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第六章 告白

第六章 告白


朝食や身支度を済まし終えると、多少の自由時間が設けられ、家を出るまでの間、俺と雪音と恋乃葉は俺の部屋でテレビゲームに没頭していた。

最初は前回のリベンジとでも言うかのように『碧天のファンタジー』を恋乃葉が選択する。

次に普段から頻繁にテレビゲームをしているとと言っていた雪音はFPSのソフトを選び、その言葉通りやはりプレイは熟達していた。

そして最後に回ってきた俺の番。寝起き早々にビンタを食らったという、恋乃葉に対してちょっとした仕返しを企み、敢えてR十五禁のホラーゲームを選んだ。

案の定、ホラー系全般に苦手意識を抱く恋乃葉はぶるぶるぶると高速に首を横に振りながら、ゲーム機にソフトを差し込もうとする俺の手をぎゅっと握る。

恋乃葉から手を握られたことなどなく、その事実に満足をしてしまった俺は結局ホラーゲームをすることは破棄し、三人対戦のバトルアクションを選択した始末。

好きな人から手を握られては誰だってこうなるのが普通。

そんなこんなで、家を出るギリギリの時間までゲームに堪能した俺らは今、三人横並びで高校へと向かっていた。


「ねぇ、先輩。今日も髪の毛セットしないんですね」


「前にも言ったろ。髪を整えると女子が集まってきて、煩わしいって」


「女子にチヤホヤされるのが煩わしいって……それほど贅沢な悩みありませんよ……」


「贅沢だろうとなんだろうと、嫌なものは嫌だ」


「せんぱぁい、子供みたいです!」雪音はニヤニヤと口角を緩めながら、俺の頬をつんつんと人差し指で突いてくる。

「やめろ!」と雪音の手を払い除けると「先輩ったら、照れちゃってぇ」とうししと不敵に笑う雪音。

そんな俺ら二人をまるで他人かのように眺めている恋乃葉は虚ろな瞳で少し後ろをついてくるように歩いていた。


「……このーー」


「恋乃葉!どうしたのぉ〜?今日は朝から元気ないじゃ〜ん!」


「…………あ」


俺が恋乃葉の名前を呼ぶ前に雪音は後ろにいる恋乃葉の元へと歩み寄り「……体調悪い?」と不安げに顔を覗き込む。


「だから、大丈夫だって〜!」


「さっきもそう言ってたけど、本当はーー」


「もう、雪音の考えすぎ。疑い深いところが雪音の悪いところだよ〜」


見るからに貼り付けた笑顔を雪音に振る舞いながら、通学鞄を後ろで持つ恋乃葉はタッタッタッとスキップをするかのように跳ねながら俺の少し前で足を止める。


「ほら、雪音。早く行かないよ、ホームルームに遅れちゃうよ!わたしたち、ギリギリまでゲームやったせいで余裕ないんだから」


振り向きざまに一瞬だけ視線が交わりあったが、そのときの恋乃葉の瞳には普段とはどこか違う冷酷さのようなものを感じた。


(今朝のビンタといい、やっぱり俺って嫌われてんだな……)



