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3冊目/本谷有希子『生きてるだけで、愛』

 夏の到来を肌で感じる。もう部屋から一歩も出たくない。私は夏が嫌いだ。照りつけるギラギラ太陽の下、ベランダで洗濯物を干さなきゃいけないのはなんの拷問か。でも生活のためには食べなければならないし、洗濯をしなければならない。身体にべったりと纏わりつく不快感を流したくて、朝からシャワーを浴びた。


 エアコンをつけて涼んでいるとようやく頭が働いてきたので、本を開く。本の世界に入るための絶対条件、冷静でいること。意識が本とは別のところにあると、文章が頭に入ってこない。午前中に読書は済ませて、今日は小説を書こう。そんなことを心に決めて、本谷有希子の『生きてるだけで、愛』を読む。


 主人公は、寧子という25歳の女性。高校時代に全身の体毛をすべて剃り落としたことがあり、ムラのあるテンションとたまに飛び出す奇行が玉に瑕だと自覚している変わった人。レジ打ちのバイトをしていたスーパーで、同僚の安っぽい恋愛劇に巻き込まれたことに腹を立てたのが原因でクビになって以来、鬱状態が続いている。


 三年前に押しかけたまま成り行きで同棲している津奈木という彼氏のマンションで、三日も風呂に入らなくても平気なまま、彼女は過眠症と称して毎日惰眠を貪っている。男が自分に振り向ける労力をケチっている、と寧子は、津奈木のひとつひとつの言動に憤るのだが、合コンの席で出会い、とくに意気投合したわけでもないのに成り行きでつきあい始めたときからそういう男だった。そんな男とわかっていながらつきあい始めた寧子が、「妥協におっぱいがついて歩いている」ようだと彼女自身もわかっている。でもそれって本当に恋愛なんだろうか、と疑問を抱きつつも私は読み進めていった。


 『生きてるだけで、愛』は、普通の恋愛小説の枠からかなりはみ出ている。互いの領分を決して侵さない寧子と津奈木の関係は、卵二つでつくった目玉焼きのように、それぞれの核をしっかり守ったまま、白身であやふやに繋がっている状態と言えばいいだろうか。しかも寧子の黄身は半熟で、まだグチュグチュしている。卵の黄身は「自我」というか、「本当の自分」みたいなものだ。直接、黄身と黄身が触れるとものすごく危険なので、緩衝地帯として神様は白身というものを発明したのだろうが、寧子はできれば黄身と黄身が直接衝突し合うような形で人と付き合いたい。寧子は自分の「味の濃さ」に辟易しているといいながらも、相手も同じくらい濃い「黄身」を期待せずにはいられない、そんな女なのだ。



 ところで恋愛の本質とは色恋の快楽の側面より、完結性がもたしてくれるユートピア性にあるんじゃないか。もちろんユートピアは、語源どおり、実際はどこにも存在しない場所なのだが、存在しない場所だからこそユートピアは求められ続ける。だから恋愛小説は、いつまでも書き続けられるのだ。


 恋愛中のカップルは、それ以外の世の中に対して閉じている。恋愛中の男女が世間と、いや、自分たち以外の世界すべてとさえ対立してしまう、というのは極めて古典的なメロドラマの手法だが、いまはまた違う時代になっている。自己完結した人間の増加、高度消費社会とか、高度情報化社会とかつけようとおもえばいろんな理由をつけられるのだろうが、とにかく、そういう人間が存在しうる条件が社会の側で整ってきたのである。


 自己完結している人間は、恋愛というシチュエーション抜きで社会に対して閉じることができる。だから、わざわざ恋人同士で閉じた世界を構築する必要がない。自己完結できる人間は恋愛をしないのである。少なくとも、ふつうの意味の恋愛は。

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