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2話

風が吹いていた。

それはただの風ではない。空気がざらつき、微細な魔力の粒子が肌を刺す。

その丘は“死の気配”を湛えていた。


浸魔の丘――魔王軍の幹部「黒き嘆きのフォグナス」と、勇者一行が激突した戦地。

地図上ではただの高台にすぎないその場所は、数年前の戦闘を境に“生きた地獄”と化した。


「……魔力が、まだこんなに残っているとはな」


ラザンは丘の麓に立ち、黒く煤けた土を指でなぞる。

そこはまるで焼け残った骨のように冷たく、乾いていた。


**


村人の話では、夜になると丘の地形が変わるという。

崖ができ、塔が立ち、何もなかったはずの場所に死体が立ち上がる。

誰も真実を確かめには行かなかった。ただ、“あの戦いの余韻”と口を閉ざした。


「被害は村にまで及んでいる。畑が腐って、井戸水が濁ってきてる。牛も一頭、夜に狂って死んだ」


村の古老がそう語るとき、村人たちは明らかに「勇者」の名を出すことを避けていた。

だが、ラザンにはわかった。

これは、彼らの“善意”の英雄譚が生んだ影だ。


**


戦いの後、誰も責任を取らない。

魔王は倒れ、敵は滅び、残ったのは「勇者たちの勝利」と「地に残った毒素」だけだった。


「この丘は、“生きてる”……?」


ラザンは夜を待った。

そして満月の昇る刻、丘を登る。


――地が、うねった。


「……!」


草が生えないはずの黒い土が蠢き、石が積み重なっていく。

瞬く間に“あの戦場”が再現されていくのだ。折れた旗、焼かれた門、そして――


「う……あ……」


呻き声。

地面から這い出すように、黒い影が立ち上がる。

腐りきった肉、青白い眼、しかし鎧は確かにかつての魔王軍。

そしてその背後に、勇者の“幻影”が現れる。


「ああああっ……!」


アンデッドたちはその幻影に向かって呻き、吠え、走り出した。


だが、幻影はただの記憶。攻撃も、叫びも、すべて空を裂くだけ。


「……これが、お前たちの、最期か」


ラザンは腰の鞘を外す。

そこにあるのは騎士の剣ではない。ただの鍬だ。

だが、その手さばきは――間違いなく剣技。


「地に還れ。お前たちも、そして……英雄たちも」


刃の代わりに鉄の刃が唸り、地の底から現れた影を薙ぎ払っていく。

切れずともいい。ただ、“届ける”だけでいい。

ここに、誰かがいたと。それを、終わらせる者もいたと。


**


翌朝。

丘の黒土は、わずかに柔らかくなっていた。

不気味なうねりは止まり、風だけが静かに吹いていた。


「……もう、あの幻影は現れないでしょう」


ラザンはそう言い残し、再び村を離れる。


**


村人は言った。

「名も名乗らぬ旅人が、あの丘を清めてくれた」と。

誰かが“あの戦い”の尻拭いをしたとは、誰も書かない。

だが、確かに彼はそこにいた。


そして、ラザンの旅は続く。

今度は、“勇者の名を貶めた罪人”として。

噂が、北方の街にも届いていた。


――そこでもまた、彼の姿が試されるのだった。

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