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第一章 一目惚れ


第一章 一目惚れ


外から入り込むそよ風が、教室の空色に染色されたカーテンをヒラヒラと靡かせ、揺れていた。

教卓に積み重ねられたプリント用紙もまた、命が宿っているのかと錯覚させるほどに浮き沈みを繰り返し、今にでも空高く飛び立っていってしまいそうな雰囲気を醸し出している。

周囲を見渡せば、数人集まりグループを結成し、他愛ない会話を愉快に昼食を共にする者。

何かに駆られるように教室を飛び出し「サッカーしようぜ!」と有り余った体力を盛大に有効活用し、校庭へと全力疾走する者。

そうして、廊下を走った者への教員の怒号とそれでも尚、反省の意を表さず「はいはいー!すみませーん!」と振り向き様に手を振り、ふざけた謝罪を述べる者。

教室だというにも拘わらず、当本人たちは自覚をしていないのか、周りの視線を気にもとめずにイチャつくカップル。

そんな、ありきたりでごく普通としか言いようのない日常を窓際の隅の座席で頬杖をつきながら眺めていた。

緩慢に窓の外へと視線を移し「はぁぁ……」と深いため息を零す。

今でこそ、何の変哲もない平凡な日常を繰り返している俺だが、そんなごくごく普通な日常を壊し、新たな道への光刺しも人生が激変する可能性も確かにあったはず……だったのだが。

なぜだか俺はいつも通り、特段取り柄のない毎日を過ごしていた。

一人孤独に内心嘆き声を上げていると、灰色の古びたスピーカーから「一年二組、藍堂岳さん今すぐ職員室に来なさい」と若干機嫌の悪そうな声で特定の生徒への呼び出しをすべく、校内放送が流れる。

教室で机を並べ弁当を広げながら昼食を摂る者も、数人で談笑を興じ喧騒を満喫する者もそれ以外の者も、その時だけは皆一同にスピーカーへ視線を向けた。


「おい、呼ばれてるぞ、岳。早く職員室に行った方がいいんじゃないか?」


「え、俺?いやいや、絶対違うって!だって俺、職員室に呼び出されるような問題起こしてねぇもん」


椅子ではなく、机の上に腰を下ろしながら「ないない!」と愉快そうに笑いながら顔の前で右手を振る彼の名は、先程校内放送でも告げられていた通り、藍堂岳。俺の数少ない友人であり、親友だ。

中学時代からの知り合いで言わば腐れ縁という関係が最も相応しいかもしれない。


「お前のことだ。無意識のうちに何かやらかしたんだろ、きっと」


「俺のことなんだと思ってんだよ!マジでなんもしてないって!」


「だとしてもだ。この学校でそれもこのクラスで藍堂岳という名前はお前しかいないだろ」


「そ……そうかもだけど……」


(どれだけ、呼び出しを食らった生徒が自分ではないと信じたいのか……)


「そんなに渋るなら、やっぱり呼ばれるようなことをした自覚はあるんじゃないのか?」


(仮に本当に何もしていないのであれば、すんなりと向かうはず)


「ひゅーひゅー……」と出来もしない下手な口笛を披露しながら、後頭部に両手を回し眉をひそめる。

そんな表情を浮かべてしまえば、誰がどう見ても問題を起こした心当たりがあるのだなと容易に推測できてしまう。


(一体何をやらかしたんだか……)


「とりあえず岳、お前しかいないんだし早めに行っておいた方が後々楽だと思うぞ」


「へいへーい……。しっかり叱られてきますよーっだ」


「よいしょ」跳ねるように机から降り、頭の後ろで両手を組みながら、いかにもだるそうな足取りで教室を出ていった。


(といっても、いくら腕白な岳でも誰かを傷つけるようなことは絶対にしないと思うし、恐らくちょっとしたいざこざだろう)


岳との会話を終えた俺は周囲に屯うクラスメイトを一瞥してから、再び窓の外へと視線を向けた。

紅葉とイチョウの木々が風に揺らめきながら、ひらひらと花びらが散っていく。

季節の移り変わりでもあるためか、所々の樹木は枝を見せていき、美しく咲き誇る紅葉の木々とは到底呼べない。

黄色のイチョウの葉を眺めていると、いつかの記憶が蘇る。


(そういえば小学生の頃、母さんにイチョウを触るとかぶれるから絶対に触っちゃダメよって教えられてたっけ)


掌を見ながら、数年前の記憶に思いを馳せる。

けれど、俺の表情は過去の思い出を遡っているとは到底思えないほどの剣幕で拳を握る。


(でもその時の俺は『かぶれる』その言葉がいまいち分からなくって、興味本位でイチョウに触れた時、ものすごく怒られたなぁ……)


