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バベル・ギウス  作者: 小名掘 天牙
2/4

"塔"

 パインズゲート市南西部にある、自宅の安アパートに戻った有了は、十々丸をリビングに案内して、自分は真っ先にキッチンへと向かった。


「……」


シンクの前に立ち、右腕に巻き付けていた上着を外すと、鮮血を吸って重くなったシャツがドサリと落ち、先の老婆との争いでつけられた切り傷が剥き出しになる。

 半熟になりドロドロと糸を引く黒い鮮血と、赤く染まった血管。幸いなことにピンク色の筋肉に裂傷は見られないが、脂肪は切り裂かれて薄黄色の断面を晒している。


(えっと……)


脇の下に布巾を挟んで圧迫止血進めながら両手を洗い、ついでに右腕の傷口周辺も可能な限り丹念に汚れを洗い落とす。そして、清潔な布で水気を拭うと、有了は自分の商売道具(酒類)が詰め込まれた戸棚の最奥から、商品の中で最も高純度なジャガイモ製の蒸留酒と数本の容器、マドラーを取り出した。

 容器に注いだ透明な蒸留酒に水を加え、軽く攪拌して度数を70度程度まで薄める。


「よし……」


軽く希釈したアルコールの匂いは幾分和らぎ、有了の感覚でも適切な濃度に落ち着いている。同じ手順で都合三本の希釈アルコールを用意すると、その内の一本に戸棚から取り出した清潔な布を数枚漬け込んで蓋をする。

 次いで、水を張った鍋を火にかけつつ、戸棚のソーイングセットから縫い針を取り、コンロの火にかけて滅菌したところで、有了はハタとその動きを止めた。


(そういや、糸はどうするかな……)


この傷である以上縫うのは必須だが、流石に木綿糸は消毒しても使い辛い。しかし、有了の家には当然ながら縫合糸の様な上等な物を常備している訳もない。かといって、今から近隣の闇医者の門を叩こうにも、大抵が全て酔いつぶれているか、そうでなくても自分で処置をした方がマシな部類の藪医者が少なくない。


「有了くん?」


と、そんな事を考えていると後ろのドアがカラリと開き、奥のリビングから燕尾服(仕事着)を脱いで、ランニングシャツとトランクスだけになった十々丸がひょこりと顔を出した。


「大丈夫かい?」


ペタペタと心配そうに寄ってきた十々丸(ととまる)に、有了は「まあ、多分だ丈夫だろ」と肩を竦める。しかし、その瞬間に傷口が引き攣って顔を顰めたのを、十々丸は見逃さなかったらしい。


「ちょっとボクに任せてくれないかい?」


そう言いながら、両手を丁寧に洗った十々丸が、水気を拭いて有了の方を振り返る。


「消毒はもう終わったのかい?」


「これからだな」


有了の返答に「そうかい」と頷いた十々丸が、シンクの脇に置いた容器の一本、布を漬け込んでいないボトルの蓋を開き、その中身を僅かに口に含む。


「……」


ぐちゅぐちゅと口腔を濯ぐこと二回。口周りを清めた十々丸(ととまる)は酒精の香り立つ舌でぺろりと自分の唇を舐めながら、三回目の酒精を口に含んだ。


「ぶっ!」


そして、有了の右腕を取ると、その傷口に向かって、口に含んだ高濃度のアルコールを吹き掛けたのだった。


「っつぅ……」


 十々丸がアルコールを口に含んだ辺りで意図を察して布を噛んでいた有了だったが、途端に全身を走る激痛に顔を顰める。先の興奮のアドレナリンが抜け、正常に戻った痛覚がジンジンと脊髄を犯す様に警鐘を鳴らしている。


「糸はあるのかい?」


「いや、ちょっとどうしようかなって思ってところだ」


そう言って有了が肩を竦めると、頷き返した十々丸(ととまる)が手に持っていた何かを沸騰する鍋に突っ込んだ。


「それは?」


「絹のチーフ」


首を傾げる有了に、十々丸は軽く肩を竦める。


「おいおい」


その答えに、有了は思わずそう呟いた。

 十々丸本人はあっけらかんとしているが、絹糸はこんな街でも立派な高級品だ。


「どうせ貰い物だからね」


ブクブクと泡立つ鍋の中で、ゆらゆらと揺れる絹のチーフが時折水面下で綺麗な刺繍を顕わにする。


「むしろ、やばくないか?」


その一針一針が素人の有了の目からしても高級品で、どう考えても気のない相手に送る様な安物ではない。先の初老の女性の事もあり、思わず問う有了に十々丸(ととまる)は「多分だ丈夫だよ」と苦笑する。


