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182話 宣戦的結婚式

 あれよとあれよと言う間にことは進んで、結婚式当日。


 僕は、カリギュラの謁見の間にいた。


 目の前には、玉座。


 その前に、僕とフロルさんが跪いている。


 周りには、カリギュラの主だった臣下たちが、結婚式用の華麗な衣装に身を包んで整列している。


 それだというのに、当の僕たちは、戦装束を着ていた。


 僕なんかは、冒険者時代に――というか今も普通に使っているゴリゴリの実用品。


 フロルさんは、前にスタンピードの時に来ていた鎧に加え、今日は結婚式ということで、純白のベールを被っていた。


『あんた。もうちょっとしゃっきりしなさいよ。間抜け面を世界に晒すことになるわよ』


 僕たちの後ろにいたリロエが、僕に囁いてくる。


 ベールガールとして僕たちに随行しているリロエは、同時に映像の発信者でもあった。


 彼女が精霊を使って把握した映像は、他のエルフに伝言ゲームのように伝えられ、各地に拡散される。


 そのために、一時的にだが、王宮での魔法の使用の制限は解除されていた。


 なお、外部の協力者のエルフに渡りをつけてくれたのは、もちろんイリスさんだ。


 故郷の里での一件以降、彼女の構築に奔走していたエルフの連携網が、如実に役に立った形だ。


 全世界――とまではいわないが、少なくとも僕たちの地域には、今回の結婚式の様子がリアルタイムで映像中継がされることだろう。


 といっても、先にやった実験では、地球のテレビ中継ほど完全に同じ映像をどこでも再現できる訳ではない。しかし、それでも趣旨を損なわない程度のクオリティは達成できていた。


 これから僕たちが勝って、アルセさんの救出に成功すれば、アレハンドラとの友好関係が結べるだろう。そして、あの国の情報技術の提供を受けられれば、誇張抜きで、全世界にメッセージを届けられるようになる体制を構築するのも夢ではない。


 ちなみに、他の妻たちは色々と体裁が悪いので、領地で留守番をしてもらっている。


「グラゼ=カリギュラ殿下、御成ぃー!」


 やがて時は満ち、玉座の近くに控えた衛士が、声高に叫ぶ。


 グラゼ王は泰然自若な足取りでやってきて、玉座へと腰かけた。


 前に会った時は、王様なのにシンプルな格好をしている印象だった。しかし、今日は正装なのか、王冠に王笏(杖)、マントもフル装備で、いかにも『王様っぽい』格好をしている。


「タクマ辺境伯よ。面を上げよ」


「はっ」


 僕はゆっくり顔を上げる。


「さて――今日は、余の娘とそなたの婚礼を執り行うと聞き及んでいるが、このめでたい日和に、戦装束とはどういうことか」


 王は、すっと目を細め、僕に問いかけてくる。


 もちろん、事前に念入りな根回しがされているので、これは茶番だ。


「お見苦しい姿を御身の前に晒す無礼をお許しください。しかし、僕たちがこのような良き日を迎えている今この瞬間も、世界は、『総統』を名乗る不埒者どもとの戦いに難儀しております。『僕だけが安穏と幸せを貪っていてよいものか』。日々、悶々としておりました。そんな折、このような救援要請が届き、居ても立っても居られなくなったのです」


