神器
この国で最高の騎士とは誰か?
こう尋ねられた者の多くはグレイの目の前にいるアーク・イザールその人だと答えるだろう。
端正な顔立ちと黄金に輝く美しい金髪。知性を感じさせる海のような蒼の瞳。
胸には王国師団団長を表す龍と騎士の紋章。
王国第三師団団長であり全ての属性の魔法を扱える天才。剣を持てば一騎当千。貴き血を引きながらも分け隔てない人格。彼を賞賛する言葉は尽きず、こんな詰所の一室に居るなど場違いにも程がある。
「久しぶりだね、グレイ」
耳触りのいい声音がグレイの耳を打つ。にこやかなアークの表情に対しグレイは剣呑な目つきへと変わる。
「今更……何の為に俺の前に現れた……?」
棘のある問いかけにアークの瞳に影が差す。
アークは困ったように形の良い眉を曇らせ答える。
「君の無実を報告しにさ」
「そうかい、じゃあ用は済んだな。帰らせてもらう」
それを言うや否や話は終わりだとばかりに詰所を出ようと踵を返すグレイ。
「昨日の犯行は【血の晩餐会】によるもの。……スピカの仇だ」
アークの言葉がグレイを引き止める。
異能結社【血の晩餐会】。異能を持つ者やその異能を使って各地でテロ行為を起こす厄介極まりない団体である。目的不明。構成員不明。と謎が多い。
「だがこれに関しては君が動く必要はない。奴らは僕が潰すッ……!」
有無を言わさぬアークの雰囲気。
穏やかな性格のアークからは考えられない程激情の籠った言葉にグレイもごくりと生唾を飲む。
「……これに関しては?」
だが先程の言葉に違和感を持ちグレイが思わず問いかける。
「どちらかと言えばこっちが本命だね」
アークは1つ息を吐き1泊置いて告げる。
青い海ような瞳の中にグレイが立ち尽くす。
「君に王命が下った。世界に散らばった神器を集めるようにと」
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神器という単語にぴきりとグレイの体が緊張で強ばる。
そしてアークを鋭い目で睨みつける。
「神器…それに王命だとぉ……ッ!」
王直々の命令。大変名誉な事ではあるが根無し草であるグレイにとってはただただ面倒なだけものである。
それも世界中のどこにあるかも分からない神器。
かなり無謀に近い要求だ。
「世界で発見されている神器は3つとされている。……尤も、今この場では4つだけどね。
1つはこの国のタリスマン。2つ目は教国の聖盾。3つ目は帝国の新皇帝が持っているとされている。そして4つ目は……君自身も分かっているであろうソレだよ」
「……」
グレイは視線を右手の中指に落とす。
正確には鎧の下。もう取り外す事の出来なくなってしまった指輪の部分に。
「つい先日王宮お抱えの考古学者が新たな発見をした。世界に神器は10個あるとね」
未だ謎に包まれている神器にまつわる発見。世紀の大発見といっても過言では無い。
「使い手を選ぶとはいえ神器は強力だ。世界の均衡を傾けるほどに。故に王は神器を集める事とした」
使い手が限られるものの国家情勢を一変される事が可能な神器は強力な軍事力になる。
グラン王国に使い手が現れなかったとしても他国が見つける前に回収してしまえば使われる事は無い。
「……だからってどうして俺が?」
自分でなくとも優秀な騎士に探させるなり【組合】に名義を変えた依頼として出せばいい話である。
王国からすればどこの者とも知れないグレイに探させる理由がほとんど無い。
「これも先日分かった事だが神器同士は引き合う。神器使いにはそれが神器かどうか分かるそうだ。そこで選ばれたのが君だ、グレイ。タリスマンの使い手であるギンガ団長はこの国を動く訳にはいかない。
……それに王宮お抱えの占星術師達や学者の情報を元に神器を集められる……君にとっても悪くない話だと思うよ」
「……どこまで知ってる?」
納得はした。が、最後の含みのある言葉に反応するグレイ。
「……君も神器を集めているんだろう?王は神器を手元に置いておきたいだけだ」
「おいッ……!」
自分の目的を知っているかのようなアークにグレイは食ってかかる。
「僕は君がここ数年神器を求めているという事しか知らないよ」
「……フンッ!どうだか」
確かにここ数年グレイは神器を求めて行動をしており結果が芳しくないのは事実である。が、見透かすように話すアークの態度に鼻白むグレイ。
「僕個人としてはもう君に辛い思いはさせなくないんだけどね……」
「……」
後悔するように、罪を懺悔するかのように呟かれたアークの言葉。
目を伏せるアークの心の中は読み取れない。
はぁ、と1つ息を吐きグレイが口を開く。
「……受けてやる。俺が全ての神器を集めてやるよ」
これにて序章は終了です。
2日後から第1章を投稿していく予定ですのでぜひ読んでいただけたらなと思っています。