「送ってくれたおばさんからは、ちんちんが無くなっちゃった時点で間違いなく切られるからね」


そう言って、ぺちぺちと自身の下腹部を叩く十々丸。実際、十々丸の言葉通り性器を失い女性へと成り果てた十々丸(ととまる)に情を抱き続けられる女性は少数だろう。特に上質な絹のチーフをポンと送れる様な地位ある女性は、こういったことに対しては一般人よりも遥かにシビアだ。


「金の切れ目が縁の切れ目ならぬ」


「ちんちんの切れ目が縁の切れ目ってね」


「本当に股間切られてるからな」


「本当にねえ……」


嘆息混じりに、十々丸が小さな肩を落とした。


「まあ、ボクの事は良いじゃないか。それよりも針を貰えるかい?」


「ああ……」


頷いて滅菌した針を渡すと、受け取った十々丸は煮沸した鍋から絹のチーフを引き上げて、その端を切って、一本の糸をスルスルと抜き出す。


「始めるよ。布を噛んでくれたまえ」


「ん」


頷いた有了が布を噛んだのを確かめて、十々丸がブツリと有了の肉に針を突き刺す。


「っ!」


鋭く走った激痛に顔を歪めるが、二度三度と縫合が進むのを見ながら、有了は若干の安堵を覚えていた。

 このパインズゲートでは医療は一種の贅沢品だ。江戸から炙れて来た医師達の腕ははっきり言って玉石混交で、免許の有無すらあまり当てにはならない。

 唯一分かる事があるとすれば、腕の良い医者は正規と闇の別なく高給取りで、処置後にはべらぼうな金額を請求されるということだけだった。

 そんな有様なこともあり、稀に江戸から払い下げてこられる使用期限間近な薬の類が、この街では唯一一般的な医療と言えた。

 そしてそれ故に、信用を買える程度の金が無いのであれば、こういった傷も自分で対処するか諦めるかの二択しかないのだが、


「……」


無言で腕を縫う十々丸(ととまる)の指先は滑らかで、その動きには僅かな淀みも無かった。


「? 有了くん?」


と、じっと見ていたからだろうか、有了の視線に気付いた十々丸がふと手を止めて顔を上げた。真直ぐに切り揃えられた前髪が揺れて、釣り目がちの金目銀目がきらきらとLEDの白光に反射する。


「どうかしたのかい?」


「ん。随分と器用だなと思ってな」


小首を傾げる十々丸(ととまる)にそう答えると、「ああ」と得心した様に頷いた十々丸がニヤリと笑って「毎日ペッティングで鍛えているからね」と呟いた。


「それはそれでどうなんだよ」


十々丸の明け透けな答えに苦笑を返す有了。


「よし、終わったね」


そうしているうちに縫合が終わり、綺麗に閉じられた傷口だけがあった。


「後は~っと」


そして、一旦針を置いて再び手を洗う十々丸。そして、軽くアルコールで手を清めると、鍋に突っ込まれた箸で中の布を取り出し、シンクの上でぎゅっと熱い水気を切る。


「っ!」


「大丈夫か?」


思わずといった風に顔を顰める十々丸に、有了が思わず身を乗り出すが、「なに、このくらい平気だとも」と強がった十々丸(ととまる)が、薄っすらと目尻に涙を浮かべながらも消毒を終えた布を有了の傷口に宛がった。見ればその両手は赤く熱を帯びていて、明らかに無理をしているのが伝わって来る。


「十々丸」


「なんだい? 有了くん」


「……ありがとうな」


一瞬、同じ言葉を繰り返しそうになった有了だったが、直ぐに思い直して礼を言う。すると、一瞬キョトンと両目を丸くした十々丸だったが、ニヤリと笑って「気にしなくて良いさ。ボクと有了くんの仲じゃないか」と肩を竦めるのだった。


