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140話 警戒

「え! なにそれって、あの娘がやば――」


「うん。やばいくらいおいしいよね。アルセさんのサンドイッチ」


 風精霊の言葉に頬を引きつらせたリロエの口に、僕はアルセさんの食べかけのサンドイッチを突っ込んで黙らせる。


(もし、本当にアルセさんが敵だったら声に出したらまずいでしょ。筆談で)


 僕はお茶で湿らせた指で、地面に文字を書いて、リロエをたしなめた。


「プハっ。ありがと。ウチばっかりじゃ悪いからあんたも食べなさいよ」

(分かったわ! っていうか、もっと別の黙らせ方があるでしょ! 毒が入ってたらどうすんのよ!)


 リロエが即座に口からサンドイッチを離して、にこやかに僕につき返してくる。


(すでに他のグループが食べてるから大丈夫だとは思うけどね)


 僕はそう答えつつも、念には念を入れることにする。


 リロエから受け取ったサンドイッチを、食べるふりをしながらちょっとずつ焼いていき、灰にして土埃に紛れさせた。


 冤罪ならアルセに大変失礼な話だが、彼女が見たままの性格なら、これも冒険者の(さが)と笑って許してくれるだろう。


「あらあら。大人気ですわね」

(なにがあったんですの?)


 ナージャがほほえましげにカップを口に運ぶふりをしながら指を濡らし、筆談に参加する。


 僕とリロエ以外のメンバーには精霊が見えないので、当然風の精霊の発言も聞こえていない。


「うん。やっぱりオーソドックスなものほど奥が深いよね。同じサンドイッチでも全然違う」

(端的に言うと、アルセさんが魔族の可能性がある)


 僕は一度書いた文章をさりげなく足で擦って消し、再度書き直す。


 もちろん、いきなり沈黙するのは不自然なので、当たり障りない会話を続けながら。


「いくら食べても飽きませんよね!」

(えー! 本当ですか!?)


 ミリアがサンドイッチを食べるのに合わせて、大きく口を開けた。


「あまり食べると動きが鈍りまするぞ。ご自愛くだされ」

(本当であれば一大事でござるが……。少なくとも、吾のスキルでは察知できませなんだ。吾も職業柄、人の嘘を見抜くことに関しては少々自信がござるが、アルセ嬢が演技しているとは思えませぬ)


 レンはそう呟きながら、器用に尻尾を動かして、文字を速記する。


「ええ。食べ過ぎると胃が大きくなって常習化するので、肥満の原因になりますわ。腹八分目が一番です」

(ワタクシも、スキルでは何も感じられませんでしたわ)


 ナージャが頷いて言う。


「――医食同源」

(――殺気があれば、私の身体は自動で反応するはずだから、意図的な敵意はないと思う)


 スノーが眠たげに舟をこぐ勢いを利用して、肘で文字を書く。


 というか筆談なら普通に喋れるんだ。


『おい。風の字! てめぇの早とちりじゃねえのか? もし本当に魔族の糞野郎なら、俺様の熱い正義の炎が黙ってるはずがねえ!』


 火の精霊が、虎のごとき牙を剥き出しにしてねめつける。


『我の土は今日も不動である』


 土の精霊は、特に気にすることもなく僕の足下で尻尾を巻いている。


『キミたち鈍感なんだよ! あの風に交じった腐ったザクロのような臭いが、どうしてわからないかなあ!』


 風の精霊が苛立たしげに髪を掻きむしる。


『そうかな。ボキは、さわやかないい匂いしか、感じなかった、けど』


 リロエと契約している別の風の精霊が、とぼけた表情で首を傾げる。


 どうやら精霊の中でも見解が分かれているようだ。


『ああもう! 間抜け! そんなんだからお前の生まれた場所に生えた樹の葉っぱは虫だらけなんだ! ――キミは信じてくれるでしょ!? このぼんやりくんと違って、ボクはキミのマナをいつも食べてるおかげでパワーアップして、感覚が鋭くなってるんだよ! だから、わかったんだ!』