 僕はうやうやしく、アレハンドラから送られてきた書状を差し出す。


 衛士がそれを受け取って、グラゼ王へと取り次いだ。


「ほう。勇者アルセがそなたに助けを求めているか。魔族どもの兵に、ヒトの裏切者もおるようだ」


 書状に目を通したグラゼ王が呟く。


 本当はアルセさん本人からの救援要請でもないし、僕個人に向けての書状でもないが、敢えてそこに触れるほど、グラゼ王愚かであるはずもない。


「はい。僕と勇者アルセの間には、アレハンドラで共に魔王の奸計に立ち向かった縁がございます。その後、片や勇者アルセは、義のために兵を起こし、自らの身も顧みず、魔王を倒しました。のみならず、『総統』とやらの侵攻にも勇敢に抵抗を続けている。片や僕はといえば、陛下のご高配に甘え、封土を治めさせて頂いております。そして、いまや、カリギュラの至宝たるフロル様を伴侶に迎える光栄にまで俗そうとしている。しかし、我が身の幸福が募れば募る程、世界のために身を捧げている不遇な勇者アルセを――かつての朋友を見捨てるに忍びない気持ちも強くなっていったのです。その想いが、今朝いよいよ頂点に達し、気がつけば、婚礼衣装ではなく、戦装束を選んでおりました。お恥ずかしい話ですが」


 僕はそう答えて頷いた。


「なにを恥じることがあろうか。辺境伯は義人である。スタンピードの折にも、そなたはただヒトの命を慈しむが故に、義務も義理もなかった余のために戦ってくれた。その義侠心に感じ入ったが故に、余はそなたに封土の一部を任せたのだ」


「もったいないお言葉、痛み入ります。しかし、私はやはり卑しい庶民から身を起こした者です。軽挙妄動だと笑う者もいるでしょう。陛下が、このような僕が、フロル様にふさわしくないと仰せになられたとしても、それは当然のことです」


「それは余が決めることではない。娘が決めることだ。フロルは辺境伯の決意をどのように考えておるか。申してみよ」


「私は、タクマ様の万民を思いやる優しさと正義の志に惹かれて、伴侶となることを望みました。当然異論があろうはずもございません」


 水を向けられたフロルさんが、しずしずと答える。


「ふむ。それでは、そなたは、華々しい結婚式や、愉快な披露宴や、贅の限りを尽くした七日七晩の祝宴よりも、魔族共との血と泥にまみれた戦を望むというのか」


 グラゼ王が、確認するように言う。


「はい。『総統』やらの軍勢は、今や破竹の勢いでヒトの領土を侵食しております。やがて、私たちの国土を侵す日もそう遠くないことは自明。このような国家の非常時に、壮大な結婚式を望むなど、カリギュラの貴族として恥ずべきことです。その歳費があるならば、戦に備え、兵士を一人でも多く養うのが、私どものあるべき姿。お父様さえお許しくださるならば、今すぐにでも、このベールすら脱ぎ捨て、タクマ様と戦場に赴きたいと考えています」


 フロルさんが祈るような格好で呟いた。


「その意気やよし。カリギュラは正義と平和を愛す、誇り高き国家である。そして、その要たる我らは、最も気高くあるべきだ。そう考えた時、タクマ辺境伯と、娘の決意は、まことに国是に適うものである。故に、余はそなたたちの結婚を祝福する。されば、タクマ辺境伯よ。いや――余の息子よ。娘よ。臣民の――世界の敵を屠り、勇者を救え。ヒトと我らの威信を傲岸不遜の魔族どもに見せつけよ! 世界は滅びぬ! ヒトは滅びぬ! カリギュラが滅ぼさぬ!」