「はい、おしまいだ」


そして、シュルリシュルリという衣擦れの音と共に、適度な強さで右腕が包帯で固定される。


「きつくないかい?」


「ん。大丈夫だな。むしろ、丁度良いくらいだ」


「それは良かった」


そう言って金目銀目を細めた十々丸(ととまる)に、有了はもう一度「サンキュ」と礼を言うのだった。


「なに、今日のお礼さ。むしろボクの方がありがとうだよ、有了くん」


「そうか?」


「そうだとも」


「なら、お互い様か」


「そうなるかな?」


有了の言葉の何かがツボに入ったのか、十々丸が目を細めてけらけらと笑った。


「ま、親愛なる有了くんはお互い様と言ってくれてはいるが、客観的に見ればボクの方が明らかに借りが多いからねえ……。そうだ、帳尻合わせも込めて、さっきのホテルでボクのおっぱいを思い切り押し潰してくれたことに関しては不問という事にしようじゃないか。……冗談だよ、有了くん。そんな顔をしないでくれ。ボクだって胸を押された事を貸し借りに乗せる気は無いさ。美少年売りであっても男娼。男としてのプライドがあるからねえ」


そう言って立ち上がった十々丸が「とはいえ」と有了の目を覗き込んでくる。


「その腕じゃ、日常生活も大変だろう? 身の回りの世話くらいはせめて協力させてもらいたいというのが本心だ」


「そっちは、僕の方から頼みたいくらいだ」


「契約成立だね、有了くん」


「ああ」


有了の返答に満足気に頷いた十々丸が、ニヤリと笑ったのだった。


「じゃあ早速で悪いんだけど、一番上の段から薬箱を取ってもらえるか?」


縫合に使った糸を軽く流水で洗い、あて布の煮沸に使った鍋に放り込みながら有了が頼むと、「任せてくれたまえ」と頷いた十々丸が食器棚の上の段に入れられた薬箱に手を伸ばす。……が、


「……」


「……」


直後の光景に、二人の間に沈黙が広がった。

 有了の家に置かれた食器棚は極々一般的な家庭用サイズのそれで、最上段も普通の男性なら問題なく手が届く高さにある。が、上に伸びた十々丸(ととまる)の白い両手は、その普通の高さに微妙に届かない所をふらふらと彷徨っているのだった。


「ふんっ!」


(あ、つま先立ちになった)


若干十々丸(ととまる)の身長が上乗せされるが、それでもまだ僅かに届かない。


「……ふんっ!」


「跳ぶな跳ぶな」


次いでぴょんと跳躍した十々丸だったが、薬箱を掴んで引き摺り出すには至らず、敢え無く安いフローリングの上に墜落してしまう。


「……どうかしたのか?」


そして、そのままぺたりとへたり込んで蹲る十々丸に、有了が首を傾げ居る。


(まさか、脚でもくじいたか?)


「……たい」


訝る有了の耳に、ポツリと囁かれた十々丸(ととまる)の声が届く。


「うん?」


「ジャンプするとおっぱいの先が擦れてくすぐったい……」


そして、繰り返されたらしい言葉に、有了は返す言葉も思いつかず「そうか……」とだけ言って頷いた。


「屈辱的極まりないけど、ブラジャーを買わないとダメだよね、これ」


そう言って振り返った十々丸がランニングシャツ越しに自分の胸を持ち上げて、まるでハンドボールか何かを扱う様にグニグニと大きな乳房を握り締める。


「……本当に屈辱だよ、有了くん」


その感触に、改めて自分の身体が女性のそれになった事を理解させられたのか、そう言って十々丸はガクンと肩を落としたのだった。


「というか、ボクは本来もう少し身長があるはずだったんだよ」


そして、恨めし気に食器棚の一番上にある薬箱を見上げる。


「そうは思わないかい? 有了くん」


「それは……いや、そうかもな」


一瞬、気のせいだろと言い掛けた有了だったが、言われてみれば確かに十々丸の身長は男性の身体だった頃よりも低くなっている気がした。


「だろうっ!?」


そんな有了の肯定に、十々丸は我が意を得たりとばかりに身を乗り出した。


「あのクソババア!! ボクの大切なバベルの塔だけじゃなくて、貴重な身長まで奪いやがって!!」


「どうどう。落ち着け十々丸」


そして、珍しく感情的に女性を罵る十々丸。普段、美少年売りの男娼として振舞っているのもあって、滅多に見られない姿だったが、それだけ十々丸(ととまる)の方もカリカリ来ているという事だろう。


(股間から先に生まれてきたような奴だからなあ)


この中性的な美貌だからこそ誤魔化されているが、性欲への忠実さや執着を考えると、十々丸本人の性格は普通の男性よりもむしろ男らしい所がある。ことセックスへの執着なんかは有了よりも余程重い。


(そういう意味じゃ、あのおばさんの見立ても強ち間違いじゃなかったかもな)


