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目が覚めたら全裸だった──お巡りさん俺です……。
まさかの全裸状態に驚きつつも、続けてかけられた言葉を思い出す。「ダンジョンコアを尻に敷いてないで──」
「そういえば目覚めた時に、尻に当たってたのって」
急いで自分の座っていた辺りをみると、赤く光るビー玉くらいの丸い石があった。恐る恐る手に取る。
「そうそう、それがダンジョンコア。大事にしなさいよ。そんなに簡単には割れないけど、もし割れることがあったらカナメ死ぬから」
「それはとても大事な物ですね!! でも俺は自分が裸だった事に一番驚いてるよ!」
手元のコアを見ていた少女の視線が下におりる。そして俺の縮こまってる息子を確認すと、フッと笑ったように見えた。
「見るなよ」
とっさに両手で隠すが、今更感は否めない。当然時すでに遅くしっかりと見られていたようで。
「散々人の胸元見て、貧乳、無乳、絶壁とか言って……」
口には出してないのに何故わかる?!
口元を手の甲で隠しているが、目だけはしっかりと笑っている。そんな悪徳令嬢が嘲笑するような恰好をとると、
「お可愛いこと」
くっコロ!!
悔しがる俺に満足したのか、嘲笑ポーズをすぐにやめ、呆れた顔で。
「大体カナメが何かを着ていた描写なんて無かったでしょ? なにを驚いてるの?」
「確かにお前の衣服描写はあったけど、無かったから裸ってどうなのよ! と言うか描写ってなんだよ、メタな事言うな!」
普通なくない? 全裸で登場ってターミ〇ーターかよ。
「これが記述トリックというものよ」
「お前はすべてのミステリー作家に謝って来い!」
こんなのを記述トリックと言ってたら苦情の山だぞ。
しかし改めて現状を確認すると、『成年男性が真っ裸で少女と薄暗い洞窟で二人っきり』……事案発生……通報……人生終了……。
「全裸で洞窟とか人としてどうよ……」
「カナメはダンジョンマスターになってるのだから、人の理からは外れてるから安心しなさい」
「全く安心できないし、こんな外れ方は嫌だけどな……」
盛大に肩を落としつぶやく。そして人の理から外れて、何を安心すればいいのだろうか。
「でも、ちょうどいいからダンジョンコアの使い方をやりましょう」
「裸なのがちょうど良いのか?」
何に使うかすら分からないダンジョンコアだけど、使うたびに全裸にならないといけないなんて使い勝手悪すぎるんだが……。
「全裸なのがちょうど良いわけじゃないわ。コアを持っているのが丁度良いのよ。服はしかたないじゃない、着る物無いのだし……はっ! まさかカナメ。私が着ている、この服を脱いで渡せって言うの?!」
信じられないって感じでこちらを見て。身をよじり胸元を隠すように手をクロスさせるが、隠すものなんてないだろうに。
「ゴッ!」という軽くない衝撃が右頬に感じた。
何時取り出したのか、その手には指示棒ではなく杖が握られていて、その先端は俺の頬に刺さっている。
「痛いな」
「今、私の裸想像したでしょ!」
「してねえよ!」酷い濡れ衣だ。
「しなさいよ!」
今度は左頬に衝撃が……どうしろと。
「第一お前のサイズじゃ着れないだろ」
「そんなの無理矢理着ればいいじゃない」
お前は服を渡したいのか、渡したくないのかどっちだ。
小さいワンピースを強引に着たせいで肌にピッチリと張り付くような格好をする成人男性(下は当然下着無し)
「すげえ変態クズ野郎になりそうだな」
脳内に浮かぶのは、ピッチピチに肌に張りついたミニスカワンピ野郎。想像したそいつは、もはや言い逃れできないレベルでの変態だった……。その状態になるのは当然選択肢にないが、せめて股間だけは隠したい。となると使えそうなのは少女が頭に縛っている三角巾だ。
「その頭につけている布を貸してくれないか? せめて下だけでも隠したい」
「今まで丸出しだったのに何をいまさら気にするの?」
「裸だって気がつかなかったからな! この叫びもすでにおかしいけど!」
「しかも私の頭巾を借りたいと言うけど、カナメの股間を隠すのに使った頭巾を、また私にかぶせるつもりなの? なにその性癖」
うわぁとドン引きされる。あと女の子が股間言うな。性癖もoutぽいけど……。
「新しいの弁償するから貸してくれ」
弁償する当てはないけどな。でも何時までも裸じゃ、情けないし落ち着かない。このフリーな感じを意識した途端に気になって仕方ない。ブリーフからトランクスに替えた中学時代をちょっと思い出す。
「これは魔法の布なの、高くつくわよ」
「お願いします、必ず弁償しますから」
俺の必死な懇願に、ふぅっと小さなため息をつくと。
「仕方ないわね、このままじゃ話が進まないもの」
と渋々ながらも頭巾を外して渡してくれた。やはり三角巾……と言うよりは唯の大きな布だな。だが腰に巻いても十分余裕な大きさがあるのは助かった。裸族から一歩前進、はやく文明人になりたい……。
「魔法の布だって言ったけど、ただの大きな布みたいだけど。何か効果があるのか?」
知力が上がるとかMPが増えるとかか?
