4話
ラザンは再び、旅路を歩いていた。
町に残ることはなかった。名もなき戦士として、ただひたすらに復興の旅を続ける。
今回訪れたのは、今まで数度その名を聞いたことのある村だった。
その名も「グリムハード」。
かつて魔王軍の侵略を受け、住民の多くがその身を犠牲にしていたという。
しかし今、その村の姿はまるで“幻”のようだった。
「こんな場所だったっけ?」
ラザンは目の前に広がる村を見つめ、呟いた。
人々の姿はなく、建物の扉も窓もすべて閉ざされていた。
通りすがりの者は皆無で、村の中には不気味な静けさだけが漂っていた。
**
村に足を踏み入れたラザンの足音だけが響く。
大きな建物の一つに近づくと、そこには明らかに不自然なものがあった。
壊れた壁、そして無残に倒れた柱。
だが、最も奇妙なのは……どこからともなく伝わる「音」だった。
「人の声が……聞こえる?」
耳を澄ませてみると、確かに村の中から人々の話し声が漏れているようだった。
だが、ラザンが進んでいくと、その声は一瞬で消えた。
「……なぜ、こんなことに?」
思わずラザンの口から漏れたその言葉に、突然、誰かが近づいてきた。
「誰だ!」
ラザンは振り返ると、そこにいたのは一人の青年だった。
顔を覆う黒い布に、目立つことのない武具を身に着けていた。
その青年は少し躊躇いながらも、ラザンを見つめる。
「……ここから、出た方がいい。村は、もう……」
「村人たちは?」
ラザンは話を遮るように言った。だが、青年はしばらく無言でラザンを見つめていた。
「助けたくても、もう遅い。ここは、閉じ込められてる」
ラザンはその言葉を理解できずにいた。
村が閉ざされている、という感覚。まるで村全体が何かに“封じ込められている”かのような――そんな空気が漂っていた。
「……話してくれ。どういうことだ」
ラザンの問いに、青年はようやく口を開く。
「僕はここに“閉じ込められた者”の一人だ。村人たちは、もう……」
言葉を続けることができないのは、彼が何を恐れているかがわかるからだ。
この村には“誰か”がいる。あるいは、何か。
「だが、君が来てくれてよかった。君には、もう一度人々を助けてほしいんだ」
ラザンは無言でその青年を見つめた。
そして、青年は急かすように、再び言葉を続けた。
「村の中心に、異変が起きている。夜ごと、何かが出てきて、誰かを――」
その言葉を終わらせた瞬間、村の隅から奇妙な音が響いた。
一瞬の静寂を経て、そこから現れたのは――
**
ラザンはその異変をすぐに理解した。
それは、確かに“魔物”のようだったが、どこか異質な存在だった。
顔がなく、歪んだ手足を持ち、壁を這うようにして動くそれは、かつて見たことがある“呪い”のようなものだった。
「こ、こいつは……!」
青年は恐怖で目を見開く。その姿に震え、足元をふらつかせる。
「気をつけろ!」
ラザンが声をかけたが、青年は動けずにいた。
その瞬間、魔物が一気に青年に迫り、目の前で足元を掴み取った。
青年は必死に抵抗したが、その体は瞬く間に魔物に取り込まれていった。
「くっ、くそっ!」
ラザンはその場を離れ、鍬を取り出して魔物に立ち向かう。
その刃は、魔物の体に食い込み、その足を切り裂いた。
だが、それも束の間――
魔物は叫び、さらにその数が増えていく。
**
「くっ、人数が多すぎる!」
ラザンは絶望的な数の魔物に囲まれ、戦うことを決意する。
青年を救えなかったことに、深い痛みを感じながらも、ラザンは倒れているその青年を見つめる。
その瞬間、ラザンは考えた。
この村で何が起こっているのか、どうしてこのような現象が起きているのか。
そして、ラザンは最後の力を振り絞り、鍬を振り上げ――
**
村が燃え、夜が明けた。
ラザンが目を覚ますと、周囲は死にたくないと思う者たちの叫びで溢れていた。
村を脱出しようとする者が少しずつ現れ、残った者たちがどうにかして脱出を試みている。
だが、ラザンの胸には重い痛みが残っていた。
誰も彼も、生き残れなかった。
その死に、誰が責任を取れるのか。
ラザンは黙って立ち上がり、涙もなく村を後にした。
信じる者も、信じるべきものも、すべてを背負ったその後ろ姿に、冷たい風が吹いていた。