黒い世界
急かされる焦燥に、私、黒木アリスは足を走らせていた。
暗く不気味な場所で息を切る。
ここは黒い世界。一面見渡す限りの暗闇が広がっており、さらにはいくつもの扉が並んでいた。それは安いアパートのような鉄扉から緑色をしたインテリア調の扉。中には綺麗な造形を施された扉まである。
私はそこを懸命に走る。服装は学校の制服でスカートの裾と長い黒髪を揺らして。大きく腕を動かし、必死に扉を開けていく。
何故なら、聞こえるから。辛そうな少女の声が。
『助け、て……。タスケ、テ……』
か細い声で、助けて、助けてと。何度だって。私は無性にこの声の子を助けてあげたくて、必死に体を動かしていく。
「どこ、どこにいるの!?」
大声で呼びかけても少女は答えてくれない。私はこんなにも助けたいと思っているのに。なのに、少女は応えても、姿を見せてもくれない。
急がないと。時間はあまりない。そうした思いだけが私を急かす。
いくつもある扉を一つずつ、片っ端から開けていく。
しかし扉を開けた先はどこも真っ白な空間が広がるばかり。当然少女の姿もない。扉を閉めて、次の扉に向かう。
開ける。駄目。
開ける。違う。
開ける。ここでもない。
早く、早くしないと。
「はあ……、はあ……!」
この子を、助けてあげたい。
『助け、て……。タスケ、テ……』
「もぉう、どこ? あなたはどこにいるの!?」
無限を思わせる黒い世界を走り回り、疲労を重ねる体が重い。けれど無理やりにでも次の一歩を踏み出した。そうして無数の中から一つ一つの扉を開けていく。
でも駄目だ、ついに限界を迎えてしまう。体が痛い、重くて倒れそう。立ち止まり胸がズキズキ痛む。
すると目の前の扉の裏から一人の影が現れた。
その姿に目を奪われる。
それは、白いうさぎ.の少年だった。小学生くらいの小さな男の子。
なんて不思議な光景だろう。コスプレ? いいや違う、彼は本物だ。おとぎ話に出てくる幻想の住人。
少年の服装はタキシードで赤の蝶ネクタイを首元にあしらい、黒のシルクハットを被っている。けれどうさぎの耳が顔の横からピンと真上に立っていて。顔や袖から覗く手は人のものだが足だけがうさぎの足をしている。大きく白い体毛に覆われた足がオニキスを思わせる透明感のある地面に乗っていた。
そんな彼が、私に向かってお辞儀をする。帽子が落ちないように片手で押さえて。そして、少女を探し回り、疲れ果てた私に言うのだ。幼く、朗らかな声で。
「やあ、ご機嫌ようアリス。一緒にワンダーランドへと行こう。しかし残念。扉はまだ開いていない」
演じるようにそう言って、白うさぎの少年は微笑む。
そこで私の意識がぐらりと揺れた。
世界が終わる。
救えなかった。
助けられなかった。
またも。
またしても。
私に罪悪感を突きつけて。
「待って! 私はまだ――」
手を伸ばす。しかし視界は切り替わり私のいる世界は変わっていった。
自分の部屋。私はベッドで横になっており、外からは小鳥のさえずりが聞こえてきた。朝の光と音がここが現実だというのを教えてくれる。
「……今日も駄目だったか」
はあ~と一息つく。思い出される少女の声がまだ耳に残っているようで額に片手を当てた。
「次こそは、助けてあげたいんだけどな……」
毎回思うんだけどね。でも叶ったことは一度もない。
私にはいつも同じ夢を見るという特異体質がある。なんだそれはと思う人もいるかもしれないけど。
いつからだっただろう? 中学生から? 覚えてないけど高校一年生になった今もこうして続いている。
私の毎日は、憂鬱から始まるんだ。