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第二章 君とゲーム

第二章 君とゲーム


とある祝日の昼過ぎ。

俺は自室のベッドで横になりながら、読みかけであった小説を手に読書鑑賞へ浸っていた。

読書好きならではの悩みなのかもしれないが、なぜだか体勢が定まらない。

仰向けになっても、うつ伏せになっても、はたまた横向きになったとしても、どれも定着せず数十分後には身体全身がムズムズしだし、体勢を変えなければならなくなる。

このひとつの悩み事をどこの誰でもいいから改善してもらいたいところなのだが。

紺色の収納ラックに保管されたゲーム機が寂しそうに俺を呼ぶかのようにキラリと光る。

男子なら休日の時間の大半をゲーム三昧に費やすのが一般的なのだろうが、俺に限ってはそうでもないのだ。

もちろん、一人の男子である以上ジャンル問わずゲームそのものは趣味の一環として時折プレイすることも当然としてあるが、それと同等にいや……それ以上に俺は読書に浸る方に時間を回してしまう。

ゲームよりも圧倒的に読書、詳細に示せば小説の方が好きなのだ。

そのような理由もあり、長期間放っておいたゲーム機の上には微かに埃が溜まっていた。


(そろそろ、掃除も兼ねて少しだけプレイしてみてもいいかもな)


目先に置かれたゲーム機に一瞥し、すぐさま小説の文字を辿る。

そんな計画を立てたところで結局は読書を優先してしまうことなど、目に見えている光景。


『やりたい時にやりたいことをする』


それが俺のモットーで、だからこそ何かに囚われずに自分の気が向いたその時にゲーム機に触れよう。

そんないかにも深く真っ当な精神を持ち合わせているように思わせながらも、実の所を言ってしまえばそれを言い訳にしているだけかもしれないが。

仰向けの体勢を横向きへと変え、小説のページを一枚捲る。

今まさに目を通している小説『俺の妹が可愛すぎて目が離せない!』の登場人物であり主人公の片桐透と自分の面影が重なって、一つ一つのセリフや感情に共感し一喜一憂してしまう。

その小説の名言でもある『妹であろうが、血の繋がりがあろうが、恋愛の形にルールなどない!』そのセリフに俺がどれだけ励まされ背中を押されたか。

それを糧に俺は今も尚、恋乃葉へ想いを伝えようと全身全霊で努めているのだが……一向に気が付いてもらえないのは、俺の振り向かせ方にもんだいがあるのか、それとも恋乃葉が恋愛感情に鈍感なのか。

まぁ、どちらでもいいがとりあえずなかなか先に進まない。

だが、そんな名言が背中を押し続けてくれていても時折思ってしまうんだーー『妹に恋愛感情を抱くなど愚か者』だと。

けれど、俺に関しては前提が違うのだが。

俺は何も妹の恋乃葉に恋愛感情抱いているのではなく、並木道ですれ違った"時に"一目惚れした。

その後に妹になったのであって、"妹"という概念を好きになったのでは断じてなく、恋乃葉という一人の女の子を好きになったのだ。

まぁ……だからなんだって話なんだけど。

なぜだか無性に腹が立ち、頭を掻きながら、改めて読書に没頭するため気持ちを入れ替えようとした時。

コンコンと自室の扉がノックされた。

父親は仕事で家を留守にしているし、麗華さんも商店街へ買い物に向かっているため家にはいない。

となると導き出される答えは一つだけでーー。


「なんだ、恋乃葉」


「開けても……いいかしら」


扉越しに恋乃葉が聞こえ「いいよ」と返答すると謎の数秒間の沈黙を挟み、ゆっくりと扉が開かれた。


「どうした、急に」


「数学の問題で教えてもらいたいところがありまして」


胸元には一冊の数学の参考書と一冊のノートが抱きしめられていた。

表紙には可愛らしい丸々とした文字で『数学』と記されている。


(数学かぁ……得意分野ではないのだが。せっかく恋乃葉が俺を頼ってくれているんだし、この機会を逃す手はない)


