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148話 防衛機構

「何とか準備は無駄にならずに済んだか……。キャラはめちゃくちゃだけど」


 僕はそうひとりごちる。


 アルセが異常をきたした瞬間、僕は風の精霊にすぐ伝言をした。


 内容は、『他の冒険者を助け、できる限り時間を稼ぐこと』。


 それ以上でもそれ以下でもない。


 もちろん、僕だって、あんな悲惨な状況に陥ったアルセを見れば、当然、助けてあげたいとは思う。


 でも、現状は助けることはおろか、人形でアルセを倒して止めることすら、無理な相談だった。


 それならば、一人でも多くの英雄を救うことが、今の僕が、誰かを傷つけたくないアルセのためにできる、精一杯と言う他ない。


『タクマ=サトウ。ジルコニアを倒した、ヒューマン種でありながら精霊魔法を使う男ですか』


 僕の人形の名乗りに、アルセが胡乱な一瞥(いちべつ)を向ける。


『どういうことだ。あいつは、途中でリタイアしたんじゃなかったのか?』


『なんにせよ、素晴らしい! 息継ぎ(ブレス)、ありがたく使わせもらいましょう!』


 他の英雄たちが、火の精霊の攻撃から生き残ったモンスターを蹴散らしながら上階に殺到する。


『ふふん。そうだよ? どう? ボクを殺したくなってきたでしょ?』


 そんな中、僕の人形は敢えて、アルセの方へと近づいて行った。


『愚かな。その程度の偽装で、私をたばかれるとでも思いましたか?』


 アルセが鼻で笑う。


 さすがに人形であることは見抜かれているようだ。


(まあ、それは僕も織り込み済みなんだけど)


『そんなこと言っていいのかなー? ボク、実はすっごい秘密を知ってるんだよねー。はーい注目! 今からみんなにエルフ以外でも精霊魔法を使える方法を大発表しちゃいまーす! ヒューマンのキミも、ドワーフのキミも、獣人のキミも、これで今すぐ英雄だ!』


 僕の人形が、記者根性からかその場に残った撮影班に向けて、両手でピースをする。


 僕の指示通りの発言だ。


 相手がそれなりの知能がある相手なら、たとえ九割方はったりだと分かっていても、放置できないはずだ。


 エルフ以外の種族が精霊魔法を使えるようになれば、たとえここで全ての英雄を殺しても、ヒトサイドの大幅な底上げは間違いないのだから。


『……いいでしょう。その浅はかなもくろみに付き合って差し上げます。どのみち全員殺すのですから、遅いか早いかの違いです』


 アルセが僕の人形に向けて、その切っ先を向ける。


『できるものならやってごらん! ほらーほらー。魔王さんこちらー。手の鳴る方へー!』


 僕の人形が拍手でアルセを煽りながら、階段を跳ぶように登る。


 同時に階上に待機させていた、僕の人形以外の残りの五体が、活動を停止して地面に倒れる。


 人形の偽装が敵に看破されている以上、同時操作を維持するメリットはない。


 それより、精霊の力を僕の人形一体に結集した方が、より多くの時間を稼げるはずだ。


『こ、これはなんということでしょうか! ご覧ください! リタイアしたはずのタクマ=サトウが、乱心の勇者を引き付けております! 我々の英雄はアルセだけではないのです! 「能あるドラゴンは牙を隠す」の諺にもある通り! 真の英雄が、秘めたる力を解放する時が来たのか!? 頑張れタクマ! それ行けタクマ! 世界の命運は、あなたの手の中にある!』


 実況が取り繕うようにペラペラしゃべりだす。


 調子がいいなあ、と思わなくはないが、こんな状況でも逃げ出さないプロ根性は素直にすごいと思った。


『さあ! どうしました! その程度では時間稼ぎにはなりませんよ!』


 アルセの身体が、一瞬で僕の人形に肉薄する。


 彼女が左手から放った黒い弾丸が、僕の人形の頬をかすめた。


『うわっ! さすがに速いね! うーん。これ重くて邪魔だな。脱いじゃえ!』


 僕の人形が、鎧をパージする。


 さらに、兜を脱ぎ、盾を捨て、剣をアルセに向かって投げつけた。


 精霊魔法で戦う彼らにとって、それらは負担でしかないようだ。


 まあ、さすがにカリギュラの王様から貰った宝剣は人形に預けてないし、他の兜や鎧は代替がきく物だから、それ自体は問題ない。


 問題ないけど……。


(それにしても、脱ぎすぎ!)