「魔力を使って文字を投影できるの」
「ふーん」
つまんね。
「あっ今、馬鹿にしたでしょ! 意外と便利なのよ。両手塞がっていても意志の疎通ができるし」
「いや、しゃべれよ」
「手旗信号もわかりやすいし!」
「たぶんそれ、俺の知ってる手旗信号と違う」
どんどん言い返してやる。こいつにやっと、ちょこっとだが勝てたような気がして少しにやける。
「何やらドヤ顔ね。でもこれを見てもそんな顔してられるのかしら」
そんな物騒なことを言うと。
「あはははははは」
いきなり大爆笑だ。
「??」
少女の視線を辿ると、黒い布に白く光る文字で『ハミダシモノ』と浮かんでいた。
「なーにが、はみだしてるのかしらねー」
「やめろ!」
「こんなのは?」
今度は『ビックマン』と浮かび上がる。
「あはははは、見栄っ張り、見栄っ張り」
指差して笑っている。
「やめろ!」
「一瞬しか魔力通してないから、直ぐに消えるわよ」
とんでもないイタズラしやがるな、恐ろしい奴。
「ふん! それも貸しの一つだからちゃんと返しなさいよ!」
両手を胸の前で組んでソッポを向く。昔のツンデレキャラかな? 大笑いして喉が渇いたのかさっきとは違う竹筒を出して口に含む。
「それは?」
「命の水よ」
「ぷふぁあ~」と吐いた息から強いアルコールの匂いがする。ただの飲兵衛かな?
「さあ、遊んでないでダンジョンコアの使い方――」
一番遊んでいるのはお前だろ! 本当に『コレ』すぐに消えるんだろうな。視線を再度布に落とすと、すでに何の変哲もない黒い布に戻っていた。
「――でもその前に、カナメのステータス見ておきましょうか」
ステータス? ステータスが見えるの? あの力とか知力とか見えるのだよね。やっと異世界転生物らしくなってきた。
「持っているスキルを確認してから、それが生きるダンジョンを創るのが良いマスターってものよ」
ステータスにスキルか……称号もあるし益々ゲームだな。
どんなスキルがあるのかは分らないが、確かに適材適所は重要って会社先輩も言ってたし。わずか一ヶ月しか行けなかった会社だが先輩の言葉は覚えてるよ。入社式での社長の言葉も……もう学生じゃないのだから社会人の自覚を持ちなさいとか。人は第一印象で決まるから服装、身だしなみはしっかりしなさいとか。
それがまさか異世界でダンジョンマスターの自覚を持てとか……服装は腰布一枚とか……身だしなみは起きたらびしょ濡れとか……社長、俺は社会人として駄目になってしまったかもしれません。
「自覚とか身だしなみとか、そんなのは常識でしょ」
身も蓋もないこと言うなよ。起きたら全裸は中々ないと思うぞ。
「ちなみに俺自身ってどれくらいの強さで、どんなスキル持ってるんだ?」
「それを今から確かめるのよ。その場で二回、回って右手を上にかざしてステータスオープンって言ってみて」
なにそれめんどくさい、とりあえず言われた通りの動きをして。
「ステータスオープン」
すっと目の前に半透明な板? が浮かび上がる。そこには、
名前 カナメ
種族 人族
職業 ──
LV 1
ランク G-
固有スキル なし
スキル なし
称号 なし
情報すくな! 何これ? 簡潔すぎない……何か思っていたステータスと違うな。
「なあこれってこんなに簡潔なのか?」
「まあ、ステータスっていっても身分証みたいなものだからね。名前、種族に職業、LVとランク、スキルと称号が見えるくらいよ」
「ふーん。力や知力、素早さみたいに色々表記されると思った」
「そんなのわかるわけないじゃない、全部数値化なんて無理よ」
ですよねー、俺が勝手に勘違いしただけですね。
げっ名前カナメになってる……後で正しいのに変えれるかな? えっちょっと待って。俺、無職になってる!