記憶を遡るにつれ、徐々に面持ちが明るく晴れていくが、それと同時に決して思い出したくない嫌悪に満ちた過去までも脳裏にチラついた。

差し出された右手は先程よりもより一層に力強く握られ、掌に爪痕がくっきりと刻まれていることだろう。

歯を食いしばり、憎悪によって感情を支配されそうになった時ーー。


「翔奏っ!」


教員からの呼び出しを無事終えた岳が背後から俺の肩を叩き、白い歯を見せながらニッコリと満面な笑みで立っていた。

苛立ちは次第に治まっていき、自然と表情筋が緩む。


「ちゃんと叱られてきたのかー?」


「お前のお望み通り、みっちり叱られてきましたよー」


「それで結局呼び出しを食らった理由はなんだったんだ?」


「すんげぇくだらねぇことだよ」


「くだらないこと?」


岳は片手に持っていた一枚のプリント用紙をペラペラと前後になびかせ、表紙を注目させた。

【進路希望調査票】と大きめのフォントで題名が一際目立ち、その下記に【第一希望】【第二希望】【第三希望】と記されている文字を左から右へと読み進めていくと、あぁ……なるほどな、と彼がどうして呼び出されたのか瞬時に理解できた。


「なんだよこれ、少しは真面目に書けよ。特に第一希望のこれ、本気でなれると思ってんのか?」


第一希望の項目をバチバチと人差し指で叩きながら呆然とした眼差しを岳に向ける。


「わっかんねぇだろ?もしかしたら俺が最も偉大な神、アマテラスになることだって有り得なくはない!」


妙に誇らしげに言い張る彼の姿は無性に腹立たしく、プリント用紙を持っている左手の甲をつねる。

眉を八の字に唇を尖らせ「何すんだよっー!」とつねられた手の甲を優しく撫でる岳。


「お前がアマテラスになることは天地がひっくり返ってもありえない。人の夢を貶す趣味はないが、今回に関しては努力するだけ無駄だ」


先程のつねられた痛みで微かに瞳を潤ませている岳が不貞腐れたように表情を歪めながら。


「知ってるわ、そんなこと。ちょぉっと、ふざけただけだっつーのに、あの川端ときたら冗談が伝わらないんだからよ、まったく」


川端というのは俺らのクラス一年二組の担任教師であり、体育教師でもある。

そしてその上、生活指導までも務めているため他の教員よりも遥かに手厳しいと校内で有名だ。

「そのせいで無駄に大目玉食らっちまった」しかめっ面で進路希望調査票を睨む岳は「チッ」と舌打ちをし、何かを求めているように掌を目の前に差し出す。

のちに「消しゴムとペン貸してくれ」と言われ手渡すと紙が破れてしまいそうなほどの力で『アマテラス』と記された文字を乱暴に消し、そのせいでプリント用紙がくしゃくしゃな姿へと一変する。


「第二希望と第三希望も充分おかしいと思うが?アマテラスだけを消してもまた呼び出し食らうかもよ」


「天皇と総理大臣は流石になれるだろ」


「いや、まぁ……。総理大臣はギリなれるかもしれないけど、天皇は絶対無理だろ」


彼がもし、天皇の血筋を受け継いでいるとなれば話は別だが、残念ながらそんなことは数年の時を経て藍堂岳はただの一般人だと証明済みだ。


「ちなみにお前はなんて書いたんだよ。すました顔してんだから、さぞ優秀なことを書いたんだろうな」


「俺は…………」


「あぁ……そうだった、そうだった」何かを思い出したようにポンッと手を打ち、どこぞの探偵かの如く顎に指を添える。

その振る舞いが癪に障った俺は無性に岳を殴りたい衝動へと駆られる。


「お前は今、あの子を振り向かせるのに必死で将来を考える暇などなかったな」


「うっせぇ……」


頬杖をつきながら不自然に窓の外へと視線を逸らす。


「あらあら、顔を赤くしちゃってぇ。まったく、翔奏ちゃんは可愛いんだらぁ」


猫を慰撫めるように顎を撫でてくる岳の手を勢いよく振り払い。


「やめろ……触んなっ……」


「そんな照れなくてもいいのにぃー!」


「別に照れてねぇから。馬鹿で単細胞なお前の勘違いだから!」


「おいおいおい。悪口連発は心に響くってぇ」


「ぐはっ……!」と自分の制服の胸元を握りしめ、その場でしゃがみこむ岳。

すぐさま、にょきにょきにょきと俺の机を支えに上がってくる岳は下から顔だけを覗き込ませていた。


「い……いいから、お前は早く進路希望書いて川端に持っていけよ」


「ふっふっふ……。話を変えても無駄だ!進路希望は今週までに持ってこいって言われたから期限はまだまだま〜だありまーす」


「チッ」


「今、舌打ちしただろ!」


「チッ」


「おい、またしただろぉー!」


机を掴んでいる岳の手を刺すぞと言わんばかりにシャーペンを持っている手を振り上げると「すまん、すまん!もう、ちゃかさねぇよ!」パチンと両手を合わせながら必死に謝罪を繰り返す。