校門を抜け、昇降口に辿り着いた俺らは階段の前で解散をし、互いに教室へと向かった。

いつも通り座席に腰を下ろすなり早々、岳は『人生を楽しんでますよ!』と言わんばかりに、ニコニコとした笑顔でこちらに歩み寄ってくる。

普段ならば、前の机にひょいっと腰を下ろすのがルーティンなのだが、今回は珍しく俺の真横に立っている。


「なぁなぁ、聞いてくれよ翔奏!」


「どうせまた、歌番組だろ?」


「チッチッチッ。それが今回に限っては違うんだなぁ〜これが」


満面な笑みで岳から話題を切り出すときは毎度決まって『グローバルライト』の割合が圧倒的に多いい。

けれど今日は「チッチッチッ」と人差し指を左右に振りながら、自慢げに口角を上げながら否定していた。


「じゃあ、なんだ?また、推しが増えたとかそういうやつか?」


「ん〜。まぁ、あながち間違ってはないかもな」


「そんなもったいぶらずに早く言えよ」


「ふふんっ!それがな。俺、藍堂岳は……あたらしい彼女が出来ましたぁー!」


両手を上に挙げながら無邪気な子供のようにバンザイをする岳の報告に若干視線が集まるがすぐさま散りばった。


「はぁ……なんだそんなことか」


「そんなこととはなんだ!そんなこととは!」


「どうせアレだろ?まぁた、告白されたからとりあえず付き合ってみたとかなんだろ?"好きでもないのに"。お前もよくやるよ」


「って、翔奏なら言うと思ったさ。でも今回に限っては違うんだな」


「違う?何がだ」


制服のポケットに手を突っ込みながら、隣に立っていた岳はひょいっと俺の机の上に座ると、右手の人差し指を自分に差しながら。


「俺から告白したんだ」


「へぇ〜、お前から。………ん!?お前から!?」


「想像もしてなかったろ」


「あぁ……」


中学の頃から散々女子生徒からモテてきた岳は相手からの告白を受け入れ付き合うことはあったとしても、今の今まで自分から誰かに告白をするなど一度もなかった。


「それで、この学校の奴か?」


「そういうのお前も気になるんだな」


「気にならねぇよ。でも今回に限っては例外だ」


(岳との付き合いが長い奴なら誰だって気になるさ。あのお前が、自分から告白するなんてこと、宝くじで一等を当てるくらい滅多にないことだからな)


「写真あるけど見るか?」岳は制服のポケットからスマートフォンを取り出し、液晶を操作しなが一枚の写真を選択する。


「ほらこれが俺の彼女さ」


幸せそうに笑みがこぼれる岳はスマートフォンの画面をこちらへ向ける。

デートのときであろうツーショットの写真を自慢げに見せるその表情から『あぁ、本当に好きなんだ』と容易に理解できた。

かれこれ、恋人について話すことはあってもこれほどまでに屈託のない、それでいて嘘偽りのない笑顔は初めて見たから。


「綺麗な人じゃないか。っていうか……この写真のお前、鼻伸びてんな……!」


「お、俺なんかどうでもいいんだよ!隣の彼女を見ろ!彼女を!」


「もう見たよ。岳、お前とお似合いだ」


「そ、そうか?」岳は照れくさそうに紅潮とした頬をぽりぽりとかいている。「えへへ〜。お前にそんなこと言われたの初めてだわ」ニヤニヤと口元を緩ませる岳。


「そりゃあな。お前にはこれまでにもたくさんの彼女がいたが、それでも誰一人本命はいなかったからな」


「……お前。俺の事好きなん?」


片手に持っていたお茶のペットボトルをごくごくと飲んでいた俺は岳のその言葉で「ぶっー!」と盛大に吹き出す。

濡れた口元を裾のめくられた腕で拭いながら。


「お、お前!急に変なこと言うなよ!」


「いや〜、だってお前さ、俺以上に俺のこと知ってるもんだから、てっきり密かに想いを寄せられているのかと」


「そんなことあるわけねぇだろ!俺が好きなのはっ…………」


「好きなのは?って言うまでもねぇか。愛しの愛しの妹ちゃ〜ん、なんだもんな!」


「……うっせぇ。そこまで言ってねぇだろ……」恥じらいを隠すために、ごくごくと勢いよくお茶を飲み干す。


(妹のことが好きだってことはとっくの前にバレているが、それでも自分から口にするのは……さすがに躊躇いがある……)


「ってことだしさ。お前も頑張れよ!誰だか知らねぇが、最近はよく一緒に帰ってるみたいだし、関係は良好なんだろ?」


「一緒に帰ってるのは妹じゃねぇがな」


「はぁ!?違うの!?それって浮気じゃんかよ!」


「お、お前浮気の意味知らねぇだろ!俺は別に誰とも付き合ってないんだし、どこの女子とつるもうが何にも罪は引っかからねぇだろ!」


岳は少し引いた目つきで後ずさりながら「……うわぁ。無自覚女たらしかよ……」と不快に目を細める。


「翔奏が優しいことも、俺の次にイケメンなことも俺は知ってるからさ」


「な、なんだよ急に……。気持ち悪いな……」


岳は突然真剣な眼差しをこちらに向けながら。


「だからこそお前、その女の子に勘違いさせるようなことすんなよ」


「勘違いさせること?」


「『可愛い』とか無闇に言ったり、距離感を必要以上に縮めたり、異性へのボディータッチも避けた方がいい」


「そういったことは…………」


(あれ……?俺、何にもしてないよな……。『可愛い』も多分……言って…………ないと思うし。距離感だってどっちかと言えば雪音の方から近づいてきてるし。うんうん、大丈夫。何にも問題はない!)