「ちょっ俺無職なんだけど……」
「えっなんで? ダンジョンマスターじゃないの?」
お前も驚くんかい! でもダンジョンマスターだと思ってここまで面倒みてきたのに、実はただの無職とか……。そりゃこの子の方が吃驚するわな。
「LV1でランクはG-? スキルも称号も何にもないけど、始めはこんなものなのか?」
「無能の象徴みたいなステータスね。でもLVはともかく職業とスキルが何も無いのは変ね……」
無能とか言うなよ……まあ無能なのかもしれないけど。あんなに頑張って就職したのに異世界に来て無職になりました。違うだろ無職が異世界いって職業見つける方が多いじゃん!!
「んーー。ダンジョンコアがあるからマスターなのは間違いないはずなんだけど……ちょっとカナメ、コア持ってリンクって言ってみて」
薄ぼんやりと赤く光っているコアを優しく握り「リンク!」と叫ぶ。
「どう?」
くるくるっと回って「ステータスオープン」
名前 カナメ
種族 人族
職業 ──
LV 1
ランク G-
固有スキル なし
スキル なし
称号 なし
「変わってねー。どうすんのこれ?」
「あとは、あとは……あっ」
何か思いついたのか、こちらに歩み寄り「えい!」と手に乗っているコアにチョップした。「あいた!」『ピコン』地味にコアが掌に食い込み痛い。そして割れたらどうするんだよ!
「何すんの~死んじゃうよ!!」
「流石にこれくらいじゃ割れないわよ……。それよりどう? 我が家に伝わりし斜め45度チョップ」
昔のブラウン管テレビか! おばあちゃんか! そんなんで何かあるわけ……でもさっき何か鳴ったな。くるくる「ステータスオープン」
名前 カナメ
種族 人族
職業 ダンジョンマスター
LV 1
ランク G-
固有スキル なし
スキル マップ、サーチ
称号 なし
「ダンジョンマスターになってるぅーー!!」
「でっしょう、ふふん!」
何で? これ魔力的な何かだと思っていたのに、テレビと同じ方法で直っちゃうの? 実は電化製品なの?
「ちゃんと他のも変化してる?」
「他は……スキルに『マップ』と『サーチ』ってのが増えただけだな」
「……」
何その沈黙。
「ちなみにランクって何?」
「強さみたいなものかしら、必ずしも力が強いとかって訳じゃなくて脅威度と言った方がわかりやすいのかな?」
武器を持っても上がるし、魔法が使えるや、毒物に詳しいとかでも上がるそうだ。ランクが高い=脅威度が高い。冒険者なら優秀な存在、魔物ならそれだけ危険な存在というように。
「G-はどこら辺なの?」
「……一番下よ」
ヤダ俺のステータス低すぎ……。
「「…………」」
重い沈黙が二人の間に降りる。無言で見つめ合うが、恋に落ちる気配はなかった。
「なんでそんなに弱いのよ――!!」
「そんなの俺が聞きたいわ――!」