「それで真面目な話、あの子とはどんな感じなんだよ」


机に腰を下ろしている岳は両脚の間で手を組み、少し前屈みに問いかけてくる。

彼の言葉に動揺を隠せない俺は再び不自然に視線を逸らした。


「別に普通だよ。あれからなんの変化もない」


「それはないだろ。少しくらいは、たとえば口調とか接し方とか、ちょっとくらい良くなったんじゃないのか?」


「そうだったら良かったんだけどな。でも、驚くほどになんもないんだ、本当に」


「マジかよ……」


「ぷっ……!」と突然笑い声を吹き出した岳はケラケラと腹を抱えて嘲笑うように指を差してきた。


「お前……脈……ねぇんじゃねぇの……ぷっ……!」


(こいつ……バカにしやがって……。でもまぁ、そうだな。岳が言ってることもあながち間違ってないのかもしれないな)


込み上げてきた怒りはすぐさま治まり、窓の外を眺めながら「はぁ……」とため息をつく。


「そうかもな。もう、初めて会った日から二ヵ月が経つが未だに何一つ変わってないからな」


「お……おう……」


(でも……そうだよな。俺とアイツは…………)


「……岳の言う通り、脈ナシなんだよ……」机に視線を落としながら虚ろな瞳でそう呟くと、先程まで存分に馬鹿にしてきた岳が身振り手振りで俺を励ましてくる。

落ち着かず早口な言い回しやあまりにも必死すぎる行動から彼は今、ものすごい焦燥感に襲われているのだと分かる。


(脈ナシって言ったのお前だろうが……)


「まだ、分からねぇだろ?もしかしたら、単に恥ずかしくて素直になれないだけかもしれないし」


「そうだったら良かったんだけどな。素直になれないだけで「喋りかけてこないで!近寄らないで!」なんて言うと思うか?」


「そんなこと言われたのか?」


「あぁ、一度ではなく鉢合わせる度、ことごとくな」


(もう、聞き飽きたほどに……)


その光景を思い出してしまい、悲しそうに肩を落とし「はぁ……」と深いため息をついて、机に顔をうつ伏せる。

「……恋愛って難しいんだな」ため息混じりにそう呟くと岳は再び前の机にぴょっと飛び乗り座り、「お前は恋愛経験少ないもんな」と口にする。


「女をコロコロと変えるお前よりかは幾分とマシだろ」


「失敬なやつだな。今の彼女は長続きしてるんだからな!来週で丁度付き合ってから一ヵ月目で記録更新だ!」


バサッと両腕を上げながら誇らしげな笑みで「プレゼント何にしようかなぁ〜」と制服のポケットからスマホを取りだし検索にかける。


(たった一ヵ月って記録更新って過去の彼女はとの交際期間はどれだけ短かったんだよ)


俺の唯一の友人と呼べる存在であり、親友でもある彼、藍堂岳は言わずもがな、女子生徒からこれでもかってほどにモテる。

彼曰く「モテすぎて困ってるんだよな」と男子生徒からしては妬みに溢れる悩みを時折口にする。

すれ違う女子の大半を虜にする整った容姿。

顔立ちを更に助長するのようなコンマバンクヘア。

左目の下瞼にある涙ボクロがチャームポイント。

男女学年隔たりなく、公平に接する情に深い性格は外見だけではなく内面までも完璧だ。

そして、恋愛条件として必ず重要であるであろう身長は百七十八cmと高身長の部類。

天は二物を与えず、とはよく言うがそれは全くの虚伝であることが彼によって証明された。

敢えて、彼の欠点を挙げるのであれば、毎度の定期考査で赤点ギリギリの点数を取ってしまうほどの頭が悪いところくらい。

だが言ってしまえばそれだけで、それ以外のことは……いや、訂正しよう。

岳は自分の外見と内面の良さを利用して、様々な女子と交際を始めたり、破局したりを繰り返している。

相手に恋愛感情を抱いているか否かなど関係なしに、彼は誰彼構わず告白されれば躊躇うことなく交際をする。

未だに浮気をしていないのが不思議なほどに彼はーー藍堂岳は女たらしなんだ。


(まぁ、それを知った上で俺は岳と親友で居続けるのだけど……)


だけれど、これまでの恋愛で振られるのは岳の方でその振られ言葉は毎度決まって『好きじゃないなら、無理に付き合わなくていいから!』だそうだ。

それに対しての岳からの返答は『あっそう……』とあまりにもキッパリとしすぎというか、冷めているというか。

人の恋愛の仕方にどうこう口を挟む道理もないし、貶したりする気もさらさらないが、それでも岳のする恋愛の仕方が模範解答とは到底思えない。


「ほら、お前ら!授業開始三分前は席に着けと毎回言ってるだろ!」


黒い出席簿を片手に教室に入っていた川端先生はボンボンと出席簿を叩きながら生徒らに注意を促す。

そんな川端先生を獣のような鋭い目つきで睨みながら「……うっせぇな、まだ三分もあるじゃねぇか」「それだから未だに独身なんだよ、少しは自覚しろよ」と小声ながらも、ブツブツと怨言を口にする生徒が大半で何も言わずに素直に自身の座席に戻る生徒の方が少数。


