婚約者候補としての関係が始まるはずでした。
ですが、貴方様はさも何事もなかったかの様に振る舞い、更なる嫌悪を募らせることを積み重ねました。
つまり最初から間違い続けていた貴方様は、最初から「ない」と判断されており、そのまま候補にすら昇格できないまま立ち消えとなったのです。
候補?いえ、候補ですらなかったですわ。
貴方様とは婚約する前に保留となった、ただの顔見せしただけの存在でしかありませんでしたから。
自分は婚約者のつもりだった?
尚更なら悪いですわね。
何故って?
何度も言う様に貴方様との関係は顔見せだけで他人となるところを、両家の父親の顔を立てるという一点だけで繋いでいただけでした。
なのにも関わらず横柄で上から目線の行動と幼稚な行動を取り続けていた、それも婿入りするつもりで。
これがろくでなしでないと言えますか?
では貴方様が嫁入りをする予定の女性から、貴方様と同じ言動を取られ続けたらどうでしょうか?
…漸くお分かりになられましたか?
ですので、候補の候補?程度の貴方様に私の婚約に対して言えることなどないのです。
私も“自分の将来のため”に、貴方様以外の他の婿入り候補とやり取りを重ねていくのは普通のことですし、それによって貴方様以外と婚約するに至るのもまた普通なことです。
貴方様とは婚約してから婚姻の保留ではなかったのですから。
そして私が別の方と婚約を考えていることはそちらのご両親にも伝えておりました。
いきなりの不義理ではなく、貴方様との現状とこれからの展望、及び私の状況もきちんと伝えた上でのことです。
貴方様にもそれはお伝えしていたとお聞きしています。
それに貴方様との関係は半年も前に立ち消えになっております。
余計に今更なんだと言うのでしょうか?
デビュタント?あぁご自身が成人扱いされる様になったのが最近だからですか。
もう大人になったから婚約すると。
子どもだったから婚約できなかったと。
それは貴方様が目こぼしされていたことがもう通用しなくなっただけで、貴方様が大人と認定される年齢を超えたからこそ婚約なぞ致しませんのよ。
大人扱いされる年齢で幼稚なことをされているだけの恥ずかしい方と言う認識でしかありませんから。
行動が伴わない貴方様の様な方は、やはりこういった世界は向いていらっしゃらないのですね。
本当に良かったわ。丁度いい貴方様の婿入り先を斡旋できて。
えぇ、婿入りです。もちろん我が家ではありません。
何故って?
貴方様は元々嫡男として生まれて教育されてきて、ですが私との婚約を望んだことで婿入りが考えられる様になりました。
そして貴方様の言動で周りから嫌悪と失望を重ねたせいで、貴方様に憧れていた方々ですら嫌われていっていたのです。
私との話がなくなったとて嫁入りしたいと思う方を見つけるのも難しい上に、貴方様を当主にすることを反対する方々がご親類にも多く、そして貴方様の妹君が何年も前から危惧して貴方様と同じ教育を受けておりました。
えぇ、貴方様の妹君が次期伯爵です。
貴方様より2歳下の年齢ですが貴方様よりも優秀でしかも優秀な婿までおります。
もちろん婿様はまだ婚約者ですが、彼もまた女伯となる彼女を支えるために色々と始めておられます。
そして同じく女伯となる私と彼女は意気投合しまして親しくしています。
なので父の友誼は私と彼女に受け継がれ、彼女の婿様は私の友人でもあるのでそちらとも友好であり、彼のご実家と我々二家との合同での事業の話も出ており、良いことづくめなのです。
そこに貴方様が割って入ることは不可能であり、幾ら喚いたところで意味がないのです。
そもそも貴方様が私に好意を抱いて婚約を望んでも、嫡子同士であればそう簡単に行くわけないのにも関わらず、すんなりと顔合わせができたのはその時点で貴方様が嫡男としてほぼ落第していたのですよ。
当主としては足りなくとも当主を支えることは出来るだろうと言う思いもあった親心を踏み躙ったのです。
貴方様の4つ下の弟君はお姉様を尊敬して支えることを宣言しているとお聞きしています。
弟様の場合は自分が当主として王都にいるよりも、領地で補佐する方が性に合うと言う部分もあったでしょうが、貴方様を当主として支えるとは仰いませんでした。
4つも下の方にも貴方様はそう思われているのです。他の方の意見も推してしるべしという感じでしょうか。
そういったことで貴方様の婿入り先が必要になりました。
ですがご安心ください、貴方様に合った婿入り先もまた私が見つけておりますので。
その方は大きな商会を持つ男爵家のご令嬢で、彼女にはお兄様がいらっしゃいますので男爵家を継ぎはしませんが、商会の何店舗かを任される予定のやり手の方です。
貴方様より2つほど年上になりますが、年齢よりも若く見られる方です。
男爵家ですので伯爵家に比べて社交は絞られますし、出入りすることがある社交界も少々の言動も目こぼしされる環境のものが多いです。
そして貴方様に求められるのはそのご自慢のお顔。
商会の広告塔の役割を求められておられます。
そのついでに貴方様の見た目を継いだ中身は彼女に似た子ができれば幸いといったところでしょうか。
彼女は貴方様に振り分けられる予算内であれば愛人を囲うことは許容されるそうです。もちろん子供さえ作らねば…の話ですが。
婿入りでこんな風に大らかに受け止めて下さるのですから、貴方様の様な方にはピッタリだと思いますわ。
ですから言ったでしょう?