「岳が心配することはないよ。そういったことはしてないから」


「ならいいんだけどよ。でも、極力気をつけろよ。無駄に期待させてもお前には好きな奴がいて、結局は振るんだしさ。好かれたら好かれたぶんだけ相手も傷つくから」


「だ……大丈夫だよ」


(雪音が俺のことを好きなんてこと絶対にありえないんだから。それに合コンのときだってどちらかといえば、岳の方と気があっていたんだし。日向のような雪音と日陰のような俺とでは生きる世界が違いすぎるんだから)


「じゃあ、川端に怒鳴られたくないし俺はもう自分の席に戻るわ」軽く手を挙げながら、もう片方の手をポケットに突っ込む岳は自分の席へと戻って行った。



四時間目の現代文を終え、昼休みに突入すると、雪音の日課である教室までの出迎えが行われた。


「先輩〜!一緒にお昼ご飯食べましょ!」


「あぁ、いいが。って今日は恋乃葉いないんだな」


「あぁ〜、そうなんですよ。なんか今日はお腹すいてないみたいで……」わかりやすく、しょんぼりと顔を曇らせる雪音の手には麗華さんに用意してもらった弁当箱が持たれていた。


「まぁ、そんな気を落とすなよ。いざとなれば、俺もお前もいるんだしさ」


「せ、先輩……」


雪音の頭をポンポンと至って普通にいつも通に撫でていると、今朝岳に忠告された言葉が脳裏に過った。


『ボディータッチも避けた方がいい』


(や、やばい……、いつもみたいに反射的に頭を撫でてしまった……!)


恐る恐る雪音の顔色を伺うが、俺の心配は杞憂とでも言うかのように「先輩!いつもの場所行きましょ!」とそれほど代わり映えなしに俺の前を歩いていく。

その姿を確認し終えると、すっと心が軽くなる。


(……よかったぁ。大丈夫みたいだ。普通好きな奴に頭なんか触られたら、正気じゃいられないもんな。その点、雪音は顔を赤くすることも声が震えて動揺することもなかった。岳の言ったことなんて、それほど気に留めることじゃないのかもな)


そうして雪音の後を追いかけ、いつも通り中庭のベンチに腰を下ろす。

「おっかずはなっにかなぁ〜!」と心を躍らせながら弁当箱の蓋を開ける雪音。


「おっ!先輩、あたしが大好きな卵焼き入ってますよー!」


「雪音、卵焼き好きだったのか?」


「えぇ〜、先輩知らなかったんですかぁ?もう、長い付き合いなのにぃ〜!」不満そうに唇をへの字にする。


「長い付き合って、まだ半年も経ってないだろ」


「経ってなくても、一緒に時間を共有したじゃないですかぁ〜!家庭が厳しいときも、子育てが大変なときも、あたしたち二人でどんなときも乗り越えてきたじゃないですか!」


「それが本当ならば、お前は今人違いをしているな。俺はどちらかといえば裕福な方だし、子供だっていないし。乗り越えたことといえば、テスト勉強くらいだろ」


「あ"あ"あ"あ"あ"!!今はテストのこと言わないでくださーい!!」


雪音は両手で頭を抱えながら、好物の卵焼きではなく、悶々と精神的苦痛を味わっていた。


「あぁ……先輩のせいで……元気なくしましたよぉ……」


「あちゃぁ、元気なくしちゃったかぁ。それなら、食欲も"当然"ないよなぁ。そんなら、卵焼き持っらい!」開かれた雪音の弁当箱から、三個並べられた卵焼きの内、一つを橋で掴んで口へ入れる。


