第一話 金欠と少年壱
小説の始まりというものは、主人公が日常的現実世界からある日切り離されるところから始まるものだ。
ライトノベルといった類のものは、特にそう言うことが多い。
主人公は、現実世界で現実的な生活をしていた。
ある日突然、何かの出来事や、浮世離れしたヒロイン、もしくはそれに値するものに出会い、物語が始まる。
大人気のライトノベルは大体そういった始まりだ。
まあ、絵師の力が強いと言ったら、それでおしまいなのだが……。
それはとにかく、私の持論であるが、人と言うものは常に理想を追求する生き物だ。
理想を追求し、それを実現させる。
とある科学者も、人が想像できることは必ず実現できると言い残している。
ここは、理想の世界。
不可侵の理想の世界。
この話の主人公、ルー・エデノグレイスは、上記の『小説でのお約束』に該当するであろうか。
良くある、住民が普通の人間ではない集落で生まれ育ち、良くある大災害に会い、そして、良くある人間離れした少女に出逢った。
そう。これは、良くある人間の理想の世界の話なのだ。
主人公は、大切な少女を守るために戦う。
そして、たくさんの大切な仲間達と出会い、たくさんのことを知る。
……これではただのゲームの世界だ。
まあ良い。そのようなことには目を瞑ろう。
私はこの理想の世界をただ傍観する。
それだけが望み。
そうできるかどうかは、私自身の心であるが。
では、ルー・エデノグレイスらの健闘を祈って。
フローリアン・ガーディ
通常の二倍サイズはあるジャンボソフトクリームが溶け、ミュウの頬にくっつく。
「ミュウ、溶けてるぜ」
ルーがそういうと、彼と肩を並べて歩くミュウは「ありゃりゃ」といいながら頬をこすった。
その子供っぽい仕草にルーは微笑む。
ミュウはこちらをじっとみる。
「何かな? ルー君」
ルーは思わずどきりとし、赤くなる。
「いや……別に、な、何でも」
ミュウはにっこりと微笑み、再びソフトクリームを食べるのに集中した。
その幸せそうな顔を横目でちらりと見て、ルーは満足感に近いものを覚えた。
ミュウの執事的存在、ルー・エデノグレイス。
イルジオーネ国の北にある寒村、レゼント村出身。
身長は174cmと並。
紫色の長髪に、青いコート。
年齢は18歳。
一方、こちらの少女、ミュウ。
クリーム色の巻き毛、褐色の大きな双眸。
幼い見た目であるが年齢は15歳である。
いや、一応15歳に見えるのだ。不思議なことに。
そんなミュウとルーが出合ったのは8年前であるが、ミュウは未だに謎めいたところが多い。
彼女の家族は分からない。
8年間、特に違和感無くずっとルーの家でミュウは暮らしてきた。
まあ、それはともかく。
「ルー君、ルー君」
今日も、ミュウは邪気の無い瞳でルーのコートの裾を引っ張る。
ちなみにソフトクリームは既に平らげられている。
「うん? 何だ」
ルーは必要以上に甘い声を出し、ミュウに返事をする。
「お昼、食べよう」
今食ったばかりだろう、と心の中で毒づく。
しかしミュウに頭の上がらないルーは、それを受け入れるしか選択肢が無いのだ。
そう自分に言い聞かせながらも出た答えが、
「ミュウ、でも……」である。
「ほら、早く早く!」
ミュウは俺のコートの裾を引っ張る。
意外と強い力だ。
そしてミュウが指差すレストランに半強制的に俺は連れて行かれた。
そこは、小さいながらも繁盛しているようで、席全てが、人で埋まっていた。
店は前述の通り小さく、喫煙可のようで紫煙が店内に満ちている。
俺はとにかく、ミュウが煙草が苦手だ。
ミュウは小さく咳き込む。
早く席空かないかな、と思いながら店内を見回した。
「ミュウ、紫煙きついか?」
俺の後ろで咳き込むミュウに言う。
しかし、ミュウは笑いながら「大丈夫だよ」と言う。
強がっているのか、本当なのかどうなのかは知らないが、まあミュウが平気と言うのならいいだろう。
あまりしつこく気を遣うと、ミュウは逆に怒ってしまう。
どうしようか。
空く気配が無い。
そう思っているときだった。
「あ、空いた」
ミュウが奥のほうの座席を指差した。
そこには、ウェイトレスがいて、その座席の皿を片付け、テーブルを拭いていた。
よし、行こう。
そう思い、歩を進めようとしたときだった。
「いった……」
誰かが俺にぶつかった。
俺は何がぶつかったのかと、辺りを見回す。
しかし、それらしき人物はいなかった。
「下よっ、見えていないの?」
下方から気の強そうな幼い声が聞こえる。
何かと、俺は下のほうを見た。
そこには、銀髪を二つに結んだゴスロリ幼女がいた。
俺は呆然とした。
