大牙狼戦 #2
うーん、眩しい。寝にくいなー。
目を閉じて数分後、迷惑そうな顔で月を睨むユルの額に、生温かい液体が滴り落ちてきた。
「ん?」
ずいーと頭を後ろに反らしたユルを見下ろす蛍光色の瞳、耳元まで綺麗に開いた口元からだらしなく垂れる紫色の舌と、鼻が曲がりそうな悪臭を放つ液。毛先が長い、暗褐色の毛皮。
一目で肉食とわかる鋭い牙は、奥深い口の奥から響く低い唸り声を受けてわずかに震えているように見えた。
幹の大きな穴から顔と両の前足を出しているのは、人間の子供くらいなら容易く丸飲みできそうな大牙狼。
「あ。こんばんは」
頭を反らしたまま呑気に挨拶をしたユルの頭部と大牙狼の牙の距離が、身を乗り出した大牙狼の一噛みでゼロに。
琥珀色の光に包まれた鋭利な牙がユルの額と後頭部に触れたが、肉には食い込まない。
剛性の付与が間に合っていた。
自分の牙が通らない硬さに驚いたのか、大牙狼は頭を引いて口を閉じた。
機を逃さずに腕力を付与したユルに上顎を掴まれ、大牙狼は地面に叩きつけられた。
生まれた直後の子鹿のように足を震わせながら立ち上がる大牙狼の鼻の骨を、座ったままのユルの拳が粉砕。
血を吐いて昏倒した大牙狼の首を両腕で挟み、一気に捻って首の骨を折る。
ユルは白目を剥き動かなくなった大牙狼を後目に、額に付着した戦闘相手の血が混じった唾液を胸元の蛍石で拭き取りながら幹の裏側へ歩いていく。
何かを探すように歩いてから、ユルは尖った石に目を留めて拾い上げた。
踵を返し、木々の枝を折り取りつつ、動かない大牙狼の脇に戻り、抱えた枝を自分の後ろに置く。
石に鋭利を付与。
大牙狼の首の付け根に石の先端を刺し、可能な限りの血を抜き終える。
むせ返る血の匂いに吐き気を感じながら、ユルはおぼつかない手つきで皮を剥ぎ始めた。
大牙狼の解体を終えたユルは、石に付着した血を脇に生えていた葉で拭き取り、鋭利を解除して摩擦を付与。
背後に積まれた枝へ向き直り、石を蛍石に打ちつけ、即座に枝の中に投げ入れる。
枝から白い煙が立ち上っていく。