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43話 win-win

 再び僕たちは5階層に潜った。


 まずは普通に二、三体狩って作戦に必要な材料を採取する。


 それから、見通しが良い、広めの一本道に陣取る。


 『錬金学』の知識を用いて銅ハリネズミの皮を溶かし、100メートルくらいの床と壁の一部を薄く銅でコーティングする。


「ソイル」


 それから、土の魔法で僕の胸の高さくらいある土壁を作って、洪水時の土嚢のようにピッチリ壁の隙間を埋める。


 僕たちから遠い方――100メートル先の端には緩く登り坂になるように盛り土をする。


「ギャザーウォーター」


 そこまでしてから、僕は土の壁と登り坂の間の空間に水を注いだ。


 これで全長100メートルに及ぶ、幼児用のプールくらいの深さがある水たまりができた。


 床と壁を銅でコーティングしてあるので、水が染み込む心配はない。


 ――とはいえ、少しずつは減っているようだが、一時間に一回差し水をしてやれば十分といった減少スピードだ。


 図にすれば

        |

        |水 水 水   ↗

    僕  |______↗


           のようなイメージである。


  反対側にも全く同様の仕掛けを作り、左右の準備は完成だ。


「じゃあ始めるね」


 僕はハンドアックスと盾を床に置き、リュートをバックパックから取り出す。


 それから、演奏するのが簡単な単純なメロディーを反復するタイプの童謡を奏で始めた。


 ただでさえ音が反響しやすいダンジョン内に、『響』の効果でさらに増幅されたリュートの音色が拡散していく。


「どうかな?」


 一回演奏を中断して、ナージャに尋ねる。


「気配が近づいてきておりますわね。右が三体、左が二体くらいですわ」


「なら、もうちょっといけるかな」


 ナージャの意見を参考にしながら、再びリュートを手にして、演奏の間隔や音量を調節する。


「右から18匹、左から16匹きますわ」


「わかった。最初は実験だからこのくらいにしておこう」


 僕は一回演奏を止め、ハンドアックスと盾を拾い上げた。


 まあ使わないんだけど、備えは備えだ。


 バシャシャシャシャシャ。


 左右の水たまりの先端に、第一陣が到着する。


 銅ハリネズミは回転してこちらに迫ろうとするが、何分水中ということもあって、その速度は遅い。


 そうこうしている内に、第一陣の後ろから別の銅ハリネズミの一団が追い付いて、水たまりに突入する。


「ライトニングボルト 《ライトニングボルト》」


 その全部がしっかりと浸かりきるのを待ってから、僕は同時詠唱した。


 左右の水たまりに雷撃が直撃する。


 刹那、身体を痙攣させる銅ハリネズミたち。


 バチバチバチバチと弾けるような音を立てて、雷撃は水と金属の床を伝って伝染し、水たまりの中全てをたちまち電気地獄に変えた。


 もちろん、モンスターの中には銅ハリネズミ以外のものも混じっているが、基本金属質の身体をしているのでライトニングボルトが効くことには違いない。


 5秒ぐらいの間詠唱を継続すれば、もうそこに生あるモンスターは存在しなかった。


 その後二回くらい同じことを繰り返すと、もう僕の作った水たまりは、モンスターの死体で埋め尽くされていた。


「はえー。あっという間ですねー」


 ミリアが感心したように呟いた。


「楽ちんでよろしいですわね。ワタクシ、ティータイムの準備をしても構いませんこと?」


「うん。とりあえず上手くいったみたいでよかったよ」


 僕はもう一度左右のモンスターの絶命を確認してから、腰を落ち着ける。


 前と同じように魔法で水をナージャに提供した。


「でも、こんな良い方法があるなら何で皆さんやらないんでしょう。思いつかなかったんでしょうか?」


 ミリアが首を傾げる。


「魔法使いといっても、普通、生産職と戦闘職は習得するスキルが分かれるものですわ。初級相当の基礎魔法はどちらのタイプの魔術師も習得しますけれど、中級以降は目的に合わせてはっきりと習得スキルを絞るのが普通です。中級クラスの戦闘魔法から生産系の錬金学まで、両系統を習得しているタクマのような人間は珍しいと思いますわよ。その上、ダンジョンに潜る吟遊詩人なんてあまり聞いたことがありませんし」