 グラゼ王が立ち上がり、王笏を掲げた。


 さすがに、本物の王様だけあって、言葉のトーンや身振り手振りの調整が上手い。


 本当は僕に同じような演説をさせようという案も提示されたが、僕はこういう演技は正直苦手だから、遠慮させてもらった。


「――聞け! 余の頼もしき臣民たちよ。これより先、タクマ辺境伯の言うことは全て、余の言葉であると心得よ! これが、その証左である!」


 続けてグラゼ王が僕に歩み寄ってくる。


 そして、衛士も使わず、直接僕に王笏を手渡してきた。


 これは、軍事権の全権委任を意味するらしい。


「はっ。身に余る光栄です!」


 僕は恭しくそれを受け取り、深く頭を下げる。


「辺境伯! 我らもお供します!」


「どうか、魔族との戦に連れていってください!」


 若い貴族が、僕の周りに集まってくる。


 この人たちは本当に一旗揚げたい貴族の次男坊、三男坊なので、ある意味でやらせではない。


「心強い勇敢な仲間を得られ、胸が熱くなりました! ――姫。こんな僕ですが、結婚してくださいますか?」


 僕は滂沱の涙を流しながら立ち上がり、フロルさんに向き直る。


 当然、涙は、水の精霊が作った嘘ものだ。


「はい。死が二人を分かつ時まで、お側にいさせてください」


 フロルさんは、すっと立ち上がり、控えめな、けれども通りのいい声でそう宣言した。


 月並みな定型句だが、戦争を前にすると、その言葉にぐっと重みが出てくる。


「……」


 僕は、彼女のベールをめくる。


 フロルさんは儚げに微笑み、完璧な演技で、健気で気丈な女性を演出してみせた。


 触れるか触れないかくらいの感覚で、僕たちは唇を合わせた。


「若き二人の未来に栄光あれ!」


「カリギュラ万歳! 我らに勝利を! 魔族に死を!」


 鳴り響く万丈の拍手。


「それでは陛下、失礼致します」


「きっとお父様に勝利を捧げます」


「励め」


 グラゼ王に挨拶を済ませ、僕たちは踵を返す。


 フロルさんがベールを脱ぎ捨てて、僕の腕にしなだれかかってきた。


 彼女をエスコートする形で外に出る。


 そのまま、パレード用の馬車に乗って、街を走る僕たち。


 見せびらかすために、客車はオープンだ。


「俺も戦うぜ!」


「カリギュラ最高!」


「正義と勝利を!」


 民衆が駆け寄ってきて、馬車の後にぞろぞろと列を成す。


 実際に訓練を終えた兵士が主な面子だが、鍛冶屋や、コックさん、少年、少女、老若男女が入り混じっている。


 『総力戦』ということで、上も下も、国民が一丸となって戦うという姿勢を見せたいようだ。


 僕的には、どこかの独裁国家を思わせる演出で正直趣味ではないのだが、ここらへんはフロルさんたちが決めたことなので仕方がない。


 やらせはやらせなのだが、一応ボランティアだし、意外とお祭り感覚でノリノリにやりたがるヒトが多かった――と折衝にあたったレンは言っていたので、まあいいだろう。


 やがて、僕たちはカリギュラの城門の外に出る。


 その先では、今度は、訓練を終えた銃兵が、がっちりびっしりと隊列を組んで僕たちを待っていた。


「皆、助力に感謝する。さあ、勇者アルセを助けに行こう!」


 軍団の先頭に立って、僕たちの馬車は進んでいく。


 見送りをする国民が、城門から溢れ出す。


「もういいわよね?」


 程よい頃合で、リロエが中継を切った。


 それに合わせて、行軍も中断する。


「ふうー。上手くいきましたねー」


 フロルさんがかわいらしく息を吐き出す。


「はい。緊張しました」


「では、こちらのことは私に任せてくださいー。後の戦場での具体的なことは、ダブラズと相談してくださいねー」


 フロルさんが、変わり身も早くさっと馬車から降りて、僕に手を振ってくる。


「ガハハハハハ! タクマ殿! 共に悪辣な魔族を滅ぼし、戦史に名を刻みましょうぞ!」


 代わりに乗ってきたのは、スノーのお父さん――ダブラズさんだ。


 なお、ダブラズさんが敬語なのは、僕がグラゼ王から王笏を受け取っているので、それに配慮してのことだろう。


「よろしくお願いします。頼りにさせてもらいます」


 僕は、声色に出来る限りの敬意を込めてそう挨拶する。


 僕も全体の方針には意見をさせてもらうが、実務的に大軍を指揮した経験はないので、彼の協力が必要不可欠だ。


 本当は頭も下げたいところだが、一応、立場的にこの場では僕が一番上ということになっている。軍務規律や他の兵士の手前、それは許されなかった。


 こうしてパートナーを美女からたくましい中年男性へと変え、僕は戦場へと出立するのだった。


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