第1章・1幕 優秀なDNA
蓮太らの時代から、およそ600年前。
ー和都歴 前38年4月
「蓮麻呂兵主、君に帝より勅命がある。重要な使命だが、詳しいことは明日話す。今日は休んでくれ。」
「賊退治なら直ぐにでも片付けられますよ。」
老君の話に察して受容する蓮麻呂。
置田 蓮麻呂。都の近衛兵主の地位に就く。剣術・体術に優れ、賊退治を生業にしており、賊に限らず害獣も討伐してきた。
「いや、今回は遠征だ。」
「遠征?」
蓮麻呂が疑問を問うと、老君が窓から見える巨大な山を見る。
「あの山、祖柄樫山にだ。」
ー 極楽浄土 ー
そして私はいつもの通り、寝床に就いた。
寝て暫くすると、何とも不思議な感覚を覚えた。
ー魂の離脱
ーあらゆる意志
ー定めの如く移り変わる視点
気付くと私は雲の上を歩いていた。
「ここは…?」
『君にも優秀なDNAが備わっているようだね。』
雲の奥から声がする。私はその方向へ歩く。
『いや、君の望む私は現世に実体を持たない。』
「どういうことだ?お前は誰だ?」
『私は伊佐。意識を、君の言うところの魂を攪拌する。』
「魂を?攪拌?」
『今は知らなくていい。君は魂と肉体の結びつきを、その内に知ることになるだろう。』
「ここはどこなんだ?」
『君は今、魂となり、存在する。しかし本来は魂となる者は肉体からオフラインになる時。そう、死ぬことが条件であり、その記憶も脳という情報デバイスから何も読み取ることもできない。無意識体、となるのが本来なのだ。』
「では、私は死んだというのか?」
『現在は、だが。君はまた蘇るだろう。元の肉体にね。』
「なぜ、私はここに来たのだ…一体何が。」
『私が優秀な意志、魂となる肉体を持つ人間をと、肉体を、脳というデバイスを、DNAというコードを司る、現世の創生を開発した伊那に選別してもらったのだ。君はその条件をクリアした。』
「条件?」
『肉体を介さず、その魂で見てみるがよい。君の世界を。』
「どういうことだ?元に戻してくれ!」
伊佐の声は聞こえなくなり、私は雲の上を歩くしかなかった。
いきなり雲から落ちると、そこは遙上空だった。
真っ逆さまに落ちていく私も、風を感じるが抵抗はない。空気の薄さを感じるが、苦しくもない。
落下しながらも、意識する方向へ、身体を調整する。
「あれは…!」
そう、祖柄樫山が見える。
毎日窓から見える新緑で巨大な祖柄樫山も、今は金色に輝いている。
いや、どの森も、見える木の葉は金色で、まるで楽園のようだ。
「まさか、ここは?極楽浄土?」
途中から導かれるように落下する場所は固定される。
山を流れる谷川に、私は吸い込まれていく。
「お、落ちる?死ぬのか?」
水に入る感覚も、何の抵抗もない。そして水の中も、苦しさと空気を吸えない感覚だけで普通に活動できた。そして川の底はまるで違う世界が広がっている。
こんな世界は見たことがない。どう表現すればよいのだろうか?
もう一つの世界があった。
上を見れば水面があり、恐らくそこから谷川へ戻るのだろう。
『魂の状態では、水に入ると異なる光がまた違う世界を映し出すだろう。死んだ者の魂は、そういった異なる世界の肉体に結び付き、また白紙から人生をスタートすることもある。君はまだ知らなくていい。元の世界をその魂で感じるのだ。』
伊佐の声が、私を導く。
水面に向かい泳ぎ続ける。
水面から出ると、そこは谷川だった。
川の流れは止まって見え、そして流れていた。
『進み、この山の神に謁見せよ。そう、神という存在、その真意を知るのだ。』
伊佐の声に、私は従い、山に入り始めた。
次回2025/4/18(金) 18:00~「第1章・2幕 輪廻転生」を配信予定です。