「いいが、どこが分からないんだ?」


横になっていた身体を「よいしょ」と起き上がらせ、若干の猫背で問いかける。

恋乃葉は参考書をペラペラと開きながら、こちらに向かい、とある部分を指差して「ここです」と示す。


「あぁ、ここはこの公式を使うんだよ。計算式は途中まで合ってるみたいだな」


参考書を除き込み指差しで教えると「……なるほど」と髪を耳にかけながら小声で独り言ちる恋乃葉。

上目遣いで恋乃葉に視線を向けると下唇を人差し指で触れながら、思考を巡らせていた。

形の整った桜色の唇に触れるその仕草。

血色の良く、触らなくとも理解でいるすべすべな肌質。

肌荒れなど知らないであろう艶帯びた美肌。

そのどれもが俺の鼓動を乱暴に乱して、ドクンッドクンッと強く脈打って、今にでも心臓が飛び出してしまいそうだ。

そんな時、恋乃葉がふとこちらに焦点を合わせると数秒間視線が交わり、気恥しさに堪え兼ねた俺は不自然に目を逸らした。

顔は赤くなっていないだろうか。

鳴り響く心臓の音は聞こえてしまっていないだろうか。

不自然に思われてはいないだろうか。

この無性に高鳴る鼓動が全てを物語っていて、俺は本当に恋乃葉が好きなんだ、と改めて実感してしまう。


「丁寧に教えていただき、ありがとうございます」


「いや……別にこれくらいなら、いつでも訊きにきても構わないけど」


「その提案は魅力的ですが、わたし自身の実力で限界まで頑張りたいので遠慮させていただきます」


「あっ……あぁ、そう……」


(普段通り丁寧な口調ではあるけど、なんか遠回しに断られたな、これは……)


一気に気分がどん底へ沈み、心に黒いモヤがかかる。

今の恋乃葉の反応で痛いほどに俺に対してどのような印象を抱き、確実に脈ナシだという事実が分かってしまった。

これ以上どれだけアプローチを重ねても、決して叶うことはないのかもしれないと思うと、意欲がぐんと下がってしまう。


「それでは、わたしはここで失礼します」


「あっ……あぁ……」


(でも……それでも……。たとえ、この先に広がっている未来が暗闇だったとしても。俺の恋心は儚く散る運命だったとしても。それでも俺はやっぱり君がーー好きだから!)


「……恋乃葉っ!」


ベッドから立ち上がり、部屋から去っていこうとしている恋乃葉の腕を優しく掴み、足を止める。


「……ひゃっ!」


(ひゃ……ひゃ?)


「な……な、ななななななななに!?きゅ、きゅきゅきゅうに掴んできて!……はな……はなさないーー」


「あぁ、悪い……。俺なんかに掴まれたらそりゃあ嫌だよ……な……本当に悪い」


自分の行った行動に若干罪悪感を抱きながら、苦笑いを浮かべながら後頭部をかく。


「…………だめ……なのに……」


「ん?なにか言ったか?」


「な、なんでもないですぅ!」


俺に掴まれた部分を優しく手で撫でながら、頬を紅潮とさせ、若干口元が緩んでいた。

我に返った恋乃葉はハッとしたようにこちらへ視線を向ける。


「そ、それで何の御用です?」


「……用……は別にないんだが」


「ないのに引き止めたんですか?」


首を傾げながら怪訝な表情で見つめてくる恋乃葉。

よろよろとした足取りで再びベッドに腰を下ろし、床に視線を落とす。

恋乃葉に何と言葉を返せばいいのか分からない俺は、偶然視界の隅に映りこんだ"ある物"を用いて会話を切り出す。


「げ……ゲーム、しないか……?」


「げ、ゲームですか?」


「そうだ、ゲームだ!」


突然の申し出に当然の如く戸惑いを隠せずにいる恋乃葉は数秒間の沈黙を挟み、「い、いいですよ」と半ば嫌そうに了承してくれた。


「やりたいジャンルとかあるか?」


テレビの前で俺と恋乃葉は横並びで腰を下ろす。

収納ラックに保管されたゲーム機を取り出し、微かに被っているホコリを手で振り払いながら、恋乃葉に問う。


「ジャンルですか。何が揃えられているのですか?」


「たくさんあるよ。FP……戦闘系とかレース系とか、あとは……スポーツ、パズル、RPGとかもあるけど」


棚の奥から様々なゲームソフトを取り出し、見やすいようにゲーム機の横に並ばせると、どこかの探偵かのように顎に指を添えながら「ん〜」と喉を鳴らしていた。

「……どれがいいんだろ」とゲームソフトと睨めっこをしながら逡巡としている姿もたまらなく愛らしいものだった。


「それじゃあ、これにしましょうかしら」そう言って手に取って目の前で見せてきたのは、表紙に緑色の草原を背景に主人公とその他のキャラクターが描かれたRPGのゲームソフトだった。