十々丸に対する独占欲の発露は、男娼という職業的な部分も確かにあったかもしれないが、それを抜きにしても、十々丸が女好きセックス好きなのは紛れもない事実なのだから。


「有了くんの方こそボクとあのババアの命、どっちが大事なんだい!?」


「まず、その誤解を生む言い方を止めろ。僕はホモじゃないっての」


ボク(十々丸)(性器)』と文字通りの『おばさんの命』。倫理的には天秤に乗せるのは間違っている気がしないでもない。


「どうせ死んでるんだからどうだっていいじゃないか! ボクに死姦趣味は無いしね!」


「まあ、他人が死のうが生きようがどうでも良いってのは同意するけどさ」


実際、先のラブホテルでの投身自殺を見届けても、有了はさっさと鍵を返却してホテルを出る事しか考えなかった。パインズゲートでは人死は珍しくもなく、それでいて調書やら何やらが面倒程度の代物だ。


「……済まない有了くん。ちょっと取り乱した」


「落ち着いたか?」


「うん……」


頷いた十々丸の横で、棚から薬箱を取り出す有了。中から使用期限ぎりぎりの抗生物質と痛み止めを取り出し、ひんやりとした水道水で嚥下する。


「で、これからどうするんだ?」


「どうしようか……」


有了が水を向けると、十々丸もコテンと首を横に倒した。


「差し当っては"これ"をどうにかしないといけないんだけどね」


そう言いながら、十々丸はランニングシャツの裾を咥えて、トランクスをズリ降ろす。

 たわわに実った乳房の端から薄っすらと浮いた肋、スッと縦筋の入った臍と続いて、丁度男性器のあった場所に張り付いた、古ぼけた紙切れが顕わになる。


「流石にちんちんが無いんじゃ男娼は無理だからねえ……」


そう言ってうぬぬと首を捻る十々丸を見て、有了はふと気になって「なあ、十々丸、その札もう少しよく見せてくれるか?」と尋ねた。


「ああ、もちろん構わないけれど」


頷いた十々丸が股間を突き出す様にして、有了の方に下腹部を向ける。


「何か気付いたことでもあったのかい?」


「むしろそれ(気付き)を探すためだな」


「さっきはよく見てなかったし」と言いながら改めて有了が見下ろした先、十々丸の下腹部に貼られた前貼りには、よくある紋様やのたくった文字ではなく、代わりに一枚の絵が描かれていた。


「これ、"塔"か?」


その絵を眺め、有了は思い当たった事を口にする。



降り注ぐ光


転落する人間


その中心で崩壊しながらも尚、雄々しくそそり立つ巨大な"塔"



「ふむ、つまりこの前貼りはボクのバベルの塔を象徴しているという訳だね?」


 有了の言葉に、十々丸は何故か満足そうに頷いた。


「そういう問題か。いや、バベルの塔ってのは合ってるかもしれないけどさ」


妙に誇らしげな十々丸に突っ込む有了だったが、この絵の俗説という点では十々丸の言葉は必ずしも的外れではない。


「これ、"タロット"か?」


描かれた絵と、上段に刻まれた『XVI』の文字。あまり知識がある訳ではないが、通し番号の付いた"塔"の絵という条件で、有了が真っ先に思い付いたのはそれだった。


「"タロット"ってあの?」


「ああ」


有了の言葉に、十々丸の方も訝りながら首を傾げる。十々丸(ととまる)の疑問に有了はこくりと首肯した。

 玉石混交の都市であるパインズゲートにおいて、一般に最も胡散臭いとされているのが呪術師と呼ばれる人間だ。その生い立ちや半生から格好言動に至るまで、基本的に奇異なものを取り揃ているのがスタンダードな呪術師だからだ。

 ただ、そんな彼らの中でも主流非主流というものがあり、和洋問わず彼らが最も多く手掛ける仕事が、いわゆる"占い"の類だった。

 そんな"占い"の中でも比較的メジャーで市民からも人気があるのがこの"タロットカード"だ。胡散臭い水晶玉や妙な臭いの香とも違い、見た目が分かりやすくとっつきやすいのが理由だろう。実際、真贋は兎も角、パインズゲートで洋風の呪術を学んだ呪術師は大抵このタロットカードに精通している。


