表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

3話

「……お前が、ラザンか」


そう言われたとき、すでに町の衛兵十数名に囲まれていた。


ラザンは一切の抵抗を見せなかった。ただ目を伏せ、腰に手を伸ばそうとした鍬を置き、手を頭の後ろに回す。武器を手放しても、疑いの目は変わらない。いや、むしろ確信に変わっていた。


「聞いてるぞ。魔王と繋がってた裏切り騎士だってな」


「……違う」


声は冷静だったが、誰の耳にも届かなかった。いや、届かせようとする空気がそもそもなかった。


こうしてラザンは、二度目の“投獄”を味わうことになる。


**


監獄と呼ぶにはあまりに雑な小屋に押し込まれたラザンは、床に座りながら壁の剥げた漆喰を見つめていた。


この町――コルメナはかつて、勇者一行の通過地点だった。

その時、魔王軍の実働部隊と激突したという。街の広場を中心に繰り広げられた大規模な戦闘は、結果として勇者の勝利に終わったが、その代償もまた大きかった。


「いまだに広場の地下から瘴気が抜けねえんだとよ」


隣の牢に入れられた男が、ぼそりと呟いた。


「誰も言わねえが、あれは勇者の“置き土産”だってわかってるさ。けどな、言えねえんだよ。英雄様にな。俺たちの世界は、そいつに救われたんだからよ」


男の声に、恨みはなかった。

あるのは疲労と、諦め、そして――恐怖だった。


**


翌朝、ラザンは牢から引きずり出された。


理由は簡単。

“人手不足”。


最近、町外れの森に“幽霊屋敷”が出現し、討伐隊が全滅したという。

正確には、討伐隊が“全員行方不明”になっただけだが、町は恐慌状態だった。

そして囚人すらも「使える手札」に数えられたのだ。


「死んでもかまわん。だが生きて戻ったら、無罪放免してやる」


淡々と語る町長の目には、一切の情がなかった。

むしろ「死んでもらってもいい」という前提すら透けて見える。


ラザンは黙って頷いた。

汚名を晴らすためではない。ただ、自分の目で見たかった。

勇者たちの“戦いの爪痕”が、どれほど世界を蝕んでいるかを。


**


森は深く、冷たい空気がまとわりつく。


そこに、あった。

突如として木々の隙間に現れる“建物”。

豪奢な屋敷、だがどこか歪だ。まるで――死者の記憶が寄せ集まって形を成したような、不気味な塊。


ラザンが一歩足を踏み入れた瞬間、空間が歪んだ。


音もなく扉が閉まり、背後の出口は消えていた。


**


屋敷の中では、過去の残響が繰り返されていた。


燃える本棚。割れる鏡。首のない騎士たち。

ラザンは、かつての戦場の映像が“まるでそこにいるかのように”再現されていることに気づく。


これは、死者の記憶。

戦場で消えた兵士たちの“思念”が、屋敷という形を借りて訴えているのだ。


「俺たちも……戦っていたのに……なぜ……」


「誰も……覚えてくれない……」


彼らは“魔王軍の兵士”だった。

だがそれ以前に、人間だった。


**


ラザンは戦わなかった。

鍬を持ち、静かに、ひとりひとりに土をかけていく。


「お前たちがここにいたことは、俺が知ってる」


そう呟いた時、空気が和らいだ。


幽霊屋敷は静かに崩れ、ただの森へと戻った。


**


町に戻ったラザンを、衛兵たちは沈黙のまま見つめていた。

町長は何も言わなかった。ただ、ひとつだけ紙を差し出した。


「……追放状は、破棄しておいた。だが……町の外へ出てくれ」


「わかってます」


ラザンはそう言い、背を向ける。


彼の名は記録に残らない。

けれど、彼が浄化した“幽霊屋敷”は、確かにもう存在しなかった。


**


風が吹いた。


ラザンはその風の中に、誰かの“ありがとう”を聞いたような気がした

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