9.
(※ナターシャ視点)
私はまた、アーノルドとデートに出かけることになった。
この前は中途半端に終わってしまったので、今日こそは楽しむつもりだった。
私は今日もあのルドに車椅子を押してもらって移動していた。
しかし今日は、この前よりもさらに遠くまで行こうということになり、普段は来ないような遠くまで来ていた。
もちろん、ずっと車椅子ではなく、途中で馬車にも乗った。
そして今は、初めて訪れた町をアーノルドと共に回っていた。
人がたくさんいて、にぎやかな町だった。
しかしそこで、意外なことが起きた。
「ナターシャさんですね? 記事を見て、あなたのことを知ったんです」
気付いたら、私はたくさんの人に囲まれていた。
「あの記事を見て、感動しました。早く万能薬が完成するといいですね」
「今は苦しいかもしれませんが、我慢の時です。あなたの親友が、きっと万能薬を完成させてくれます」
どうやら私は、世間ではちょっとした有名人になってしまったらしい。
屋敷の近くなら、私のことを知っている人もいた。
しかし、屋敷からこんなに離れた所でも、私は知られてしまっている。
しかも、あの新聞記事のせいで、皆が万能薬の完成に期待して、それを飲むことになる私に注目している。
遠い町ですれ違った人から声を掛けられるという、非日常な体験をして、私はレイチェルの考えが少しわかった。
しかし気付いたところで、私には何もできない。
そのことに私は苛立った。
たとえ万能薬が完成しようと、私が飲まなければいいと思っていた。
そうすれば、私は病弱なままでいられるし、そのおかげでわがままに振る舞うこともできる。
しかし、今のこの世間の空気では、万能薬を断るなんてことは、私にはできない。
できないように、レイチェルが仕向けたのだ。
もし万能薬が完成しても、私が飲まないことまで計算していた。
まず、万能薬の完成が間近となってからインタビュー記事に乗せてもらい、期待を煽った。
そして、万能薬を与えられる人たちにも、焦点を当てた。
すべては、私に必ず万能薬を飲ませるため。
なんて女なの……。
このままだと、私は万能薬を飲まなければいけなくなる。
そうなれば、私の病弱が消える。
それはつまり、今まで病弱だったからこそ許されてきた、私のわがままな行いも断罪されることになる可能性がある……。