「言われてみれば、確かにそうかも」


自分の股間を見おろし、しげしげと貼られた札を見ながら、十々丸も自分の顎を撫でた。


「見覚えがあるのか?」


その十々丸(ととまる)の口振りに、有了が首を傾げる。


「うん」


有了の疑問に、十々丸はこくりと首肯した。


「前に、別のお客さんで占いに嵌ってるっていう人と寝た時に、寝物語代わりに試してくれてね」


十々丸の言葉に、有了は「ほーん……」と納得する。


「ちなみに、その時は何が出たんだ?」


「逆さまの"塔"だったよ」


軽い興味半分の有了の問いに、十々丸はシニカルに笑って軽く肩を竦めたのだった。


「話を戻すけど、こうして改めて振り返ってみても、普通のタロットではないんだろうけど、それ以上の事は分からないことだらけだね」


「そうだな」


十々丸の溜息に、有了も頷く。


「実際、股間に貼ると性別が変わるとか意味不明だからな。しかも、あれ(・・)だろ?」


「一貫性が見えないよねえ」


十々丸の身に起こったことに加えて、先のホテルで"棒"になった時の事を示唆すると、十々丸も難しい顔になる。


「……」


「……」


「単純に考えれば、剥せば戻るんじゃないかなって気がするんだけど、どうだろう?」


「考え込んだ割に凄い力技で来たな」


真剣な表情の十々丸に、有了は思わず突っ込んだ。しかし、そうは言いつつも実際の所、思い付く手立てはそれくらいだった。

 有了が反論しなかったのあってか、十々丸は一瞬止まりこそしたものの、それ以上躊躇う様子はなく自身の下腹部に貼り付けられた"塔"のタロットに手を伸ばした。


「んっ……」


薄い肌もあってくすぐったかったのか、十々丸が小さく息を漏らす。しかし、位置が悪いのもあってか、中々力が籠められず、その動きもぎこちない。


「代わるか?」


見かねた有了が尋ねると、十々丸は「助かるよ、有了くん。お願いしても良いかい?」と頷いた。


「おっけ」


首肯した有了が、十々丸に代わってタロットカードに手を伸ばす。そして、雪原の様なさらりとした肌の上に貼り付いた、くすんだカードに指を触れた瞬間、


「むおっ!?」


ビクンッと跳ねた十々丸の悲鳴と共に、"それ"は現れた。


「「……は?」」


それは、くすんだ灰色の太く長く、そそり立つ"塔"だった。

 十々丸の下腹部、貼り付けられた"塔"のタロットを突き破る様ににょきりと生えたそれは十々丸の白い肌の上にどっしりと聳え立っていたのだった。


「え? ……え?」


「……」


混乱する十々丸。対する有了の方はその"塔"にはっきりと見覚えがあった。


「まさか、ボクのちんちんを奪うだけじゃなく、ペニスバンドになる機能までついているなんてねえ」


困惑を誤魔化す様に、十々丸が皮肉混じりに自分の下腹部から生えた"塔"に手を伸ばす。


「え? あれ?」


そして、タロットから生えた"塔"を掴んだ瞬間、先程とは違う困惑の色を浮かべたのだった。


「十々丸?」


首を傾げる有了の前で、十々丸は何かを確かめる様にその"塔"をしごいた。

 二度三度と繰り返す内にのめり込む様にその行為にふけり、


「!?」


そして、不意にビクリと痙攣しフルフルと微かに身を震わせたのだった。


「大丈夫か? 十々丸」


その奇妙な姿に眉を顰める有了。対して有了の声に引かれる様にあがった十々丸の表情には……、


「十々丸?」


この上ない歓喜と、それ以上の情欲の色が見て取れたのだった。


「おい「やった! やったよ有了くんっ!」


有了が問い掛けるよりも先に、十々丸が満面の笑みと共に飛びついて来た。


「わぷっ!?」


ランニングシャツ一枚越しに胸を当てられて息が出来なくなる有了だったが、十々丸はそんな事お構いなしにぐにぐにとおっぱいを押し当てて来る。


「ちんちんが復活したんだ! ボクの! ちんちんがっ!!」


最低最悪の歓喜だったが、偽らざる本音でもあるのだろう。細めた両目尻に涙を溜めて、十々丸は無邪気な笑みを零した。


「分かった。分かったから。そろそろ、んむっ……」


「あ、ごめんよ、有了くん」


そろそろ息止めも限界になり、十々丸の小さな肩をタップすると、漸く状況に気付いた十々丸が細い腕を解く。


「いや、すまないね。もしかしたら、二度と戻ってこないかもしれないと思っていたちんちんが復活したのが嬉しくて、つい……」


