第1話
其は女神
百獣を統べる者なり
威光は広くあまねく我らを照らし
愛情は広くあまねく我らに注がれ
等しく恩恵を与え賜う
其の光が見えず
其の愛を疑うは
弱き者
汝の名は人なり
††††††††††
幼い頃は遠目で見ていた存在だった。町の中心にそびえ立つ大きな大きなこの建物は、少女にとっては恐怖の対象だった。
――ユピテル神殿。
一人前になるため、この大きな監獄のような存在であった神殿に、少女はようやく足を踏み入れた。荘厳な建物の中は、とてもとてもひんやりしている、と少女は思った。足が竦む。
この国では、16歳になると独り立ちをする。
「職業判定機」と呼ばれる機械に、己の職業を決めてもらうのだ。――成人の儀式である。
この世の闇を全て集めたかのような漆黒の髪を持つ少女もまた、他と同じように「職業判定機」の前に立ち、その判定を待っている。晴れわたった夜空のような瞳には、少しばかりの好奇心が見えて始めていた。
やがて、「職業判定機」に置いた左手の甲が光り出した。紋章が浮かび上がる。目映い光が消えると、おもむろに「職業判定機」は告げた。
『コノ者、スベテノ能力値、突出スルコト能ワズ、ヨッテ職業ヲ“勇者”トスル』
「―――――――――――え?」
かくて、少女の職業が決まった。
†††††††††††††
「長く生きていると、色々なことがありますなぁ」
と、目の前の神官があきれた口調で言い出した。
16年しか生きていないけど、私だってこれ以上のことなんか起こらないと思う。
「勇者という職業さえ珍しいのに、また選定の理由が…」
「………」
白ひげのおじいさんが、笑いを堪えて震え始めた。神に仕える人間のくせに、結構失礼な人だ。
「改めてエリンよ、職業を勇者として認定する。清く正しく世を照らすよう、努め給え。――汝の行く末に祝福を」
「――ありがとうございます?」
あまりありがたくない仰せに、うっかり疑問符で返してしまった。
「全ては神の御心。そなたが勇者になったのも、宿命であるぞ」
「…………はあ…………」
「それにしても……器用貧乏ゆえに勇者とは……くくっ」
あ、また震えだした。もう放っておこう。
――勇者かぁ……
父と母は、この町で診療所を営んでいた。だから自分も医療関係の職業かと思っていたのに。
突出した能力がないから、勇者だなんて…。勇者って、もしかして余りモノなの?
「そんなわけねーだろ」
やにわに否定する声が、神殿内に大きく響く。美声である。そして、私はこの声の持ち主を知っている。
「……あれ?声に出してた?」
「顔に出てた。おもいっきり」
「だってさ、キミのおじいさん、大笑いしてるんだもん。器用貧乏だから勇者だなんて、余りモノ職業なのかなーって」
目の前の幼なじみの瞳がクワッと開いた。まずい、説教コースだ。
「学校で何を習ってきた!勇者は余りものどころか、稀少性の高い職業ではないか!」
相変わらず、綺麗な紫水晶の瞳だなー。この色は、聖職者の特性だとか何とか…
「だいたい、突出していないだけで、中々秀でているんだぞ、お前は。もう少し自覚してだな…」
あ、左目の下に、小さなホクロ発見。付き合いも長くなったのに、知らなかったなー
「そもそもお前には”賜物“があるではないか!」
「…なんだ、”賜物“持ちだったのか。つまらぬな…」
あ、神官おじいさんが急に冷ややかになった。「任せた~」とか言って、立ち去っちゃった…
「聞いてるのか貴様!」
もちろん聞いてません。
長い付き合いなんだからさ、説教なんてきかないって分かりなよー。
面倒なことになりそうだ、と私は身震いした。