「な、何するんですか!?……あ……あたしの……卵焼きがぁ……」


「うん!美味い!」


「ひ、酷い……。あたし本当に……元気無くしちゃいまいたよぉ〜……」


(まるで百面相のようにコロコロと変わるな)


「悪かったよ。ちょっとからかってみたかったんだ」


「からかってみたかった……?もう、あたしの卵焼きは先輩の胃袋の中ですよっ!」雪音はぷくぅっと頬を膨らませながら、コロッケ、ウインナー、ブロッコリーと次々にパクパクと口に含む。


「本当に悪かったよ。代わりに俺の卵焼きやるから機嫌直してくれよ」


雪音の弁当箱の隙間に俺の卵焼きを乗せる。


「ななひまねれすの!」


「飲み込んでから喋ろよ。何言ってるかさっぱりわからん」


もぐもぐと素早く咀嚼を済ませる雪音はゴクリと飲み込むと、片手に持っていた橋を空中で円を描くように回す。


「あったりまえですよ!誰かから借りたものはちゃんと返すのが礼儀ってもんです!どこぞのガキ大将じゃないんだから!」


「それと……」と雪音は橋の先端をこちらに向けながら、乱暴に唐揚げを奪っていく。


「ちょ!それは俺の好物!」


「好物……?どの口が言うんですか!これは謝礼です、謝礼!」


(も、もう、雪音の弁当からおかずを奪うのはやめよう……)


思いのほか話題が盛り上がり、昼食を食べ終えてもなお中庭に残り続けた俺と雪音は当然残り一分で五時間目の予鈴がなることも知らず、全力疾走で教室へと戻った始末。

息切れ状態で教室につくと、スマートフォンを眺めていた岳に「お前、マラソン大会の終えたあとか?」なんて冗談まがいで言われ、クラスメイトに笑われた。


「翔奏。今日は帰るの遅いんだな」


「あぁ、俺もよく知らないがそうみたいだ」


放課後を迎え、いつも通り座席でくつろぎながら雪音が教室まで迎えに来てくれるのを頬杖をつきながら待っている。


「そんじゃ俺は先に帰るな!今日も愛しの彼女とデートがあるんで!」


「はいはい、楽しんでこいよ」ニヤニヤと鼻の下を伸ばしながら遠ざかっていく岳に向けて、振り払うように手の甲で挨拶をする。


(それにしても、雪音のやつ遅いな。いつもならとっくに教室を出てる時間だぞ)


机の上に置かれたスマートフォンで時刻を確認しながら『もしかして、なにかあったのでは……』と妙な胸騒ぎがしたところで、手に持っていたスマートフォンが振動をした。

液晶には『雪音』と今まさに待っている人の名前が表示されており、その下記には【先輩、校舎裏で待ってます】と雪音からとは到底思えない慎みなメッセージに小首を傾げる。

「分かった、すぐに行く」とすぐさま返信を送ると一秒も待たない間に既読マークがついた。

机の横に掛けられた鞄を片手に、メッセージ通り校舎裏へ向かうと、後ろ姿で佇んでいる雪音がいた。


「たく、雪音なぁ。待ち合わせ場所決めてるなら事前に言っておけよな」


「……先輩」


「ん……ん?なんだ」


正面で立っている雪音がゆっくりとこちらへと振り向く。


「それにしても、校舎裏が待ち合わせ場所ってーー」


「先輩、お話があります」


「話?こんなところで?」


「……はい」


普段ならば、顔を合わせるなり早々『せんぱぁーい!』と大声で呼びながら、駆け寄ってくるはずなのに、なぜだか今はまるで別人なのではないかと錯覚させるほどに面影は重ならなかった。