『碧天のファンタジー』と名のRPGゲームは一躍有名になり、全国にその名を轟かせたほどの大ヒット作。

ゲームソフト歴代売上数も二位と大差をつけて堂々の一位を勝ち取り、男女問わずに好かれるそのゲームはRPG界を大きく変えたとも言われている。


「碧天かぁ。恋乃葉は見る目があるな」


「どうしてです?」


「知らないのか?このゲームな、数年前の流行ゲームだったんだよ」


(今はもう、めっきりこの名も聞かなくなってしまったけど)


数年前まではむしろ碧天のファンタジー以外のゲームをプレイしている人の方が珍しく、主に男子の話題の大半はこのゲームで持ち切りだったほど。

けれど、年月が流れるごとに魅力の本質が徐々に劣化していくのと同時に他社からゲームのヒット作が相次いで目立つようになっていた。

それ故に碧天のファンタジーの名は今になっては誰も口にしなくなっている。


「こういう、テレビゲームをするのは初めてです」


「えっ!?そうなの!?これまで一回もやったことないの?」


「そんなに驚くことですか?男子に比べて女子はそれほどやらないのでは?」


「そうかな?最近だとゲーム好きの女子も増えてきてると思うけど」


「そうなのですか。今知りました」と至って普通にそう応える恋乃葉はコントローラーを手にカチャカチャとスティックを動かしていた。

見るからにどうやらゲームやる気満々のご様子。

恋乃葉のご期待に応えるべく、早々にゲーム機にソフトを差し込み、起動させる。

パララーンと愉快な起動音が鳴り、『start』との文字が表示される。


「ここのボタン押してみて」


「ここですか?」


Aボタンをポチッと押すと、『ようこそ!冒険の国へ!』といかにもゆるキャラのようなセリフと共に草原へ吸い込まれるように本編が起動される。

様々なチュートリアルを済ませると、液晶の左上に『モンスターを十体倒してみよう!』と初期ミッションを拝命される。


「恋乃葉、今だ!」


「えいっ!」


「もう一発!」


「も、もう一発!?え……えいっ!」


ターゲットにしていた狼のモンスターがボンッと爆発するようにその場から姿を消した。

最弱モンスターにも拘わらず「ふぅ……」と安堵のため息を漏らしながら額の汗を腕で拭う恋乃葉。


「ん?なにか新しいミッションが与えられましたね」


「ミッションをこなしていくにつれ、徐々に難易度が上がっていくんだ」


「それじゃあ、今のよりも強いモンスターも出てくるってことですか!?」


「あぁ、そりゃあもう。うじゃうじゃと」


「うじゃうじゃ……」


ぺたん座りをしている恋乃葉が自身の太ももにコントローラーを置き、「わたし……ゲーム向いてないかもです……」と何やら不安な表情でこちらを見つめてくる。


「どうしてだ?このゲーム面白くないとか?」


「いえ、そういうわけではないのですがモンスターを倒す時に少々手こずってしまうような気が……」


「なんだそんなことか」


眉尻を下げて分かりやすく安堵してみせると「誰だって最初は不慣れなんだから、そんなこと気にすんなよ」と励ましながら、恋乃葉をチラッと一瞥する。

顔を俯かせて叱られた子供のように落ち込む恋乃葉の姿は捨て犬のように映り、つい頭をポンポンっと撫でてしまった。


「わ、悪い!勝手に頭なんか触って!」


自分の犯した所作を瞬時に理解した俺は両手をパシンッと勢いよく合わせて、必死に謝罪の言葉を述べる。

けれど、肝心の恋乃葉は微塵も不快な表情などしてなく、むしろ気恥しながらもどこか嬉しそうに表情筋を弛めていた。

髪をくるくると人差し指で巻きながら、上目遣いでこちらに視線を送り「……大丈夫です」と言葉を発するのに精一杯だと汲み取れるほどの震えた声でそう言った。


「そ、そうか……」


「は、はい……」


頭を掻きながら視線を泳がせ、どうこの気まずい沈黙を破ればいいのか思考を巡らせていると、先に口を開いたのは恋乃葉の方だった。


「あ、あのっ!」


「な、なんだ!?」


突然の大声にビクッと肩を震わせながらも恋乃葉の方へと向き直ると、口角の端をピクピクと震わせた苦笑いでテレビの方へ指を差していた。


「なんか……すごく怖いモンスターがこちらに迫ってくるのですが……」


「すごい怖いモンスター?」


恋乃葉が示す方向を見ると、そこには剣を片手に棒立ちしている恋乃葉が操作するキャラクターとそのキャラクターを目掛けて一心不乱に迫ってくる全力疾走中のキングゴブリン。