 手際よくお茶を入れながら、ナージャがミリアの疑問に答える。


 つまる所、『生きているだけで丸儲け』の恩恵という訳だ。


「詳しいね」


「そりゃフリーで長くやっていくには、様々な知識が必要ですもの」


 ナージャはすまし顔でお茶を口に運ぶ。


「すみませーん。冒険者ギルドから来たんっすけど、運ぶモンスターはこいつらで大丈夫っすかー?」


「うおっ。めっちゃいるな」


 そんな感じで僕たちが小休止を取っていると、4階層へと続く道から複数の人影がこちらに近づいてきた。


 ドワーフや獣人など、力持ちそうな面々が揃っている。


 総勢、4名の、ルカさんに手配してもらった運び屋さんたちだ。


 彼らはギルドカードを僕に見えるように掲げて、身分を証明してくる。


 間違いなくルカさんが事前に教えてくれていた名前と一致するようだ。


「ありがとうございます。足下が濡れて申し訳ないですが、解体して持って行ってください」


 僕は立ち上がって、彼らに頭を下げた。


「もっとエグい現場でも慣れてるんで全然平気っすよー。で、依頼の銅ハリネズミ以外のモンスターはどうしますか?」


 リーダーらしき獣人の男性が、何かを期待するような目で僕を見つめてくる。


「もしよかったら、皆さんで自由に処分してください」


 僕は、彼らの言わんことを察して、そう告げる。


「マジっすか! 太っ腹っすね!」


「うおめっちゃやる気出てきた!」


 運び屋さんたちが嬉しそうに顔を見合わせた。


 銅ハリネズミの中に混ざっている、屑鉄顎アリと硬皮ガエルは、不純物の多さや利用できる部位の少なさで、換金性では銅ハリネズミにかなり劣るのだが、それでもまとめて売れば馬鹿にならない金額になるらしい。


「その代わりといってはなんですが、なるべく急いでもらえると嬉しいです。僕たちこのカリギュラに滞在している期間が長くないので、短時間で稼ぎたくて」


「任せてくださいっす! ギルドの発注では4人っすけど、今日休みの仲間にも声かけてみるっすねー」


 リーダーらしき獣人の男性が、上機嫌で頷く。


 運び屋さんたちはさすがプロの手際で、あっという間にモンスターを解体し、持ち去って行った。


「タクマがお人好しな手緩い譲歩をするようならワタクシが出張っていこうかと思いましたけれど、意外に交渉上手ですのね。あなた」


「交渉っていうほどのものでもないでしょう。どうせだったらお互い気持ちよく仕事できた方がいいじゃないですか」


 下手に機嫌を損ねられて、彼らに怠業されたら困るのは僕たちなのだし、ある程度利益は分け合った方が敵が減る。


「えへへ、タクマさん、優しいから好きですー」


 お茶請けでリスみたいに頬を膨らませたミリアが頭を擦り寄せてくる。


「どうでもいいですけれど、ミリア。あなた、お茶請け食べ過ぎですわ。今後は料金制にしますわよ」


 後一枚くらいしか残っていないクッキーを見て、ナージャがそう釘を刺す。


「ええー! 今までは食べ放題だったじゃないですかあー!」


 ミリアがせつなげな声で訴える。


「一回こっきりのパーティーなら、親睦兼宣伝費用として割り切りますけど、継続的にパーティーを組むなら、締めるところは締めますわ」


「そんなー!」


「みんなで使う物は雑費として共同でお金をプールしてもいいかもしれないね」


 などと、雑談をしながら、運び屋さんたちが5階層を出るのを待って、また狩りを始める。


 モンスターの死体の山を積み上げて、しばらくすると、今度は運び屋さんたちが七人になって戻ってきた。


 さらに回転効率を増し、狩りは繰り返される。


 運び屋さんたちが5往復くらいする頃になると、この階層にいるモンスターのかなりの部分を狩りつくしてしまったのか、段々と敵が集まらなくなってきた。


「お疲れーっす。俺らはまだまだいけるんっすけど、ルカさんがそろそろ倉庫がパンパンなんで勘弁してくれって言ってったっすよー」


「そうですか。僕たちもそろそろ敵が捕まらなくなってきたんで切り上げようと思っていたところです」


 運び屋さんの連絡をきっかけに、僕は今日の仕事の終わりを決断する。


「了解っすー。じゃあ、これが最後っすねー。にしても、こんなに少人数でこれだけたくさんのモンスターを仕留めた人たち初めてですよー。こんな狩り方もあるなんて、勉強になるっす」


 運び屋さんは雑談をしながらも、瞬速で銅ハリネズミの皮を剥ぎ、余った死肉をその辺に放り投げる。


 僕の作った水たまりは、様々なモンスターの血が混ざりあい、黒く濁っていた。


「いえいえ、今日はとてもお世話になりました。でも、こんなにモンスターの死体出しちゃって、怒られたりしませんかね?」


 狩りの時は目の前の敵に集中していて気にもしていなかったが、材料を剥ぎ取られた後のモンスターの残骸が積み重なって、僕たちの周辺の通路がかなりエグいことになっている。


「大丈夫っすよ。ライバルが少なくなったと分かれば、4階層で力を蓄えた銅ハリネズミや、6階層から追いやられた硬皮カエルが生存領域を求めてすぐに穴埋めするっすから。そいつらが死骸をおいしく頂いちゃうっすよ」


「へえ。そういうものですか」


「タクマ。気配がどんどん近づいてきてますわ。モンスターではなく、人です。レベル10代前半くらいのが1人。レベル20代前半くらいのが6人。……一人、レベル30代がおりますわね。かなりの使い手な感じがします」


 僕が運び屋の人と雑談をしていると、ナージャが突如口を挟んでくる。


 僕は、武器を構え、万が一の危険に備えた。


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