私に拘らずに貴方様を大らかに受け止めて下さる方を求めるべきだと。
以上が私からお伝えできることの大半ですわ。
貴方様が納得しようがしまいがもう何も覆すことはできないのです。
貴方様はご自分のやってきたことを反省して、婿入り先では気に入られる様に振る舞うことをお勧め致します。
それに今の貴方様の価値はそのお顔のみ。
ですが将来はどうでしょうか?
いつまでも衰えない方などおりません。
年齢を重ねていった時に不要とされてしまわぬ様にお顔以外での努力もお勧め致しますわ。
あ、そうそう。
最後ですから幾つかお聞きしてもよろしい?
貴方様は顔見せの時に両家の父から、まだ若く素直になれないだけだと庇われておりました。
ですが、貴方様が素直になるにはどれくらいの時間が必要だったのでしょうか?
そして素直になるまで婚約者候補ですらなかった貴方は将来をどの様にお考えだったのですか?
そして私がそんな男に付き合う理由があると思っていたのは何故でしょうか?
あら、考えてもみなかったと言ったお顔ですね。
今までそのお綺麗だけで中身のない貴方でも目こぼしされてきたから色々と勘違いなさってきたのね。
いつまで経っても変わらない愚か者に私の大事な時間を取られる理由はないのですよ。
あと私は貴方様に対して嫌悪を隠しておりませんでした。
それも貴方様と同様に素直になれない照れ隠しとか思っていらっしゃったのかしら?
それはそれで恐ろしいのですが。
ただその場合でもいつまでもお互い素直になれないと言うのでしたら、相性は最悪として婚約には至らなかったでしょう。
つまりは貴方様との未来は初めから綺麗さっぱりなかったと言うわけですね。
ふふふ、清々したわ。
そうそう、貴方様はご自分のことすら把握されておられなかったから気づいていらっしゃらないかと思いますが、貴方様のせいで貴方のおうちの評判が落ちて、貴方様のご兄弟が苦労されたことは…
あぁやっぱり。
えぇ、貴方様は元々は嫡男としておられたのです。
ですがその方がこの様な愚かで幼稚であると周りからみられておりました。
それは伯爵家の教育が悪いんじゃないかと判断されても仕方ないことです。
まぁ実際には貴方様の気質の問題でしたが。
ですがそんなことは他家からは分かりませんから、その下の弟妹も同じ様なものではないかと見られても不思議はないのです。
ですがご安心を。
貴方様のせいで落ちた評判はそれを覆す優秀な弟妹方のおかげで、おかしいのは貴方だけで伯爵家は問題ないと少しずつ持ち直しております。
それに貴方様との関係が悪い私と、貴方様の弟妹方は友好的であるので、それも良い方向に進んでいく理由になっておりますし、妹様の婚約者様は侯爵家の嫡男であった方ですので…
えぇ、侯爵家の嫡男様でしたが、ご自身は当主として辣腕を奮うよりも誰かの補佐に向いていると婿入り先を求めておいででしたので、私が彼女を推挙致しました。
私ですか?えぇ確かに私も婿を求める側ですが、彼とは友人の関係が丁度良い距離感でしたので。
彼は自身の将来が見つかったので、すんなりと弟君に嫡男の立場を渡すことができて感謝されましたわ。
つまりは貴方様の妹君には自身の家と親類、私の家、そして婚約者様の家がバックについている様なものです。
しかも彼女自身も優秀。
貴方様が婿入りを取り止めても勝ち目はなく、彼女を貶めようとすれば苛烈な報復が待っているやもしれません。
彼女が何かしらの理由で当主になれなくても、貴方様よりも優秀な弟君もいらっしゃいますし、弟君も難しいなら貴方の従兄弟様に移行することが決まっております。
ですので貴方様がこの先、例え素直になっても、精神が大人になっても、未来は変わらないのです。
それが貴方がやってきたことによる因果応報と言うものでしょうか。
それでも貴方様はご自分に与えられたもので満足していれば問題なく過ごせるでしょう。
今後会うこともございませんでしょうが、ご多幸をお祈りしておりますわ。
初手で躓いたら挽回に必死にならないといけないのにね。
結局は謝ることもせずに打ちひしがれて呆然としたまま婿入りしますが、少しずつ時間をかけて姉さん女房に転がされて子供も一応できた時あたりに色々気づくのかな?
周りから持ち上げられてちやほやされてきたのでずっと無意識に傲慢だったのですが、それが通用しなくなって時間をかけてようやくと言ったところでしょうか。
気づいた時に周りの助言で赦しを得るためではない、大人としての真摯な謝罪を手紙に認めるのでしょう。
和解してもまぁ関係性はこれからも変わらないので心問題だけですが、より良い平穏が訪れるのではないでしょうか。
時折黒歴史でうわー!となる以外は。