20話 ミリア
「じゃあ早速、ダンジョン探索を始めようか。今日のノルマはビッグマッシュルーム10体の討伐だから、気楽にいこう」
ダンジョン一階層に潜った僕は、背後のミリアにそう語りかける。
「が、頑張ります!」
「じゃあ、まずはライトの魔法をお願い」
「は、はい!」
瞬間、目の前に出現した光球が閃光を放つ。
目のくらむようなまばゆさに、僕は目を瞑った。
「あの、近すぎてまぶしいんだけど」
「ご、ごめんなさい!」
光源が遠ざかるのを瞼越しに感じて、僕は目を開いた。
「大丈夫。じゃあ行こうか」
僕は努めて穏やかに言って、ゆっくりと歩き出す。
右手にはロングソード。
一応、松明も用意してはあるが、今日は左手には鉄製のシールドを装備している。
15分ほど歩いて暗がりの小道に入ると、早速、ビッグマッシュルームを見つけた。
ファサー。ファサー。ファサー。
威嚇するように胞子を飛ばしてくるビッグマッシュルーム。
「ウインド――じゃあ、試しに僕にプロテクトをかけてくれるかな?」
僕は風で胞子を跳ね返しつつ、ミリアに問いかけた。
「は、はい!」
ミリアが慌てて杖を構える。
「ヒューーーー!」
風切り音にも似た奇声を上げ、ビッグマッシュルームが突進してくる。
本来そんなに好戦的なモンスターではないのだが、今回のは通常個体よりやや色が紫がかっている。
変異種らしい。
僕はすかさず一歩後ろに跳んで、ロングソードを構えた。
「プロテクト!」
ミリアが詠唱した。
「え!」
僕は思わず驚きの声を漏らす。
ミリアがプロテクトをかけたのは、先ほどまで僕がいたところ――つまり、今はビッグマッシュルームがいる地点だった。
キラキラと光り輝くビッグマッシュルーム。
「ファイア!」
僕は物理防御力を無視できる魔法で、容赦なくビッグマッシュルームを焼き払う。
「ご、ごめんなさい! ごめんなしゃい!」
「いや、大丈夫だから。次いってみよう」
(まあ、偶然間が悪かっただけだろう)
そう楽観視していた僕は、やがてそれが甘い考えだったと思い知らされる。
「うひいいいい!」
ヒールをかければ敵を回復。
「す、すみましぇーん!」
杖を振り回せば、僕の太ももを殴打。
「わ、わざとじゃないんですううううううううう!」
光球は度々僕の視界を塞ぐ。
一挙手一投足が、客観的にみれば、完全に利敵行為になってしまっている。
なんだろう。
ミリアは、行動が常にワンテンポ、ツーテンポ遅れてるというか、事前に予測を立てずに僕に言われてから動いている気がする。
失礼だが、ミリアは彼女自身の頭で考えるのではなく、命令に従って動く出来損ないの人形のような印象さえ受けてしまう。
結局、ダンジョン探索が楽になるどころか、僕一人でやるのと比較して数倍もの労力を費やす結果になってしまった。
それでも、基礎ステータスの差に任せてゴリ押しし、何とかミッション分のビッグマッシュルームは狩り尽くす。
腐っても僕はレベル30だ。
さすがに最弱モンスターに後れを取ることはなかった。
「ご、ごめんなさい。たくさんたくさん迷惑かけちゃいましたあああああ! お願いだから捨てないでくださいいいいいいい!」
ミリアはダンジョンを出た途端、僕の脚にすがりついてくる。
「ははは、ま、まあ、初日だしね」
そう笑い飛ばしながらも、僕は正直困っていた。
多少ミリアが問題ある冒険者である可能性は考えていたが、これは想像以上だ。
っていうか、これ、僕とミリアの相性云々以前の問題じゃないのか?