いつもとは違う短い言葉。これも恐らく雪音の言う『お話があります』に関係しているのだろう。


「それで、話というのはなんだ?」


雪音はこちらへ一歩前進すると、両手で脚の前で鞄を握っていた手に力を入れ、「……すぅ」と息を吸う。


「あたし、先輩のことが好きです。ずっと前から、出逢ったそのときから」


その言葉に一切の迷いはなく、雪音は俺の瞳をじっと見つめながら、ただひたすらに俺からの返事を待っていた。

雪音の手は次第に震えだし、頬を赤らめ、俺が恋乃葉に対して容易に口にできたかった言葉にも拘らず、雪音は一切俺から視線を逸らさず、逃げずに、顔を上げている。

恥ずかしいはず。逃げたいはず。怖いはず。そんなこと本人が一番、痛いほどに知っている。今、身をもって体験している。

それても雪音は微動だにしない。

俺が言葉を紡ぐまでの間はほんの数秒に過ぎなかったと思う。

けれど、このときの俺はまるて時間か止まったかのように思わずにはいられなかった。


「…………は?」


「は……!?は、はないでしょ!は、は!」


今ので気が抜けたのか、雪音は肩を落としながら「はぁ……」と呆れ混じりのため息をこぼした。


「いや、だってさ。雪音が俺のこと好きだとは思わないじゃん!」


「は……はぁ!?今まで結構積極的にアタックしてましたけとぉ!?」


「積極的にアタック……?悪いんだけど、全く身に覚えがないんだが……」


「ホントありえない……。先輩ったら、さすがに鈍感すぎ……。鈍感すぎて……もぉ……」その場で腰を下ろしながら、顔を俯かせた。

けれど雪音はすぐに立ち上がり、一歩一歩と歩み寄る。

その結果、俺と雪音との間は人間一人分くらいしかあいていない。

この状況下で後ずさるほど俺の性根は腐っていない。

だらこそ、どれだけ鼓動が速くなろうと俺は視線すらも背けてはならず、ちゃんと雪音に向き直おろうと決心した。


「……先輩。あたしは先輩が……翔奏くんか好きです。言葉では言い表せないほどに大好きです。これからも一緒にいたい。ずっと傍にいてほしい。あたしのことをもっと知ってほしい。先輩のことをもっと知りたい。人生で初めて誰かを好きになりました……。先輩……あなたを世界で一番愛しています……」


「……雪音。俺は…………」



窓から差し込む夕日を浴びながら、わたしは一人孤独に外を眺めていた。

微かに聞こえてくる部活動の掛け声。

静寂な教室に響く、エアコンの機械音。

恐らく、今頃雪音は翔奏くんに告白をしているところなのだろう。

返事はどうなるのかな。

二人は付き合うのかな。

そんなことを考えては、無性に胸が締め付けられる。

とても耐え難い苦痛にわたしは制服の胸元をギュッと力強く握る。

そんなとき、キラリと視界の隅で何かが輝く。

そちらに目をやると、雪音の机の上に一本の折り畳み傘が置かれていた。


(……雪音。忘れ物してんじゃん)


天真爛漫でおっちょこちょいな雪音だが、普段は忘れ物なんかする性格ではなく、見た目によらず案外マメな性格なのだ。

だからこそ雪音が忘れ物をするってことは、それほとまでに自分の想いを翔奏くんに打ち明けることに対して、緊張、動揺、混乱をしていたんだ。


(そんなの当たり前だよね……。わたしがその立場だったら、動揺どころじゃすまないと思う。きっと……最後の最後までわたしは気持ちを伝えられずに時間だけが進んでしまうんだ)


雪音が忘れていった折り畳み傘を手に取ると、わたしは愚考な考えが頭を過ぎる。


(わたしがもし、『折り畳み忘れてたよ』を盾に雪音のところに向かったら、告白を破棄できたりしないかな。そんな最低な考えが思いついてしまった自分に心底腹が立って。心底失望する)


手に持っている折り畳み傘を数秒間見つめた後、今日はとりあえず家に持ち帰り、その後雪音に連絡をしよう。

それが一番最良の選択。

けれど、そう心から決めたはずなのに。

絶対に雪音の告白は邪魔してはいけないと分かっているはずなのに。

それなのに……わたしは今、壁に背中を合わせながら、雪音の告白を盗み聞きしてしまっていた。


「……先輩。あたしは先輩が……翔奏くんか好きです。言葉では言い表せないほどに大好きです。これからも一緒にいたい。ずっと傍にいてほしい。あたしのことをもっと知ってほしい。先輩のことをもっと知りたい。人生で初めて誰かを好きになりました……。先輩……あなたを世界で一番愛しています……」


