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何がそんなに嬉しいのか、満面の笑顔で堂々と勝手に命名する少女ユリア。だからこの時から俺はカナメと――
「名乗らないよ!」
「いいの! あなたはカナメって名乗るの! カナメなの!」
人の話聞いてないし。犬猫と違うのだから勝手に名前つけるなよ! 大体なんだよカナメってどこから出てきたの? 俺のカナメ要素ってなに?
「勝手に決めるなよ」
「あら? ならあなたのお名前プリーズ」
名前くらいちょっと記憶をあされば出てくるさ。目をつむり頭をフル回転させると次から次へといろんな場面が浮かんでくる。
見知らぬ男に抱かれている、これは赤ん坊の頃の記憶?
小麦? 稲か? 良く解らないが農作業を手伝って何やら運んでいる自分。
見覚えのない大人の男女と共にご飯を食べている自分。
また場面が変わり今度は美しい少女と何やら談笑しながらリアカーを引っ張っている記憶。
あれ? おかしい。俺は農作業なんて手伝ったこともないし、リアカー何て写真でしか見たことがない。これは本当に俺の記憶なのか?
でも次々と浮かんでは消える記憶達は、何故かすごく温かく大切な気がした。
名前思い出したいだけなのに、何か全然知らない人の記憶が浮かんできたのだけれど、なんだこれは?
「はい、5ー、4ー」
予想外の記憶に混乱している俺に、いきなりのカウントダウンが襲い掛かる。
「ちょっと待てって、今思い出してる」
「3、2、1、0はいブッブッー! あなたはカナメです」
早いし。ぜった……い、名のらない……から……な?
あれ今、曖昧だった記憶が一瞬クリアになり、頭の中でカチリと何かがかみ合った。さっき思い出そうとして浮かんできた田舎風景は、まるで夢のように薄れていき思い出しにくくなってきたが。そのかわりに、目を覚ます前の事がハッキリと思い出せてきた。
そうそう昨日新歓で飲みすぎて寝坊したところを幼馴染の……名前が相変わらず名前は出てこないが、彼女に起こされて……デートして、ディナーを一緒に……した? あれ? なんかまだ曖昧だな。でもこれだ! 大分思い出せてきた。これなら名前もすぐに思い出せそうな気がしてきたぞ。
「まあ、名前はおいおい思い出すとして、今のこの状況を教えてくれないか?」
名前は大事だが、何で俺が洞窟内で濡れながら寝ていたとか気になって仕方ない。
「ぶーー、カナメがいいのに。けどまあ、とりあえずいいわ」
いいのかよ! カナメじゃなくてもいいのかよ! さっきまでの強引さはどこへやった。こいつ適当だな。まあ自分の名前を思い出したらで済ます自分も大概か……。
「でも逆に聞くけど、カナメはどこまでの記憶があるの?」
記憶、俺の記憶か……名前は思い出せない。だが親の顔も育った場所も思い出せている。ただ名前だけは出てこない、あいつの名前も自分の名前すら。
「住んでいた所はわかる?」
住所って事か? 名前が思い出せないだけでその他は結構思い出してきてるんだ、電話番号だってわかるぞ。
「ちなみにここはハリフ村の近くよ」
「????」
どこだよ? ハリフ村? 近くに村なんてあったかな?
「ハリフ村? だっけ。ごめん聞いた事ないけど、それってどこら辺にあるの?」
「どこらって、正確にはイチア領キョスイ地区のハリフ村。そこの裏山の洞く……ダンジョンよ」
今、洞窟って言いかけたよね? やっぱりここ洞窟なのかよ。そしてなぜダンジョンって言い直した。大体ダンジョンってなんだよ?
それにハリフ村? その前の領とか地区もなんだろう? 聞いた事がない。少なくても日本の地名じゃないよな。
「ここって日本だよね?」
「違うわよ。『新生大和国』よ。略称は大和ね」
ヤマト? 本当にどこだ。と言うかこの展開はよくラノベで見かける異世界転生的のやつだよな? あいにくトラックに轢かれた記憶も、異世界の神様に呼ばれた記憶もないのだけれども。
「地球じゃないのか?」
「地球よ?」
何言ってるのと言った感じで返してくる。地球なのかよ、じゃあタイムリープかトラベル的な方なのか? でも年号で大和なんて聞いた事ないな。
「今は何年?」
「新生歴32年ね、神代歴なら1582年ね」
やはり聞いた事ないな。タイムリープやトラベルでも無しと……やっぱり転生?