「まぁ翔奏、気軽にやれよ。恋愛なんてお前が思うほどいいもんじゃないかもだしな」


ぴょんっと机から飛び降りる岳はポンポンと軽く俺の肩を叩き励ましながら、「数々の女と付き合ってきた俺が言うんだ。説得力は誰よりもあるだろ?」ニッコリと屈託のない笑みで自分の席へと戻っていく岳は手を振っていた。

そんな彼の姿を机でうつ伏せた状態で眺め、今日何度目か分からない深いため息を零し、そっと目を瞑る。


(……お前が羨ましいよ、岳……)



開かれたカーテンから茜色の夕日が差し込み、教室の半分を染めていた。

帰りのホームルームを終えた俺はいつも通り岳と帰路を共にするため下駄箱へ向かった。

その間に廊下ではサッカーボールを脇に挟みながら「早く行こうぜ!部活!」と意気揚々とした生徒らが部活動へ励むため校庭へ足を伸ばしたり、仲睦まじい男女のグループが「帰りにカラオケ行かなーい?」と夕方からの予定を組んでいたりと、いかにも高校生活ならではの青春を全力で謳歌しているな、と率直に思う。

部活にも委員会にも所属していなければ、友人と呼べるような人は岳、たった一人で俺とは似ても似つかない日常を横目に見ていた。

だけど不思議と『羨ましい』という感情は微塵も湧いてこず、恐らくだが自分と生きている世界があまりにも違いすぎて無意識に諦めているのだろう。

だからこそ『青春を謳歌してるなぁ』と淡泊な感想を抱くだけで『いいなぁ』とは思わない。

そんな取るに足らない思考を巡らせながら、帰り途中には岳と他愛ない会話を繰り広げ、気が付くと自宅の目前に至り着いていた。

ゴソゴソと通学鞄から手探りで鍵を探し取り出し、ガチャと音を立てながら玄関の扉を開く。


「……ただいま」


手に持っていた鍵を制服のポケットに突っ込み、ふらふらと疲労を感じさせる足取りで靴を脱いでいると、左側のリビングに通じる扉から"妹"の恋乃葉が姿を現した。


「ただいま、恋乃葉」


「おかえ…………兄さん、話しかけないでって昨日も言いましたよね」


「あぁ……そうだったな、悪い」


「本当に悪いと思っているならば少しは自重してください」


「あっ……はい……」


俺の妹、凪霧恋乃葉はなぜか俺だけに素っ気なく、いいや……会話をする時は必ず敬語でまるで他人のような接し方をしてくる。

それもこれも、恐らく俺と恋乃葉の関係が単なる『妹と兄』の関係ではなく『義理の妹と義理の兄』だからだろう。

血縁の繋がりがなく、言わゆる義理の兄弟である俺たちは、出会って数日、数週間、数ヵ月経過しようとも一向に『家族』になりきれないでいた。


(少なくとも俺は恋乃葉とは良好な関係を築きたいと思っているんだけど)


ギスギスとした雰囲気は現時点では確実に改善されることはない。


(けれど生まれてきて十六年間、ずっと一人っ子だった俺に義理も実も関係なしに妹ができると父親から言われた時はそれはもう、心が跳ね上がった)


性格上、平易に感情を表情に表すことはないけれど、それでも内心両腕を上げながらバンザイをしていた。


(でもまぁ、そんな浮かれた気分もすぐに消えたけどな……)


ーーーー遡ること二ヵ月前


母親の浮気が発覚したことで父親は離婚を決意し、それ以来決別となったあの日から、早十年が経過していた。

十年だからといって特段日常が変化を起こすこともなく、ただ普通にいつも通り土曜日の休日を自室で謳歌していると、コンコンと扉をノックされ、父親からリビングに来て欲しいと呼び出された。