「……雪音。俺は…………」


(あぁ……そうか。そうなんだ……。翔奏くん……君が……君が好きなのは……)


ズルズルズルと壁に背中を合わせながら、徐々に下へ下へと下がっていく。

徐々に込み上げてくる涙が、留まることを知らずに流れていく。


(これでわたしはもう……君とっても……邪魔者になっちゃうーー)


「な〜んてね!」


「……えっ」


「『ここまて言っておきながら!?』って思うかもしれないけど、返事は……いらないや」


「……は?どうしてさ」


(……どうして。雪音……。あなたは……翔奏くんのことが大好きで大好きで仕方がなくて……。それは雪音の一つ一つの行動でよく分かってる……。なのにどうして……)


「だって先輩〜。あたしに、あれほど勘違いさせるような行動しておいて、先輩にも好きな人いますよねぇ〜?」


「それは……」


「それは?なんですか〜」


「いる……けど……。でもーー」


「振られると分かっているのに返事を聞くほど、あたしは馬鹿じゃありません!まぁ、なら『告白するな!』って感じですけどね」


雪音は目尻を下げて、どこか切なそうに笑っていた。

微かに潤った瞳には気づいていていように。

翔奏くんと雪音の間に優しい暖かい風が通り抜ける。

雪音の綺麗な黄金色のボブヘアをなびかせながら、一筋の涙を連想させるように耳たぶにつけられたイヤリングがキラリと寂しく輝く。


「そういうことで先輩!あたしはちゃんと言いましたよ。『好きだって』伝えましたよ。それなら次は先輩の番です!」


雪音は翔奏くんの背中を押して無理矢理歩かせる。


「でも……雪音」


「先輩……。あたしだって悲しいんですよ……?今すぐにでも……泣きたいんですよ……。だから……ここは空気を読んで……一人にさせてください……っ!」ボンッと勢いよく背中を突き飛ばすと翔奏くんは「おっと……」とつまずく。


「……分かった。雪音……お前の気持ち嬉しかったよ」


「もぉ……先輩。あたしをこれ以上……苦しめないでくださいよ……」目尻に浮かぶ涙をこぼれないよう、必死に力を込めながら、無理矢理に口角を上げる。


「じゃあ、雪音。俺……行ってくるよ……」


「はい……っ!先輩……応援してます……っ!」


(や……やばい……!今こっちに来られたら……)


けれど、そんな心配をする暇もなく、翔奏くんは駆け足でわたしの隣を通り過ぎていき、少し前で足を止める。

わたしに気がついた翔奏くんはゆっくりとこちらに振り向きながら、呆れたように目を細めた。


「……なんだ。盗み聞きしてたのか?……さすがに趣味悪ぃぞ」


「これは……ちが……違くない……」


頬につたる涙を手の甲で拭っていると「……恋乃葉。一緒に……帰らないか」茜色の夕日に照らされた翔奏くんの顔は赤く色付き、照れくさそうに頭をかいている。


(まともに想いも伝えられていないわたしが翔奏くんと帰るなんてことあっていいはずがない……。翔奏くんの隣にいるのは……いていいのは……わたしじゃないんだかーー)


思考を遮るように翔奏くんはわたしの腕を引っ張り、その場から立ち上がらせる。

翔奏くんの顔が見れなくて、下を俯いていると。


「……俺が恋乃葉と一緒に帰りたいんだ」


「でも……わたしなんかが……」


「『なんかが』とか自分を卑下するよう言い方するなよ……。って俺が言えたことでもねぇか」


(翔奏くん……。君は……君は……優しすぎるよ……そんな風に言われたら……好きに……なっちゃうよ……)


