クワガドーエ神聖国
「さて、諸君」中央奥の椅子に腰かけた老人の太く威厳の込もった声に、場の空気が張りつめる。「我が名は、トリステン=アーランドソン。このクワガドーエ神聖国の国王である」
学校教育では習った記憶のない国名に、国王という自己紹介……雄樹は面食らった。それは他のメンバーも同じだったのだろう、周囲の反応をうかがっている。
「諸君らは、転移召喚の儀により、我が国に足労願った。諸君らから見て、ここは”異世界”と呼ばれる場所になる」
(異世界……?)
(……何かの撮影?)
(怖い怖い怖い……)
部屋着の若者らが口々に呟くが、国王は慣れた様子で続ける。
「戸惑うのも無理はないが、これは現実である。諸君ら異世界人は、こちらの世界の住人と比べ、遥かに優れたジョブを授かる可能性が高い。そのため、定期的に転移召喚を行い、我が国の発展に力を貸してもらっている。諸君らの同胞も、数多くこの世界で活躍をしておるのだ」
「いや、それって拉致じゃん。おれオンラインゲームやってたから、早く帰りてーんだけど」
前方に座る長髪の若者が、苛立った声で返す。その時、転移者たちが”オンラインゲーム”というワードに反応を示した。
「え、それってLDHオンライン?」
「わたしも、LDHのミッション中でした」
「は? もしかしてジグムントの討伐ミッション?」
「ここにいるの、ミッションの参加メンバーとか?」
転移者たちの会話から、どうやら同じ時間帯、同じルームでミッションに参加していた人間が、まとめて転移させられた可能性が窺えた。先ほどまで協力していた奴らだ、プレーヤー名を聞けばすぐにわかるだろうと雄樹は思う。
広がる推理の波を遮るように、国王は声を発した。
「転移召喚は、優れたジョブを授かる可能性のある者が属する集団を任意に抽出し、行われる。諸君らに共通項があるのも当然のことだ」
「あの、ジョブって何でしょうか? LDHのジョブのこと?」
高校生くらいの長髪の女子が質問を投げた。
「LDHなるものが何を指すか、我にはわからんが、いわば天職である。この世界の者は齢15にして神託を受け、ジョブを授かる。そして、そのジョブに一生を捧げ、世界に貢献するのだ」
職業選択の自由もないのか、と雄樹は驚く。いや、考えようによっては、才能の無駄遣いをしなくて良いともいえるのか……。
「ジョブとかいいんで、帰してください」
眼鏡をかけた小太りの青年が手を上げる。
「残念ながら、帰還の方法はない。召喚は一方通行である」
その場にいる転移者全員が唖然とした。
「ただし、諸君らは稀有な存在だ。我が国の至宝といっても良い。こちらの身勝手で招いた落ち度もあるから、前の世界よりも遥かに優れた待遇を約束しよう」
国王は、転移者たちが不満や怒りを発する前にアメを投げたが、事はそう単純ではない。
「ふざけんな、そりゃそっちの都合だろ! おれたちに何をさせるつもりだよ!」
血の気の多そうな金髪の少年が立ち上がり、玉座へと歩み寄ろうとした。次の瞬間、彼は両脇に控えていた騎士に前方に引き倒され、首に槍先を添えられた。皆が息を飲む。倒された少年は受け身が取れなかったのか、苦しそうに喘いだ。
「良い」と国王は手を上げ、騎士を制する。「こちらも手荒な真似はしたくない。我が国は、他国からの侵略の危機に瀕しておる。諸君らには、その特別な力で国を守る手助けをして欲しいのだ」
自分を含め、現代日本でオンラインゲームに興じていた集団に国防の一助となれというのは荷が重いように雄樹は思った。目の前で少年を制圧した騎士の方がよほど貢献できるだろう。
雄樹以外の転移者も同じ顔をしていたのか、国王は、
「信じられないかもしれぬが、まずは神託を受けてもらいたい。授かったジョブを見てから、協力の有無を考えてもらっても構わない」
そう言うと、国王は玉座脇に控えていた白いローブの女性に目配せをした。