言われた通りにリビングへ向かうとテレビの正面に置かれている紺色のソファーに腰を下ろしながら、放物線を描くような猫背で脚の間で手を組んでいる父親がいた。

ただ事ではないのだろうと容易に理解出来てしまうほどに醸し出された雰囲気は正常だった俺の鼓動を安易に乱した。

ドクンドクンと脈打つ鼓動と共に恐る恐る父親の傍まで歩みを進める。


「そんなところに立っていないで、翔奏も座ったらどうだ?」


「あ、あぁ……そうさせてもらう」


いつになく父親らしい風貌を放っているため、なんだか落ち着かない。

リビングの証明を反射させて、父親のかけているスクエア型眼鏡のレンズがキラリと光る。

曇っているわけでも、汚れているわけでもないにも拘らず、父親は眼鏡を外し、「はぁー」とレンズに息を吹きかけ、衣服の袖で優しく拭き取る。

そうして再び眼鏡をかけ直し、よくやく意を決したのか、何やら重要なことを告げるかのようにそっと口を開いた。


「翔奏、お前に……妹ができることとなった」


「は……?今、なんて言った?」


思いもよらない言葉に聞き返してしまう。

ごほんとわざとらしく咳払いをし。


「妹ができるんだ、お前に」


「いもうと……?妹!?」


「突然の事で申し訳ないんだが」


「いや、本当に突然過ぎだな!!限度というものがあるだろ、限度が!!」


ようやく理解が追いついた俺は突然告げられた『妹ができる』その予期しない事実に勢いよくソファーから立ち上がる。


(いやいやいや……。雰囲気や声から何となく、重要なことを言われるんだろうなとは予想も覚悟も充分にしていたが、流石に妹ができる、そんなことを言われるとは思いもしないだろ!!)


「それでなんだが、その妹ーー」


「いや、そのまま進めようとするな!」


いかにも慌てた口調で「誰との子だよ!」「いつの間に再婚してたんだよ!」「唐突すぎだろ!」と感情の入り交じった質問攻めを繰り返す。

普段では見せないような、ある意味感情を昂らせた俺の姿を目にした父親は半ばドン引きしたように後ずさり、本日二度目の眼鏡拭きをした。


「再婚はつい最近だ。四日前に婚約届を出した」


(っていうか、先に再婚の話を切り出せよ!)


「それでその妹なんだが、養子なんだ。相手も離婚されてて……それでなんか意気投合しちゃって……カフェに行って……」


「おい、脱線すんなよ」


「あ、あぁ……すまない。まぁ、言わゆる義理の兄弟というやつだ」


話を進めていくごとに父親の口角は徐々に上がっていき、時折ニヤリとした不気味な笑みで惚気話へと脱線するのが難癖だ。


(だけどまぁ。父さんの笑顔なんて見たのいつ以来だったろ)


母親と決別して以来、父親の顔からはすっかり『笑顔』が欠落し、喜怒哀楽の『喜・楽』だけが抜け落ち、常日頃から冴えない表情ばかりを目にしていた。

誰が見たって人生を楽しんでいるとは到底思えないその風貌に心配していたのだが、その心配もどうやら今日で終わりみたいだ。


「それでーー」


父親が再び言葉を続けようとした時、正面のローテーブルに置かれたスマホがブルブルと振動をしながら愉快な着信音を奏でていた。

スマホを片手に通話に応答する父親は一段と感情を表情を明るく咲かせながら、通話越しの人と楽しそうに会話を興じていた。

その反応から、通話先が誰なのか何となく予想はつくがーー。


「翔奏、家の近くまで来ているようなんだが、どうやら迷ってしまったみたいでちょっと迎えに行ってもらえないか?」


「えっ、なんで俺が?せっかくなんだし父さんが行けばいいだろ?」


「父さんはこれから家の飾り付けをしないといけないんだ」


「飾り付け?なんでさ。別に必要なくないか?」


「新しい家族ができるんだぞ?翔奏にも妹ができる。祝わない理由がどこにあるんだ!」


身振り手振りで語り出す無駄に情熱的な父親とこれ以上言い争う気力もない俺は渋々頼み事を了承した。


「わかったよ、行けばいいんだろ行けば」


「そういうことだ。頼んだぞ、翔奏」


「はいはい」



自宅を後にし、近辺を捜しまわること一〇分、未だに見つけられていない。

それどころか一向に見つかる気配もないのだけれど。


(もう少し、先に行ってみるか)


松の木々が植えられた並木道を歩きながら周囲を見渡し、目を凝らしていると俺はあることに気がついた。


(そういえば俺、父さんからそれっぽい特徴教えられてなかった……。これじゃあ、仮にすれ違っていたとしても分からねぇじゃねぇか!)


思わぬ失態をしてしまい、肩を落としながらため息をついていると、正面から一人の少女がこちらに歩いてくる。

散っていく花びら。吹き込むそよ風。植物の独特な香り。

その少女に目を離すことができず、釘付けになっているとすれ違いざまに一瞬だけ、視線が交わる。

風で乱れた髪の毛を耳にかけながら、俺の方を一瞥する少女は言葉に表してしまうのも勿体ないほどに魅力的で可憐だった。

猫のように愛らしい丸い輪郭。

少しつり目気味で硝子玉のように透き通った大きな瞳。

長い睫毛に筋の通った綺麗な鼻。

ぷっくりと形の良い桜色の唇。

風に靡かれる胡桃色のセミロングヘア。

そのどれもが少女の魅力を引き出して、見惚れてしまう。

そんな少女を目にした俺は率直にーー。


「…………すきだ」


そう思った。

一目惚れという感情が本当に実在するのか、にわかには信じがたいと以前から思っていたのだが、こうも身をもって体験してしまうと信じざるを得ない。

ビビビッと電流が走ったような衝撃を身体全体で味わった。

通り過ぎたあとも俺はそんな少女の背中が見えなくなるまで眺め続け、傍から見れば並木道で一人孤独に佇み、少女の背中をじっと凝視している変態野郎に映っているのであろう。

少女は右の曲がり角へと進み、遂に姿が見えなくなってしまった時、本来の目的を思い出した。


(早く見つけないと日が暮れて、俺の休日ライフが去ってしまう!)


