表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

1話

騎士ラザン・ヴィットが最後に立っていた城門の前には、剣も誉れも置かれていなかった。

わずか数刻前まで彼の肩にかかっていた紅のマントは、いまや砂塵にまみれ、地面に打ち捨てられている。


「汚名を背負って退け。真実はもはや関係ない。民が英雄を求めている」


淡々とそう告げたのは、ラザンが最も信頼していた仲間だった。勇者ロア=エルステッド。

疑いの余地のない冤罪だった。

だが、魔王軍との大戦が終盤にさしかかっていた今、「騎士の裏切り」という物語は都合がよかった。

民衆に不安を与えるより、敵を一つ作って安堵を与えたほうが政治的には優しい。


「ラザン・ヴィット。貴様を叛逆の罪により、騎士団から除名する。以後、二度と剣を取ることは許されぬ」


それが最後の言葉だった。


**


それから三ヶ月。

ラザンは馬を持たず、名も名乗らず、各地の復興地を渡り歩いていた。

倒壊した村、焼かれた畑、水源を失った街。

戦いの跡地はどれも、勇者たちが英雄譚の一章を刻んだ舞台である。だが、そこには拍手も喝采も残っていない。


「……もう、柱は立たねぇな。材木が足りねぇ」


壊れた宿屋の骨組みを前に、村人たちが肩を落とす。

ラザンは黙って腰に差した工具袋を下ろし、無言で木を削り始めた。


「……あんた、何者だ?」


「ただの旅の者です。手伝わせてください。礼はいりません」


**


彼が名を明かすことはなかった。

だが、その目と手が語ることは多かった。

剣を握っていた者にしかない重み。

味方をかばって幾度も盾を構えた者にしかない、構造物への慎重な目配り。

そのひとつひとつに、人々はやがて小さく頷いた。


「お前の手は――戦うより、建てるのに向いているのかもしれん」


最初にそう口にしたのは、片足を失った老鍛冶だった。


**


ラザンは語らなかった。

だが、村々の復興は進んだ。

潰された井戸を修理し、獣に襲われた柵を立て直し、地滑りで崩れた農道を補修する。

その全てを、ただ一人で黙々と行っていた。


「……あんた、もしかして騎士だった?」


ある晩、焚き火のそばで、少年が問うた。


「違うさ。ただ、昔、剣を振るったことがあるだけです」


ラザンは火の中を見つめながら答える。


「じゃあ、どうしてこんなことしてるの?」


「さあな」


その言葉に、少年は少しだけ考えてから、膝を抱えた。


**


ある朝。

ラザンは、壊れた石碑を見つけた。

それはかつての戦場の碑。勇者とその仲間たちの名が刻まれていた。


当然ながら、そこにラザンの名前はなかった。

だが――それはもう、どうでもよかった。


「名が残らなくても、救える命はある」


誰にも聞かれず、誰にも届かぬように、ラザンはそう呟いた。


**


彼の旅は続く。

次に向かうは、かつての激戦地。

魔王軍の幹部と勇者が交戦したという「浸魔の丘」。

未だにそこでは、奇妙な現象が報告されていた。


それが、物語の次なる扉だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