 装備だけに留まらず、僕の人形は、その下の肌着まで自らの風の魔法で切り裂き始める。


 精霊と人間の感覚は違うから仕方ないんだけど、さすがに下着くらいは残しておいて欲しかった。


 というか、人形はどうでもいい所まで正確に造られているんだな。


「うわー。タクマさんのタクマさんが! すごいことに!」


 ミリアが両手で顔を覆う。


 しかし、指の隙間から、ばっちり映像を見ていた。


「……これじゃあ、あんた、かっこいいんだか、かっこ悪いんだかよく分からないわね」


 リロエが困惑気味に呟く。


「タクマも大概お人好しですわね。助ける義理もない赤の他人のために、ここまで恥ずかしい真似をするなんて」


 ナージャが感心と呆れの入り混じった声で言って、肩をすくめる。


「まあ、僕が恥をかくくらいでたくさんの命が助かるならいいよ。といっても、これ以上のことをするつもりはないけど」


 僕は呟く。


 ナージャの言う通り、確かに僕には他の英雄たちを助ける義務はない。


 でも、もし、ここで全ての英雄が死んでしまえば、魔王の言う通り、ヒト側の戦力は大きく後退するだろう。


 結果、魔族サイドの勢力が伸張すれば、ヒトの世界は混乱し、それは巡り巡って、僕たちの暮らしも脅かすはずだ。


 無理はしないが、できる限りで支援することは、間接的に僕のためでもある。


「主。昇降機が参りました!」


 先に部屋の外で待機していたレンが、僕にそう報告する。


「タクマ。早急に脱出を」


「うん。行こう」


 僕たちは、ここ数週間お世話になったスイートルームから出る。


 そのまま、エレベーター的なマジックアイテムに乗って、チェックアウトの手続きのためにロビーへと降り立った。


「うわっ! なによこれ! すごい人ね!」


「まあ、当然、皆、一刻も早く逃げ出したいに決まっておりますわよね」


「でも、それにしても、なんかちょっと雰囲気がおかしくないですか?」


 ミリアが首を傾げる。


 彼女の言う通り、ロビーには、チェックアウトを希望しているだけとは思えない怒号が、あちこちで飛び交っていた。


「どういうことだ! なぜ、街の外に出られない!?」


「ですから、何度も申し上げております通り、数分程前、アレハンドラ外部から大量のモンスターの襲撃を確認したのです! それに反応し、街の防衛機構が第一種警戒態勢に入ったため、街の外には出られません! 安全のため、今しばらく、どうかお部屋の方でお待ちください」


「しばらくって一体どれくらいだ!?」


「それは、外のモンスターが排除されるまでとしか……。詳しくは政府発表をお待ちください!」


「そんな悠長なことを言ってられるか! 魔王がダンジョンから出てきたらどうする! 俺が出て行く一瞬だけもいいから、さっさと結界を開けろ!」


「虫の穴から堤崩れるという言葉もございます。一瞬開けたその穴から強力な魔族が侵入すれば、魔王以前に、街が破壊されるやもしれません」


「うるさい! それを何とかするのがお前たちの仕事だろう! ここは最高級ホテルなんだろうが! こっちは馬鹿高い金を払ってるんだぞ!」


「そうおっしゃられましても、防衛機構の運用を決めるのは私共ではなく、お役人の方々でございますので……」


 僕たちは、ホテルの従業員と、客の押し問答から、僕たちは概ねの状況を把握する。


 どうやら、今、僕たちは結界の外に出られない状況にあるらしい。


 このままアルセが英雄を追ってダンジョンから出てくれば、内と外からの挟み撃ちという訳だ。


「魔王は、この日のためにスタンピードを仕組んでいたということですか?」


「ええ。そりゃ、あの勇者娘に十数年越しのトラップを仕込むくらいですもの。英雄たちを逃がさないために、それくらいの準備はしていてしかるべきですわよね」


 ミリアの疑問にナージャが頷く。


「……ごめんなさい。これは私のミス。アレハンドラの防衛システムについて、もう少し詳細な情報を入手しておくべきだった」


 テルマが唇を噛む。


「急な予定だったし、仕方ないよ。――リロエ。外の状況を確認したいから、ちょっと僕に付き合ってくれる?」


「わかったわ!」


 僕はリロエと一緒にホテルの外に出て、飛び上がり、結界の天井ギリギリまで近づく。


 僕たちが街に来た時には緑色だった結界が、今は赤色に変化していた。


 そのまま、僕は水精霊の望遠鏡で、遠く結界の外の景色を眺めた。


「途方もない数だな……」


 思わず、僕はそう呟く。


 一体どこから現れたのか。


 巨大なアレハンドラの街の周囲を、さらに巨大な黒山の円弧が覆っている。


 さすが魔王の号令という訳か、カリギュラのスタンピードと比較しても、動員されているモンスターの数が(けた)違いらしい。


 もっとも、アレハンドラもさすがは世界の中心を豪語するだけあって、結界はびくともしておらず、街から放たれるビームにも似た光線が、次々とモンスターを倒してはいる。


 しかし、あれらを排除するのにかかる時間は、どうやら一日や二日の話ではなさそうだ。


「すごい結界ね。精霊魔法じゃなくてそれ以外の変な力がぐちゃぐちゃで、少なくとも今の私の精霊魔法じゃ、穴を空けたりするのは無理だわ」


 結界に手をかざして、探りを入れていたリロエが、悔しそうに呟く。


「今ダンジョンにいる僕の精霊を呼び戻したら、強引に突破できると思う?」


「厳しいんじゃないかしら。仮に突破できたとしても、精霊の力をかなり消耗しちゃうだろうし、その状況でモンスターがいっぱいいる外に出るのって、めちゃくちゃ怖くない?」


 僕の問いかけに、リロエが首を横に振る。


「うん。やっぱりそうだよね。戻ろう」


 リロエのもっともな言葉に頷く。


 再びホテルへと帰還しながら、段々と(せば)まってくる選択肢に、僕は思いを馳せていた。

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