だが、その人たちの情報を何も知らない俺が一生懸命に何時間、何日と探そうと絶対と言い切れるほどに見つからないだろう。

だからこそ俺は最良の考え故に一度自宅へ戻り父親からそれらしき情報を取得することとした。


(スマホ……持ってくればよかったな……)



早足で自宅へと戻った俺は玄関の扉を開ける。


「…………ただいまーー」


荒々しい呼吸を整えながら自宅へ入ると、視線の先には先程まで俺が探していたであろう人物が立っていた。

俺の声を耳にしたその女性はゆっくりとこちらを振り向きながら。


「はじめまして、私は麗華よ。君が翔奏くんよね、彰人さんからはたくさん聞いているわ」


(さっきといい、またしても綺麗な人がーー)


「……はじめまして。……恋乃葉です」


その女性の後ろから姿を現したもう一人の人物に見覚えがあった俺は目を見開き口をぽかんと開けながら唖然としてしまう。


(ーーこの子さっきの)


「あ、あの……」


「あ、あ……俺は翔奏。……どうぞよろしく」


ぺこりと会釈をすると、恋乃葉もぺこりと会釈をし、それを見た俺もまた会釈をするの繰り返しで一向に終わらないこの状況に麗華さんは「……ぷっ!」と笑い声を吹き出した。


「気が合いそうでよかったわ」


ケラケラと笑う麗華さん。

恋乃葉の生みの親なだけあって、モデル業界にいても不思議ではないスラリとしたスタイルに、男に限らず女までも目を釘付けにされる整った容姿。


(こんな美人、一体どこで見つけて、どう口説いたのか……)


そんな時、左側のリビングへ通じる扉から顔だけを覗かせる父親。


「あぁー、ごめんごめん翔奏。お前が家を出てすぐに見つけたらしいんだ。無駄足だったなごめんな」


「入れ違いだったのか。まぁ、別にいいけど」


「それはそうと麗華さん恋乃葉ちゃん、ほらほら早く入っておいでよ」


「それもそうね。玄関先で翔奏くんを立たせるのも悪いしね」


緋色のハイヒールを脱ぎ、玄関の端へと揃えた麗華さんは「お邪魔します……いや、ただいまかしら?もう、分からないわ!」と愉快そうに口にすると「ただいまでいいんじゃないかな」と彰人が穏やかな声でそう答えを導く。


「それでは、ただいま彰人さん」


「おかえり、麗華さん」


「……ただいま」


「おかえり、恋乃葉」


「ただいま」


「…………」


「おい!俺にはなんもなしかよ!」


「冗談だよ、冗談!」


(まったく……)


そうして彰人は何年ぶりかの月日を経て、久方ぶりの曇りひとつない笑みを浮かべながら。


「おかえり、翔奏」


「……あ、あぁ……ただいま」


こんな他愛ない、他の家庭ではごく普通な会話のやり取りでさえも、家族に亀裂が入ったあの日以来途絶えてしまっていた。

だけど、彰人の新しい奥さんであり、俺の新しい母親でもある麗華さん。

彰人の新しい娘であり、俺の新しい妹である恋乃葉。

この二人の存在が彰人と俺の世界を日常を壊し、大きく変えてみせた。


この時の俺は見違えた日常が幕を開けるんだ、とウキウキと気持ちを昂らせ、一日一日に楽しみを期待を抱いていたのだが…………。


「凪霧さん」


「凪霧だとみんな反応しちゃうだろ。俺の名前は前にも言ったように翔奏だ」


「でも……それは……」


「何か問題でもあるのか?」


「……問題はありありというか……」


前髪を人差し指で弄りなが視線を床へと落とす恋乃葉。


(名前を呼ぶだけでどんな問題が発生するのか俺には分からない)


「名前が嫌なら、別にお兄ちゃんとかでもいいが。血は繋がっていなくても、一応兄弟なんだし」


「お兄ちゃん……それもちょっと……」


「はぁ!?それも嫌だって言うのか!?」


「別に嫌というわけでは……。あなたにそのような趣味があるのでしたら、そうお呼びしますが……」


「ねぇーよ!」


(俺は断じてシスコンでもない!)