「地球なんだよな」
「そうよ」
「でも日本じゃないんだよな」
「そうね」
俺は腕を組み考える。地球ではあるけど日本じゃない。言葉は通じているし外国って事もないだろう。やっぱり異世界? 平面世界とかか。
「ハリフ村?」
「そうイチア領キョスイ地区ハリフ村」
「地図とかってあるかな?」
「地図なんて貴重品持っているわけないじゃない。行商用の地域地図なら村長の家にあったわね」
「もっと世界中が載っているようなのは?」
「そんなのは町でも難しいわね。領主街の図書館にならあるんじゃないかしら?」
現状は分かってきた、とにかく日本じゃない事と元の世界とは違うって事は間違いないな。やっぱり異世界転生に近い感じだよな。
よし、どうしよう……わかった所でどうしようもないな。
転生物だとすると『向こうの』俺は死んでしまったのだろうか? いやそのまま召喚されたって可能性もあるのか。だとしたら帰れるのか?
とにかく思い出そう最後の記憶はやっぱり新歓の次の日にあいつと出かけて、遊んで、呑んで……? どうしたっけ?
『ズキッ』と頭の奥が痛む。それと共に起き抜けと同じ『ガンガン』とした痛みがぶり返してきた。
なんだ? あの日、どうしたんだ……頭の痛みがどんどん増してくる。立っていられない。座り込み子供のように頭を抱える。
あの日、あの日、あの日―― 痛みが更に増してくる。まるで思い出すことを避けているように、そこから先の記憶を思い出さないようにと。
その時フッと小さな手が伸びてきて俺の頭を包み込むように抱きしめる。
「大丈夫、私がいるよ」
突然痛みが引き、脳内にとある光景がフラッシュバックのように思い出される。
「大丈夫、私がいるわ」
真っ白い空間で、泣いているのは俺か?
逆光で顔はよく見えないが、綺麗な長い黄金色の髪が風に揺れている。このお姉さんが俺の頭を包み込むように抱きかかえながら耳元で囁いている。豊満な胸に顔をうずめながら……記憶と共に蘇る心の暖かさで、自分がこの女性に好意を抱いているのがわかる。その温かさに安らぎを感じているとスーッと頭の痛みが霧散していく。
なんだ今のは、でも今のはどちらの記憶にもない思い出だな。おっぱい最高。頭痛を吹き飛ばす効果あり。
だが現実は子供に頭を抱かれている。顔に当たる感触も山ではなく平面で、手がイイ子イイ子するように動かされると、途端に気恥ずかしさが出てきた。
「だ、大丈夫だ」
少し力をこめて体を離す。少し残念そうな顔はしたが、さほどの抵抗なく離れてくれたが目は笑っていた。
「泣きたくなったら言いなさい、いつでも胸貸してあげるから」
そんな平たい胸じゃなぁ~。せめてもう少し膨らみを……。
「何か言いたそうな顔ね」
ジトーっと半眼で睨んでくる。
「何も解らなくて心配なのねでも大丈夫、私がちゃんと教えてあげるから」
すっと真剣な目に変わり言われたが、残念ながらはずれだ。けどここで胸の事を考えてたなんて馬鹿正直には言う必要はないので適当に誤魔化しておく。聞きたいこともあるしな。
「何で──」
「ん?」
「何でこんな親切にしてくれるんだ?」
そう、ずっと気になっていたこと。初対面のはずなのに始めっからこの少女は俺に優しくしてくれている。
「勿論私の為よ。私には欲しいモノがあって、それを得るにはあなたの……カナメの協力が必要なの」
「こんな俺に出来ることなのか?」
「大丈夫カナメなら必ず手に入れられると信じているわ。だって私が協力するのだから」
「凄い自信だな。それとも手に入れるのは簡単な物なのか?」
「簡単ではないわね、でもきっと大丈夫よ」
小さい手もこちらに差し出して。
「私達二人なら……きっと大丈夫!」
今度は自信というより喜びが前面に出ていた。二人って所に何故か気恥ずかしさを感じてしまう。
「大丈夫、カナメならきっと私にそれ(・・)をプレゼントしてくれるわ」
「そこは何もいらないとか、言ってくれるところじゃないのか?」
「何の見返りもなく親切な人間なんて怪しいだけだわ。ギブアンドテイクな関係を築いた方がよっぽどましよ」
確かにな。
「ちなみに何が欲しいのか聞いてもいいか?」
俺の当然の問いにユリアと名乗った少女は満面の笑みを浮かべこう言った。
「あなたの心臓を貰うわ!」