翔奏くんと一緒に帰ってもいいのか。優柔不断なわたしが返事に困っていると、翔奏くんは無理矢理腕を引っ張って「……行くぞ」とわたしを連れ出した。

校門を抜けてからどちらとも口を開かず、気まずい沈黙が流れていると。


「な、なぁ恋乃葉……あそこの公園寄っていかないか?」交差点を挟んだ向こう側に見える公園を指差す。

入口違うに設置されたベンチに腰を下ろすと、再び沈黙が流れる。

わいわいと子供の愉快そうな声が周囲に飛び交う。

鳩がポーポーと鳴き声を上げながら、空を飛んだり、地面を歩いたりしている。


「……恋乃葉。お前に聞いてほしいことがあるんだ……」


「……なに……?」


「俺……俺さ……」


翔奏くんは「すぅ……」と息を吸い込み、意を決して、ようやく言葉を紡ぐーー。


「恋乃葉が好きなんだ」


「…………うん。……えっ……!?」


「悪かったな。俺なんかに好かれても迷惑だってことぐらいわかってるんだけどさ。でも……でもさ、一度好きになっちまったらもう誤魔化さねぇんだよ……」


「ちょ……ちょっと待って…………」


(い、今……わたしのことが好きだって言った……!?ど、どどどどどういうこと!?わたしはてっきり、雪音かそれ以外の人で……。とにかく、わたしなんて……思ってもいなかった)


予想を覆す言葉に頭を抱えながら困惑する。

何も考えられないわたしに、翔奏くんは言葉を続ける。


「恋乃葉が俺のことを嫌っていることは知ってる。だから、今のことは忘れてくれ……」ベンチに置いた鞄を手に取ると、翔奏くんは腰を上げる。


「ちょ……!ちょっと待ってよ……!わたしのことが好きだってそれ、冗談じゃなくて?」


「冗談?この期に及んで冗談なんて言うはずないだろ?」


(……ってことは……本当に翔奏くんは……わたしのことが……!?)


そう思うと、頬が赤く火照り、次第に鼓動のスピードかは加速していき、今にでも飛び出してしまいそう。


(翔奏くんの気持ちを知った上で伝えてしまうとはきっとズルなんだと思う。卑怯だってことも重々承知。でも……わたしは、この機会を逃してしまったら、きっともう二度と自分の気持ちを伝えることはできない……。だからこそ、どれだけ責められてもわたしは伝えたいーー)


「そ、その……わ……わたしも、にいさ……翔奏くんのことがずっとずっと好きでした……」


雪音と違ってわたしは顔を下に俯いて、まともに翔奏くんの顔を見れない。


「いや……それこそ冗談だろ。だってお前は俺のことが嫌いだってーー」


「わたし、一度も翔奏くんのこと『嫌い』だとか『苦手』だとか言ったことないよ!」


「なら、なんでいつもあんなに素っ気ないんだよ。『近寄らないで』とか『喋りかけないで』とか初対面で言われたぞ?」


「あ……あれは……。翔奏くんのことが好きで好きでたまらなくて、真正面から接してたら……わたし……正気でいられないんだもん」


翔奏くんと一緒の家で、家族として過ごす時間が半年以上経過した今だからこそ多少は慣れたけれど、最初のときは顔を見ることすら恥ずかしすぎてできやしなかった。


「……お前。どれだけ俺のこと好きなんだよ」


「……翔奏くんが思ってる一億倍くらいには」


「それはさすがに盛りすぎだろ!」


「全然盛ってないよ!わたしは中学生のあの時から」


(そう……わたしはあの時からずっと、翔奏くんのことが好きで好きでたまらなかった)


「ねぇ、翔奏くん。中学生の頃、すごい暗かった女の子覚えてる?」


「暗い女の子?ん〜、あ!あの子!あぁ、覚えてるよ。すごく優しい子でな。でもなんでそれを恋乃葉が……?」


「あれ、実はわたしなの……」


「え……!?でも、今と見た目が……。いや、言われてみれば確かに可愛い顔とか面影が」


「か、かわ……かわいい……」


わたしは中学生の頃、陰気な風貌と父親からの暴力が原因で些細ないじめにあっていた。

ある日、腕のアザをクラスの男子に見られてしまってから、わたしが裏では暴力騒動を起こしていると流言飛語が吹聴された。

男子生徒からは『陰気な外見で実は喧嘩好きって、そんなギャップマジで需要ねぇわ』とからかわれたり、あることないこと散々言われたり、わたしの居場所など家にも学校にもどこにも存在しなかった。