恋乃葉はポンと手を打ちながら何やら最良の処置を思いついたような面持ちで「そうです」と独り言ちる。


「兄さん……これではどうですか?」


「恋乃葉がそれがいいなら別に構わない」


「そうですか。なら、『兄さん』そうお呼びさせていただきます」


「それと、家族なんだし敬語はやめにしないか?」


(あまりにも他人行儀というか……。でも、それもそうか。今の今まで他人同士でいきなり家族になりました、なんて誰だって状況を呑み込めない。現に俺だってまだ多少戸惑っている)


「敬語は……許してください。……一応わたしは妹で年下なので」


「そんな体育会系の上下関係みたいな決まり、この家にはないから大丈夫だけど」


「そ、それでも……」


困ったように両手の指先をつんつんとくっつけたり、手をモジモジさせたり、下に俯いている姿は恋乃葉がどう思っているのか見て取れる。

「はぁ」とため息を漏らし。


「分かったよ。敬語に関しては慣れた時まで待ってやるよ」


「そうさせてもらうとありがたいです」


会話をする時は毎度、恋乃葉は俺に対して"だけ"敬語で父さんや麗華さんには普通に難なくタメ語で言葉を交わしている。

たげど、それはあくまでも二人は親であり、俺とは歳の近い兄弟でついこの前までは他人同然の存在。

そんな相手にいきなりタメ語は無理がある……のかもしれない。


(俺は全く気にしないがな)


だが、日に日に月日が経過するにつれ、なぜだか敬語だけでば留まらず、俺に対する接し方までも大きく変化をさせていった。

次第に悪化していく俺と恋乃葉の関係は会話を試みようとすれば「話しかけないでもらえます?」やら「半径五m以内には近寄らないでください」と包み隠さずストレートに距離を取られ、避けれていた。

そんな状態が二ヵ月経過した今も尚続いており、改善の余地も明るい未来も一向に姿を現さないでいる。

そんなこんなんで恋乃葉は俺の義理の妹であり、俺が密かに想いを寄せている相手でもある。

自分なりには猛アタックをしているつもりなのだが、なぜだか恋乃葉は一向に振り向いてはくれず、それどころか振り向かせる努力が仇となり更に嫌われつつある。


(恋愛経験が少ない俺にとって、恋乃葉を振り向かせるなど、どんな数学式も困難だ……)



父親からの一方的な価値観の押し付け。

暴力に走る酒癖の悪さ。

家庭よりも仕事優先を優先し、顔を合わせる機会がさほどない毎日。


(正直、わたしもお母さんもお父さんには嫌気がさしていて、会えない日が多いい方が都合がいいのだけれど)


ある日を境にお母さんはお父さんと離婚することを決断し、案外すんなりとお父さん自身もその選択に納得した。


『お前らとはもう二度と会いたくない』


それが最後、家を出ていくお父さんが残した言葉だった。

それを言われたお母さんもわたしも、特に傷つくこともなく、ただ頭の中に浮かんだのは『言われなくても。こっちだって』それだけだった。

酔っ払って帰ってきた日には仕事の愚痴、家庭への暴言、言葉だけでは収まらない家族への暴力。

お母さんが身を呈してわたしのことを守ってくれたから、被害は全てお母さんが身代わりになってくれた。

自分の無力さが臆病さが、結局わたしもお母さんばかりに責任を負わせてしまっている自分の愚かさに嫌悪感を抱く毎日。

けれど、離婚をした今、全ての根源であるお父さんはもういない。

ここから、また一からわたしたちの明るい未来は始まる。

だけど、最初はそう簡単に物事が順調に進むこともなく、生活費を稼ぐためにお母さんは早朝から深夜まで仕事を掛け持ちして、休みなんかなしに毎日毎日仕事漬けでわたしを支えてくれていた。


『高校生になったら、わたしが代わりに働くんだ!』


そんな信念を抱きながら、今の自分に出来る限りの精一杯の努力や手助けはしていた、そんなある日。

突如お母さんから告げられた言葉。


『好きな人が出来たの。それでね、その人と再婚することにしたの』


お母さんを信頼していないとかそういうわけではないのだが、わたしにとっての『父親』その存在にあまり好印象を持てていなかった。

それもそのはず。あの人がわたしたちに植え付けた記憶はこの先何年経とうが消えることはないのだから。

けれど、そんなわたしの思いを察知したのか『大丈夫よ。あの人はああだったけど、次の人はね凄く優しいのよ。きっと恋乃葉も会ってみたら分かるわ』わたしを安堵させると同時に内心漂っていた不安感が多少緩和された気がした。

暗闇から手を差し伸べてくれたのは何もお母さんだけではなく、"あの男の子"もわたしのことを救ってくれた。

あの優しい言葉は今でも鮮明に色濃く記憶されており、それでわたしはあの男の子のことが好きになってしまったーー。

中学校三年間、一方的な恋、言わゆる片想いではあるけれど、未だに想いを寄せている。

彼と言葉を交わしたのはほんの数分で名前を訊くことでさえ叶わなかった。

ただ一つ分かっているとすれば、その人はわたしよりもひとつ年上で去年中学校を卒業してしまったということ。

今どこで何をしているのか。

もしかしたら恋人とお出かけをしているのか。


(きっとわたしのことはも……忘れてしまっているよね)


会いたくて会いたくて仕方がないこの駆られる感情をどう抑えればいいのか、わたしは分からないでいる。

唯一、わたしに栄光の光を差し込んでくれたのは彼だげで、わたしは今ーー彼に会いたい。


(…………っ!?)