そう言って、申し訳なさそうに頬を掻く。


「実物のちんちんじゃないけど、神経が通っているなら細かい加減も利くし、何よりボク自身も楽しめる(・・・・)からね」


「"好きこそものの上手なれ"か?」


「そうそう」


有了の言葉にコクコクと頷いた十々丸が楽し気に肩を揺らした。


「これで、売春は続けられるね。少なくともレズビアンの女性相手なら全然いけるはずだ」


そう言って、十々丸はくすんだタロットから生えた"塔"を捏ね繰り回す。十々丸(ととまる)の言葉に、有了も「そうか」と頷き返す。


「うん、そうなるとなんだけど、色々と商売道具を買い揃えないといけなくなりそうなんだ」


「へえ?」


十々丸の言葉に、有了も軽く首を傾げる。


「これまでのお客さんの時と、衣装とか化粧とか香水とか、諸々買い換えないといけないし、立ち振る舞いに関しても、もっとなよっとしなきゃいけないしで、同じ女性相手でもレズビアンの人向けとなると結構必要なマイナーチェンジは多いんだよ」


「ほーん……」


どうやら、最悪の事態を脱したためか、十々丸はペラペラと次の仕事(エッチ)に向けた準備を思いつくがままにペラペラと口にしてくる。


(まあ、元気が出たのは良い事か)


そのベクトルは置いておいて、有了が知る首藤十々丸はこれくらいの方が丁度良い。


「ふぁ……」


「……」


有了が一人内心で頷いていると、不意にペラペラと舌を回していた十々丸(ととまる)が小さく欠伸を漏らした。


「……もう遅いし、そろそろ寝るか」


「うん」


有了がそう言うと、少し恥ずかしそうにしながら十々丸も頷いた。


「毛布か何か、借りられるかい?」


「あー、僕が今使ってる冬掛け布団で良いなら」


クローゼットの中身を思い出しながら、有了は一先ず今の寝具の中で一番厚手な物を挙げる。


「ふむ、良いのかい?」


「今日だけならな」


そう言って、有了が肩を竦めると、十々丸が何か思い付いた様にニヤニヤと悪い笑みを浮かべる。


「おやおや、有了くんともあろうものが、もっとクールでスマートな解決策が目の前にあるのに、それを態々放棄する気かい?」


「……ちなみに、どんな?」


そのチェシャ猫の様な笑みに、猛烈に嫌な予感を覚える有了だったが、かと言って無視すれば、十々丸はこれ幸いとばかりに嬉々としてとんでもない事を口にするだろう。

 果たして、有了が問い返すと、十々丸は待ってましたとばかりにニマーッといやらしい満面の笑みを浮かべる。


「ほら、せっかくボクも女の子の身体になった訳だし? 今日のお礼も兼ねて一晩くらいボクを抱き枕にしてくれても「やめんか」


有了が脳天に手刀を落とすと、「ふぎゃんっ!?」と悲鳴を上げた有了が半笑いのまま頭を抑えた。


(本当にこいつは)


こんな状況で、既に立ち直っているあたり、ある意味見上げたタフさだと感心とも呆れともつかない気分になりながら、有了はやれやれと首を横に振る。そして、寝室に向かい掛けたところで、ふとある事を思い出して「そういえば、十々丸」と足を止める。


「どうかしたのかい? 有了くん?」


同じく立ち止まってこちらを見上げて来た十々丸(ととまる)が金銀の猫目をぱちくりと瞬いた。


「さっき、そのカードから生えてた棒だけどさ」


「ボクのバベルの塔がどうかしたのかな?」


有了の出した話題に、十々丸が長い黒髪を揺らす。


「あれ、多分さっきのホテルで、僕があのおばさんを殴った棒だと思うぞ」


その色合い、木とも土とも取れない材質は、あの場で有了が握った胸丈程度の"棒"と明らかに材質形状が酷似していた。


「へぇ……」


有了の言葉に、十々丸が少し驚いた様に猫目を軽く見開いた。白い電球の光を拾い、宝石の様なその青と黄の瞳が輝く。


「つまり、ボクは有了くんに手コキをされたってことだね?」


「よし、そこに直れ。ぶっ殺してやるから」


そして吐き出されたシンプルな侮辱に、有了は即座に十々丸(ととまる)の軽くて精液が詰まった頭蓋骨に爪を立てる。

 その一撃にニヤニヤと嗤いながら、十々丸は何故か妙に楽し気に、ぺしぺしと有了の腕を叩いて反抗して来たのだった。






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