ユルの旅立ち #4
2つの県の間で過去に起きた諍いに起因するものだが、互いの権力者が世代交代していくうちに少しずつ対立感情が薄れ、今回、リュクス側からの接触に応じたソロリの県令が県交再開に向けての交渉に臨んでいるとのことだった。
「それでですが⋯⋯ユルさんはどうされます? 県令が帰ってくるまで待ちますか? もしそうだとしても、滞在は明後日の朝早くまでで済みますね?」
「明後日の朝、早くですか? まあ、明日会えるならそんな感じですね。僕はどこか適当な宿でも見繕って時間を潰そうかと。明日の夕方以降、県庁舎に行けばいいんですよね?」
まず、ケロコンは首を縦に振った。続いてもういちど申し訳なさそうな顔で首を横に振り、この県には宿屋がないことを告げる。
驚いて眉根を潜めたユルは、自分は使えないかもしれないが、迎賓館やそれに相当する公的施設はありますよね、と訊ねるが、それもないという。
街並みを見る限りでは、凝った意匠の建物に、敷き詰められた足元のタイル。夜でも多くの店が活況で、人々も楽しそうに行き交っている。
少なくとも国府の中層街くらいには栄えた県のはずで、旅人や客人をもてなす財政的な余裕がないようには思えない。
回答をどこか不自然だと訝しむユルへ、ケロコンが問いかけた。
「失礼ですが、あなたは南門から現れましたね。私の見立てでは、何かの強念を付与して崖を下りてきたのではないかと。違いますでしょうか?」
状況的に、隠しても無駄かな。
そう考えたユルは、強念士であると認め、かつ、強念を使えば、たとえこの時期の外でも平気で寝れるでしょう、ケロコンが暗にそう言っていることも何となく感じとっていた。
「じゃあ、僕はもう行っていいですか? 武器はこのまま預けますが、ここを出るときは必ず返してください。それ、国府から借りてるものなので。とにかく高価な武器らしくて。無事に返さないと大変なことになりそうなんです」
言うと同時、路地を街へ進み始めたユルの右腕を、岩のような手が掴んだ。
ユルが顔を向けた先には、2メートル近い背丈はあろうか、筋骨逞しい巨漢が火を灯したかのごとき目で睨みつけている。
「⋯⋯どうしましたか? 僕が県に滞在すると不都合でもあります?」
嘲るように口の端を歪めたユルは、わずかに開いた瞼の隙間に覗く紺藍色の瞳に挑発の光を湛え、巨漢の薄赤い瞳を鋭く睨み返す。
巨漢のほうも引かず、自分より40センチ下にいる少年を親の仇に向けるような目で見据えている。
2人の無言の睨み合いは、不自然におどけた様子のケロコンが割って入るまで続いていた。