*
「今日は上手くいかなかったよ。行動の全てがズレてるっていう感じで」
こうして初日が終わり、テルマさんの家に帰った僕はそう報告する。
「そう……やっぱりダメだった」
料理を準備して僕を待っていてくれたテルマさんは半ば予期したような雰囲気を醸し出しつつも、肩を落とす。
「これは機密情報かもしれないけど、そもそも、どういう経緯でミリアと契約することになったの?」
僕は、少しでもミリアについての情報を得て、改善に繋げたいと思い、そう質問する。
「本来なら担当冒険者の個人情報は話さないけど、今回はミリアから許可を得てるから大丈夫。彼女は元々、私のギルドの別の担当官と契約していた。でもその担当官は先日のグースの一件で不法行為の共犯者として逮捕された。それで、逮捕された担当官と契約していた冒険者はフリーの状態になった」
「そうなんだ。でも、あの一件からテルマの所に来るまでタイムラグがあるよね?」
「その間、ミリアは他の担当官の下を転々としていた。そもそも、ヒーラーの需要は高い。どの担当官も初めは喜んでミリアと契約しようとした」
ヒーラーはその性質上、他の神と同時に信仰しにくい上、魔物以外に対する些細な殺傷でもペナルティがあるため、生活上の制約がきつく、血の気の多い冒険者には人気の薄い職業だ。
また、自分の身を自分で守れない以上、ミッションを受ける場合、他の冒険者に依存せざるを得ず、行動の自由度も低くなる。
でも、パーティ単位で考えるといないと困る職業であり、その需要と供給のバランスの悪さで、ヒーラーは常に不足しているようだ。
「……それでもどこにも受け入れられなかった?」
「そう。大抵の担当官は、自分で面接して採用した以外の冒険者と契約する場合、試用期間を設ける。結果、いずれも試用期間中にミリアを見限っている。必要なところで機能しないならまだしも、敵モンスターに対してヒールをかけるような大ポカを何度もやらかしたから」
テルマさんの話は大いに納得がいった。
今日のようなことを繰り返していれば、一人一人が個人事業者で実力主義の冒険者たちは、まずミリアを受け入れないだろう。
「そういう評判があると知っててもなお、テルマはミリアを採用したんだね。……もしかして、テルマ、自分のせいで彼女が仕事を失ったと思って罪悪感を抱いてる?」
端的にいえば、僕はテルマさんがたらい回しにされたミリアに同情して受け入れたのではないかと疑っていた。
もしそうなら、それは彼女のためにならないと思う。
冒険者としての適性がないなら、彼女が他の職業で身を立てられるように協力した方が建設的だ。
「――そういう感情があることは否定しない。でも、今の私たちのような状況の下にまともなヒーラーが加入してくれる可能性は低い。彼女が欠点を克服して一人前のヒーラーとして機能してくれれば、かける労力以上の見返りはある」
テルマさんが冷静に回答する。
確かに、今のままではいつまで経っても僕とテルマさんの二人所帯のままだ。
ミリアのような欠点のある冒険者を受け入れて活用できれば、評判を聞きつけてテルマさんと契約したがる冒険者が増えるかもしれない。
と、なると、やはりミリアを何とかしなきゃいけない訳だが……。
「なるほど。……でもまてよ? 最初の担当官の下では上手くいってたんだよね? なら、そのやり方を真似すればいいんじゃないかな」
ふと思った。
最初の担当官のパーティの下では、少なくともミリアはレベル18になる程度までは成長できたのだから。
「……大体そのやり方の予想はつくけど、多分それは気持ちのいい方法ではないし、憶測で物は言いたくない。私の勝手な言い分だけれど、タクマがミリア本人から事情を話して貰えるくらいの関係性を築いてくれると嬉しい」
テルマさんが複雑な表情で言う。
「うん……。そうだね。確かに、テルマの言う通り、他人の事情をその人のいないところで詮索するのはよくないな」
僕は頷き、それ以上の質問を止めた。
とにかく、ミリアの問題は能力よりもそのメンタルにありそうだ。
僕はテルマさんの料理を口に含みながら、ミリアへの対処法に思いを巡らせた。
と、いう訳でドジっ娘育成です。