「どどどどどどどどうすればいいですか!?」


「あれはキングゴブリン!今の俺らのレベルじゃ絶対に倒せないから逃げるしかない!」


ここの草原エリアでは低確率で今のようにキングゴブリンが出現する。

レベル四十五と始めたばかりの俺らでは到底敵わない敵キャラ。

討伐することが叶えば、高値で売却することの出来るレア武器がドロップするのだが、そんなことを考えている暇など今の俺らには与えられていない。


「に、兄さん!なんか足が遅いんですけど!?これじゃあ、追いつかれてしまいます!!」


「スティックを倒しながら背面ボタンも同時に押さないとダッシュできないんだ!」


「は、背面!?なんですかそれは!」


「背面ボタンは後ろのーー」


ゲーム全般未経験の恋乃葉に対して背面ボタンと専門用語で語り掛けても理解できないのは当然。

だからこそ俺は咄嗟に恋乃葉の背後から手を回し、操作をサポートするようにコントローラーを掴んだ。


「かなっ……兄さん!?今はそのようなことはーー」


「悪いが少しの間我慢してくれ」


「でもっ……!こんな、後ろから抱きしめ……られたら……っ!」


突然ボンッと恋乃葉の頭が爆発し、頭上からは湯が沸いたやかんのように湯気が溢れ出でいた。

へにゃりと脱力された恋乃葉は俺の胸に持たれかけるように倒れてくる。


「こ、恋乃葉!?」


背後から顔を覗き込むと、恋乃葉は故障したロボットのように硬直しながら、紅く頬を紅潮ととさせていた。

それと同時にテレビからは一方的にキングゴブリンから攻撃される効果音が聞こえ、そちらに目を向けると初期スポーンに戻されていた。


「す、すみません……わたしのせいでやられて……しまい……」


「そんなことは別にいいけど、それより恋乃葉は大丈夫か?すごい顔が赤いけど」


「あか、赤くなんかありません……!」


「もしかして熱があるんじゃーー」


「熱もありません!なんでもないのでそんなに顔をじろじろと見ないでくださいっ!」


何か気に障るようなことをしてしまったようで、眉尻を吊り上げた恋乃葉は握られた拳を下げながら「わたしは自室に戻ります!!」とだけ言い残して不機嫌そうに俺の部屋から飛び出していった。


(最悪だ……。それでなくても充分嫌われてるっていうのに更に距離を置かれる羽目に……。一体何がいけなかったのか……)


ガックリと肩を落としながら、先程まで恋乃葉と一緒に行っていた『碧天ファンタジー』を一度セーブし、ゲームを終了させる。


(セーブしたところで恋乃葉がまたこのゲームをやるとは思えないけど)


プレイ時間三十分も満たずに再び収納ラックにゲーム機をしまう。

せめても一時間ほどは恋乃葉とゲームをしたかったのだが、惜しくもその願いは叶わずに終わってしまった。

俺の事を嫌っている恋乃葉が三十分も傍にいてくれたのだからこれ以上欲をかいてはならないか、と全力でプラス思考に捉えながら机に置いてある小説を手に取ってボンッとベットに倒れ込む。

『俺の妹が可愛すぎて目が離せない!』に登場する妹キャラには兄には決して打ち明けることの出来ない隠し事を抱えている。

それは言うまでもなく、何となく察しはつくがとぺらぺらとページをめくっていくと案の定。

妹の隠し事は『実は密かに兄に対して想いを寄せている』という妹に趣旨を置いた物語ならではの安直な設定。

けれどそれがまた面白い。

実の妹と恋に落ちてしまう禁断のラブコメ。

これ同様に恋乃葉も実は俺に対して恋心を抱いているとか何とかあればいいのだけれど、所詮それは夢物語でアニメや小説の中だけの限定で有り得る話。

現実ではそんな順調に都合よく物語は進んでくれない。

現に俺は想いを寄せている恋乃葉には嫌悪感や警戒心を抱かれっぱなしでいる。

俺の恋愛なんて何年かかろうとも決して叶うことはないと告げるかのようにーー。

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