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君への手紙 ~Excuse.For.Be.Late~

夢の中で君を想う

作者: まさかす

 私の全ては君の為にある

 君が居てこそ意味がある

 目も口も鼻も耳も腕も脚も

 君が居てこそ意味がある


 だから今の私に意味は無い

 君を失った私に意味は無い


 君が存在しないなら

 私の存在理由は無い

 存在する価値も無い


 君に会いたい

 何処にいるのか分からない君に会いたい

 

 ならば探しに行こう

 きっと私の全てはその為にあるのだから


 私の眼は君を探す為にある

 私の脚は君を追う為にある

 私の口は君の名を呼ぶ為にある

 私の耳は君の声を聞く為にある

 私の鼻は君の匂いを嗅ぐ為にある

 私の腕は君を抱きしめる為にある


 何処へだって探しに行こう

 君を見つけるまで探し続けよう

 例えそれが夢の中だとしても

 君を見つけるまで探し続けよう

 例え永遠に夢の中を彷徨い続けようとも

 君を見つけるまで探し続けよう

 見つける前に目覚めてしまったとしても

 再び眠りについて探し続けよう


 いつまでもいつまでも

 君が見つかるその時まで

 私は君を探し続けよう



 ◇



 紺のスーツを纏った恰幅の良い中年男性は、そんな内容が書かれた1枚の紙に目を落としていた。


「ふぅぅぅ……」


 事務椅子に座ったままに男性はそんな溜め息をつきつつ、天井を仰ぎ見た。そんな背中を預ける格好となった事で、事務椅子の背もたれは「ギキキィイ」という短い悲鳴を上げた。

 男性は数秒間黙ったままに天井をみつめた後、天井に向けて短いため息を1つ吐いた。そしておもむろに姿勢を戻すと、目の前の事務机越しに姿勢良く立つ、グレーのスーツを纏った20代半ばの男性をじっと見つめた。


「誰かへの想いが詰まってると、そう言えるような文章だねぇ」


 中年男性は紙に視線を落としつつ、優しい笑顔で以って20代男性に言った。


「ありがとうございます」


 20代男性は軽く頭を下げつつ、優しい笑顔で以って答えた。


「ただちょっとだけキツイ感じがしなくもないかな」

「キツイ? ですか?」

「いや匂いとかって言われるとさ、ちょっとキツくないかな? 若い人なら平気なのかな?」

「平気だと思いますがねぇ」

「そう? それに夢の中まで探しに来られるのは怖くないかな?」

「そうですかね? 大丈夫じゃないですか?」

「ならいいけど……」


 2人の間には10秒程の沈黙が流れた。


「で、この文章から読み解くに、君はずっとその人を探し続けていたと、そういう事なのかな?」

「そう理解していただいて結構です」

「君が探していたその人は君の何なの? あ、こういうプライベートな事を聞くのはモラル違反かな?」

「いえ、妄想的な人の事を書いてますので別に構わないですけど」

「そう? じゃあ改めて聞くけど、ここに書かれている人は君にとってどんな人なの?」

「タレントさんです」

「タレント?」

「はい」

「ふ~ん。まあ、実在する人でも架空の人でも好きになるのは個人の趣味嗜好の範疇の話だからね、それ以上詳しく聞きはしないけどさぁ」

「確かに趣味嗜好の範疇ではありますかね」

「とはいえずっと夢の中を彷徨ってるのは良くないと思うけどねぇ」

「そうかも、知れませんね」


 20代男性は少しだけ反省するような表情を見せた。


「で、本題だけどさ」

「はい」

「これは詩なのかな?」

「そんなつもりは無いのですが、そう見えますか?」

「うん、私にはそういう類の文章に見えるけどね」

「そうですか?」

「うん、とても遅刻の始末書には見えないね」

「そうですか? 頑張って書いたのですが」

「まあ書き方は置いておくとしてもさ、分かんないよね?」

「何がでしょうか?」

「いや何故遅刻したのか、今後はどうするとかさ、そういう事は一切書いてないよね?」

「なるほど、それは盲点でした。恥ずかしながら始末書と云った類の物を書くのは初めてでして」

「こういうのは理路整然とした報告書というつもりで書いて欲しかったんだけどねぇ」

「以後気を付けます」


 20代男性は深々と頭を下げた。


「じゃあ改めて聞くけどさ」

「はい、何でしょうか」

「遅刻の理由としては、その人を夢の中で探し続けたと、そうして眠り続けて寝坊したと、そういう事で合ってるのかな?」

「はい、仰る通りです」


 中年男性は顔は紙に向けたままに目線だけを上に上げた。


「あとさ」

「はい」

「その人を見つける前に目を覚ましてしまったらもう一度寝るみたいな事書いてるよね?」

「はい、いわゆる2度寝ですね」

「じゃあひょっとしてだけどさ」

「はい」

「一度は目を覚ましたの?」

「実はそうなんです」

「で、その人を探しに2度寝したって事?」

「まさに仰る通りです!」

「……あっそ」

「はい」


 中年男性は再び視線を紙へと落とした。


「でも眠り続けるのは良くないよねぇ」

「はぁ……まあ、そうですね……」


 そう言って20代男性は神妙な面持ちを見せた。


「でないとさぁ」


 中年男性は顔をあげ、ジロリと20代男性に視線を送った。


「夢の中でその人を探すと同時に、職探しが必要となるよ?」


2021年06月02日 初版 

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