この国に、銀髪なんて(紫色の髪の俺が言える口ではないが)滅多にいない。
しかもゴスロリだ。
こんな都市伝説みたいな格好をした人物に会えるなんて……。
が、そう考えている間にも、少女は「気をつけなさいよね」と言い、店を出て行ってしまった。
まあ、言うまでも無く、この少女がこの物語にこの後、関係してくるわけだ。
しかも、あまりうれしくない(いや、嬉しいのか?)ポジションに、つくわけだ。
注文をし終え、椅子に深く座りなおすと、疲れからかため息が出た。
あの後、無事に押し入るように席を確保出来た。
「オムカレー二つお持ちしました」
店員と思しき人物が、オムカレーの盛られた皿を手にやって来た。
それまで今か今かと水をちびちび飲んでいたミュウは、再び目を輝かせ皿をひったくるように取る。
そして、どこから来るのやら物凄い勢いで食べ始めた。
餌にありつくハイエナの如く。……例えが悪いな。
俺もオムカレーを食べるにして、スプーンを構える。
ふと、なんとなくカウンターの方を見てみるとチラシが貼ってあった。
なんて書いてあるかは読めない。まあいいか。見るなら勘定のときに見ればいい。
さて、早く食べなきゃ折角のオムカレーがさめてしまう。
頂きます、と俺は手を合わせ、オムカレーを口に運んだ。
ちなみにオムカレー、本当に美味しいぞ。
「あははは、満腹だよ」
全く膨れていない腹を擦り、満足げな表情でミュウは言った。
俺の方も満腹だ。腹が蛙の様に膨れている。
さて、勘定だ。
俺たちは席を立って、レジの方に行き、注文表をレジ係の人物に渡した。
コートから黒革の財布を取り出す。
逆さにすると、小銭が四、五枚落ちた。以降、落ちる気配なし。
ちょっと待て。たりるのかよ。
オムカレー二つ、消費税込みで1260ゴールド。
恐る恐る俺は落ちた硬貨を見てみた。
初代国王、イルジオーネ1世が描かれた500ゴールド硬貨、二つ。
そして、国の発展に尽力した研究者、ウィリアム・カレスチャが描かれた100ゴールド硬貨、一つ。
イルジオーネ国国花、菖蒲が描かれた50ゴールド硬貨が一つ。
そして、特に何も描かれていない10ゴールド硬貨が一つ。
さて、問題。俺が持っている効果を全額合わせると何ゴールドになるでしょう。
答えは、1160ゴールド。
その回答に、俺は引きつり笑いを浮かべてしまう。
「ミュウ、今いくら持ってる」
耳に手をあて、できるだけ声が漏れないよう囁いた。
「え、お金? あはは、仕方ないなぁ」
ミュウは頬を膨らましながらも笑うと、ロングスカートのポケットをごそごそと探し始めた。多分。
金が無くなったのは誰のせいだ、というのは心の内に止めておこう。
去年の旅初めには、膨れていた革財布だった。
しかし、度重なる出費(主に食費)により僅か一年で無くなり、今ではただの革と化した。
「あ、あった」
首を上げるミュウ。
顔には満面の笑みが広がり、手には数個の飴玉。
よく見ると、その笑みは引きつっている。
これでどうしろと言うんだ、ミュウさんよ。
俺は泥団子を笑顔で受け取れるほど大人ではない。一応貰ったが。
結局、俺の革財布が100ゴールド代わりとなり、無事帰ることが許された。
俺たちは、街中をとぼとぼと歩いていた。
それにしても、これから先、どうするんだ。
絶望と言う名の暗く深い崖に落ちてしまった心。深いため息をついた。
なんだか涙が出そうになったが、一応これでも18だ。必死に堪える。
ガクリと首を折ったときだった。
不意にコートの裾が引っ張られる。
何事かとうなだれていた頭を起こし、めんどくさげに振り向いた。
左手で裾を引っ張り、右手で印籠を見せ付けるかのように、俺に何かを見せ付ける。
その顔は、絶望とは無縁の希望に満ち溢れていた。
「これ」と、握る手に力を込めるミュウ。
一体何が、と思いつつ見てみる。
それは、勘定の時に見ればいいと思っていたのだが、すっかり忘れていたチラシであった。
ここからなら楽々読める。
「『闘技大会XXX』?」
思わず、声が出る。なんだ『XXX』って。
詳しい説明をと、大きく書かれたタイトルの下に目をやる。
「日時は明日午前十時、コロシアムにて。優勝者、賞金……、ひゃ、100万ゴールドっ!?」
ついつい声が大きくなり、いくつもの視線を感じる。
絶望の淵から舞い戻れたと思ったらまた戻ってしまった。
その内、心が折るんじゃないか、俺。
そんな俺を無視し、ミュウが話を進める。
「お金が無いんだから、出るしかないってば。頑張ってね。ルー君」
肩をぽんぽんと叩く。人事みたいに言わないでくれ。
こうして、『XXX』などという妙な大会に出ることになった俺達なわけなのだ。