龍の右手を持つ男
執筆をするのは初めてですが皆さんに楽しんでいただけたら何よりです。
よろしくお願いします。
「だ〜か〜ら〜、俺は何もしてないっての!とっとと出しやがれ!」
グラン王国、王都レガリス。詰所の牢屋の中に威勢のいい声が響く。
牢屋の中にいるのは成人したばかりであろうと思われる年齢の青年。
鷹のような鋭い目、若者にしては珍しい灰色の髪、牢屋の中であるというのに右手だけに大きなガントレットを付けている点が見た者に違和感を与えるだろう。
「貴様は容疑者である上に重要参考人だ!あの場にいたという目撃証言もある!」
「それはカワイソーな子供2人を助ける為だってさっきも話したろ!」
「死者総数73人の大事件だ!被害者全員が犯罪組織の者とはいえそう簡単に帰す訳にはいかない!調査報告を待て!」
釈放の要求に対して看守も負けずに言い返す。
「昨日の姉弟に聞けって……。すぐ分かるからよぉー……」
看守との何度繰り返したか分からないやり取りを終え、うんざりしながら牢屋の中の青年は昨日の出来事を思い返す。
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多くの人で賑わう昼下がりの食堂の中でも腕に鎧を付けたまま食事をする人間が居た時、初めて見る者であれば一瞬は自然と視線が行ってしまうだろう。
顔立ちの若さに対して珍しいくすんだ灰色の髪。引き締まった筋肉質な身体。器に添えられた右手は無骨な鎧に覆われている。
左手で食器を持ち食事をしている事も見た者に僅かな違和感を与える為その男―グレイは少々目立っていた。
いつもの事ではあるがグレイにとって不定期に飛んでくる視線はなかなか慣れないものである。
少し食べるペースを早めて食事を終え席を立つ。
「ごちそーさん。今日も美味かったぜ」
「今日もありがとうね、グレイちゃん。……ところで1つ頼みがあるんだけどいいかい?」
グレイが店を出ようとした所に給仕をしていた恰幅の良い中年の女性から声がかかる。
続きを促すようにグレイは顎をしゃくる。
「おつかいに行かせたウチの娘達がまだ帰らないんだ。仕事中見かけたら戻るよう言って貰えないかしら?」
「ほぉーん。まぁ、見かけたら帰るように言おうか」
「助かるよ。それじゃ、行ってらっしゃい」
この金麦亭に普段から通っているグレイはぶっきらぼうながらも女性の頼みを受け入れる。
(どーせどっかで道草食って遊んでるだけだろ)
多少の心配はしつつもすぐに帰って来るだろうと思い、グレイは店を後にした。
「……噂通りずっと鎧つけてるんですね。初めて見ましたよ」
「そうねぇ。二年前くらいになるかしら。それから外してるところは見たこと無いわね。いろいろ事情があるんでしょう」
噂の人物が去った後の店内ではそんな会話があった。
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世界労働組合。通称【組合】。基本的に全ての人間が所属可能な団体であり、その役割は仕事の斡旋である。日雇いの依頼から長期の依頼、危険な部類の依頼や町の手伝い程度のものなど様々な種類の依頼が日々更新されていく。
その日暮しをする者や腕っぷしだけが取り柄のような者にとって欠かせない組織である。
しかしながら依頼に失敗すると報酬の1割を組合に違約金として支払う事が義務付けられているため、身の丈に合わない依頼を引き受けるといった者はあまりいない。
貯蓄も身寄りも無いグレイはこの組織の恩恵を受けている者の1人であり、先程荷運びの依頼を終えた所であった。
「いつもありがとうよ、グレイ」
「これくらいの荷運びならいつでも引き受けるぜ」
「この量をこれくらいってお前……。まぁこっちとしては大助かりだ。またお願いするさ」
力に自信のあるグレイにとって荷運びといった肉体労働は得意であり、グレイが王都に来てからよく引き受ける依頼の1つである。
時には大量の荷物を移動させることや、広い王都を長距離の移動をする等の過酷な労働になることもある中、涼しい顔で依頼をこなすグレイは依頼者からの人気は高い。
今回の依頼は金麦停を含む商業地区を取り囲む市街地区への荷運びであり、途中何度か姉弟について聞いてみたがこれといった情報は得られなかったため、市街地区には来ていない様である。
「運んでる時には見つからなかったからな。帰りに顔でも出しておくか」
もしかしたらもう戻っているかもしれないと考えながらグレイは金麦亭へと足を運ぶ。
楽観的な予想を立てながら歩いて行くと店に何やら人だかりができていた。
「なにかあったのか?」
「おお、グレイか。それがな、聞いたところ子供2人が工業地区の方に行くのを見た奴がいるみたいなんだよ」
グレイが人だかりに近づき何があったか聞くとそのうちの1人が答える。
「工業地区ぅ?」
「おおよそジバン奴が何か見たいものがあってリルもついて行ったって所だろうよ」
金麦亭で子供ながらに手伝いをしている姉弟。
戦いを生業にしているような者も来る店で弟であるジバンが剣や盾等の武器を見て興味を持つ事は想像に難くない。工業地区にある武器を見たいと言ったジバンに姉であるリルがついて行ったという構図だろう。
「あそこは開発地区が近いからな……。」
工業地区の傍には治安の悪い開発地区がある。
もう日も落ちる時刻だというのに戻って来ていない。その上治安の悪い開発地区に近い工業地区での目撃情報。悪い予感はがしないと言うのは無理があるだろう。
「開発地区か……。もう衛兵達には?」
「言ったんだがあんまり期待はできそうにねぇな。王都は広い。今日中に見つけられる可能性は高く無さそうだ……。俺らも力になりてぇのは山々なんだが開発地区ってなると少しな……」
人だかりの間から店の中を覗くと顔色の悪い店主の夫婦が慌ただしくしていた。
グレイにとってこの店はこの街に来てからお世話になった居場所である。何時でも快く迎えてくれる夫婦、子供ながら健気に店の手伝いをする姉と生意気に接しては来るが元気を貰える弟。
(……飯の前にもうひと働きするか)
グレイは踵を返し開発地区へと歩を進めた。