そんな時だった。

松の木々が植えられた並木道の向こう側から、会いたいとそう願っていた彼がこちらに歩いてくる。

すれ違い様に一度だけ視線が交わると、わたしは恥ずかしさのあまり瞬時に目を逸らしてしまう。


(一年ぶりの彼……。やっぱり、かっこいい……!好き……好き好き好き好き……。この気持ちどうすればいいの!?)


次いつ会えるかも分からないし、もしかしたらもう金輪際会うことは叶わないかもしれない。

そう思うとわたしの意思はもう決まっていた。

すぐさま、この気持ちを告白しようと先程の場所へ戻り、僅かな勇気をかき集めて彼に声を掛けようしたかったのだが、もうそこに彼の姿はなかった。


(あ…………もう、いない)


わたしは残念そうに肩を落とし、顔を俯かせる。

灰色のアスファルトには左右に咲き並ぶ松の木の花びらが散っていた。

まるでわたしの恋心のように儚くーー散っていた。


(もう……彼には会えないよね……)


彼を見つけた時に『わたしのこと覚えてますか?』と声を掛けることが出来なかった数分前の臆病な自分を心底恨み、お母さんと共に新しい自宅の玄関でほんの談話を興じていると、ガチャと背後の玄関の扉が開いた。

その先に現れた人物にわたしは言葉通り目を疑った。


(彼だ…………!会えた……会えた……!!)


以前よりも彼はどこか素っ気ない雰囲気で別人とまではいかないけれど、印象はだいぶ変化していた。

けど、それでも彼の優しい雰囲気や心を落ち着かせる声質、無気力を感じさせるジト目。


(やっぱり、彼だ!……一年も経てば容姿も雰囲気も多少変わるけど、わたしを救ってくれた雰囲気はこれっぽっちも変わってない)


その事実がたまらなく嬉しくて、心の中では小躍りしていた。

わたしが天真爛漫なキャラであれば、この場でも両手を上げてバンザイを披露しているだろうけど、そんなの恥ずかしくて出来ない。

だからこそ、少しだけ口角を上げて感情を表現させた。

自己紹介を終えると彼の名前は『翔奏』だということが分かった。

自分の気持ちに素直になりきれないわたしは彼のことを名前ではなく『凪霧さん』と苗字で呼んでいたのだが、彼から『名前で呼んでくれ』と言われてしまった。


(わたしだって……君のこと名前で呼びたいよ!!翔奏くんっていっぱい呼びたいよ!……でも名前で呼んだら、なんか恋人……みたいじゃん……!)


心の中では『翔奏くん』と何度も呼び掛けているのだが、口に出た言葉はいつも『凪霧さん』だった。

結局最後は『翔奏くん』って名前で呼べるはずもなく『兄さん』となってしまい、少し残念。

名前で呼ぶならともかく『兄さん』そう呼んでしまうと、わたしと翔奏くんとの関係が本当に兄弟なんだって認めてしまう気がして、少し躊躇してしまう。


(だけど、今のわたしに『翔奏くん』って呼べる自信ないし……しょうがない……よね……)


『敬語もやめてくれ』と言われたがそれはさすがに今のわたしではタメ語にすることなんて出来ない。


(……タメ口なんて絶対に無理無理無理!そんなに距離感を縮めたら、わたし絶対に正気でいられない)


でもやはり優しい翔奏くんは『慣れた時まで待ってやるよ』と先延ばしにしてくれた。


(やっぱり、あの時と変わらず君は優しいね。……その優しさがわたしだけだといいなって思ってしまうのはいけないことなのかな……)


一方的に恋心を抱いていた、わたしの片思いはこのまま延々と想いを伝えることが出来ずに時が過ぎ去るのだろうと以前のわたしはそう思っていた。

だけど、今はもう違う。

彼とーー翔奏くんとひとつ屋根の下で暮らすことになって、更に距離が縮まる……はず。

いや……縮まってほしい。

いや、絶対に縮めさせる!!

それでいつか、臆病なわたしを捨てられる時がきたら必ず翔奏くんにこの想いを伝えよう。


(だから、どうかそれまで翔奏くんに彼女が出来ませんように!!)


そんな切実な願望を胸に必死に必死に神様へ願った。

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