でも、そんなときわたしにもひとつの光が差し込んだ。それが中学三年生の翔奏くんだった。

人目のつかない体育館裏で泣いているわたしに翔奏くんは優しく心に寄り添ってくれるように声を掛けてくれた。

クラスメイトに言われた言葉を翔奏くんに相談すると、すぐさま彼は『誰だよ、そんなこと言った奴!俺が今からボコボコにしてやるから名前教えろ!』と会って間もないにも拘わらず、彼はまるで自分のように怒ってくれた。

わたしが『大丈夫ですっ!……そんなことしたらあなたの印象まで悪くなって、変な噂が流れてしまいます』そう何度も止めても彼は結局『俺のことは気にしなくていい』そう言って、わたしの悪口、陰口、流言飛語を吹聴している生徒らを懲らしめるために暴力を振るってくれた。

当然、翔奏くんは高校受験を控えているにも拘わらず、停学になってしまい、わたしだけの為に受験にも支障をきたした。

翔奏くんが言ってくれた、あの言葉。

わたしは一生忘れない。


『君はもう少し自分に自信を持っていいと思うよ。その可愛い顔つきも誰よりも優しいその性格も、君にはたくさんの魅力があるんだからさ』


あの時からわたしは翔奏くんのことが好きだったんだよ。


「なぁ、恋乃葉。俺らの恋はさ傍から見れば『気持ち悪い』やら『ブラコン』やら『シスコン』やらで溢れると思うんだ」


「……うん」


「それでもさ、俺はそんな周りの意見など関係なしに恋乃葉、お前とずっといたいんだ」


(周りの意見など関係なしに。君は昔から変わってないね。やっぱりわたしは君を好きになって良かったよ)


「だからその……俺のわがままに付き合ってくれるか……?」


「わがままって……そんなこと全然ないよ?わたしだって翔奏くんとずっとずっと一緒にいたいし、隣にいてほしい。それにお父さんもお母さんもわたしたちの気持ちを咎めたりしないと思うよ」


「むしろ」とわたしは言葉を続けた。


「お母さんに関しては、『翔奏くんが恋乃葉の彼氏なら大賛成だわ!』ってすごく喜ぶと思う」


「ぷっ!……確かに!麗華さんなら言いそうだな」


翔奏くんの顔は未だに紅く紅潮としている。それは恐らく夕日のせいではないだろう。


「じゃあ、改めて言うよ」


「うん!」


翔奏くんはこちらに振り向きながら、普段以上にキラキラと瞳を煌めかせながらーー。


「世界で誰よりも恋乃葉を愛してる。俺と付き合ってくれ」


「わ、わたしも……!世界で誰よりも翔奏くんを愛してる。ずっと一緒にいてくれますか?」


「……って、俺が告白してるんだが!?」


「そ、そうだけど、わたしだって告白したいもん!!」


「なんだよそれ……!」と翔奏くんは口を押えてくつくつと笑っていた。それをみたわたしも自然と口角が緩む。


「恋乃葉、好きだよ」


「そ、そんなのわたしだって!」


「恋乃葉。ずっと傍にいてくれますか?」


「翔奏くん。ずっと傍にいてくれますか?」


その告白に二人は口を合わせてーー。


「ずっと傍にいさせてください」


最後まで卑怯なわたしではあったけれど、それでも以前よりかはほんのわずか、わずかに過ぎないけれど、でもきっと前進した気がする。

それも全部、翔奏くんのおかげだ。

翔奏くんとならどこへだって行ける。

翔奏くんとならなんだってできる。

翔奏くんと一緒なら、もう何もいらない。

『翔奏くんとなら』君が理由でわたしは今も生き続けていられる。

翔奏くん。わたしの世界を壊してくれてありがとう。

暗闇の世界からわたしに手を差し伸べてくれてありがとう。

わたしの世界に存在してくれてありがとう。

これから何度でも君にこの言葉を紡ごうーー。


『翔奏くんと出逢えて本当に良かったよ』


完結

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