 風の精霊が僕の頭にぎゅっとしがみついて、必死にそう訴えてくる。


「やっぱりバランスが大事だよね」

(信じるよ。精霊は嘘をつかないから)


 僕は頷いた。


(うーん。もしその子の言ってることが本当なら、どうしてこの街のエルフと契約している精霊たちが今まで気が付かなかったのか気になるんだけど……。まあ、あのホテルの精霊たちをみるに、ここには非戦闘用のお行儀のいいのしかいないみたいだから、ありえない話ではないか。あんたの精霊も至近距離じゃないと察知できなかったみたいだし)


 リロエが残りのテルマが作ったサンドイッチを飲み込んで、そう記す。


『精霊でもボクみたいに魔族と直接戦った奴は少ないんだよ! 経験の違いさ!』


 僕の風精霊が誇らしげに胸を張る。


 エルフの里での一件を言っているのだろう。


 すでに魔族と遭遇していた経験と、マナによる強化。


 この二つがあって初めて、敏感にアルセの異変を感じ取れたということか。


(まあ、たとえ万に一つの危険だとしても、回避するに越したことはありませんわね。そもそも、今、このダンジョンでリスクを冒す必要性は皆無ですし)


 ナージャはそう記すと同時にお茶を飲み干した。


 彼女の言う通り、今日は特にノルマがある訳でもないので、これ以上ここに留まる理由は一つもなかった。


(然らば、何某(なにがし)かの理由をつけてこの場を辞去するが肝要かと愚考致しまする)


 レンがそれぞれの飲み終わったカップを回収しながら、メッセージを書いた。


(じゃあ、私が理由になります!)


「あっ。いた。いたたたたたたたた!」


 ミリアは杖で刻んだ文字でそう宣言すると同時に、急に腹を押さえ、身体をくの字に曲げる。


「どうしたのミリア? 大丈夫!?」


 僕は若干大げさなくらいに心配するふりをして、ミリアへと駆け寄った。


「すみません……。ちょっと、お腹を壊しちゃったかもしれません。朝食べた古い余りものの糧食が良くなかったのかな……」


「そうなんだ――じゃあ、大事を取って一端退却しようか。今無理をして、本番の隠しダンジョンの攻略に支障が出たら、何のための調整だか分からないから。……みんなもそれでいいかな?」


 僕はミリアの手を取って立たせる。


 当然、皆が一斉に頷いた。


 僕たちは手早く出立の準備を整え、筆談の痕跡を消してから、アルセの元へ離脱の報告に向かう。


「すみません。アルセさん。パーティメンバーの一人の体調が優れないので、お先に失礼しても構いませんか?」


 僕は仲間と談笑しながら食事をしているアルセに、そう断りを入れる。


「もちろんいいけど、大丈夫? なんなら、私が地上まで案内してあげようか?」


 アルセは快く頷いて、むしろ僕たちのことを案ずる優しさを見せた。


「いえ。僕たちも冒険者の端くれですから、自分たちで帰れます。他のパーティの皆さんに迷惑をかけるのも申し訳ないので、アルセさんはこのまま皆さんを案内してあげてください」


 僕はアルセの厚意をやんわりと断る。


 事実、冒険者としてダンジョンに侵入した以上、他力本願はない。


 手に入るだけの地図は購入してあるし、ナージャが随時マッピングして、情報はアップデートしてる。


「わかった! お大事にね! 後で滋養強壮に効くポーションを届けてあげるから!」


「ありがとうございます」


 さわやかに言うアルセにいささかの罪悪感を覚えつつ、僕は仲間と共にそっとその場を離れ、上の階層を目指し、行軍を開始する。


 かなり警戒した上の慎重な行軍だったが、結局、万が一も何もなく、拍子抜けするほどあっさりと、地上へ帰還することに成功する僕たちだった。


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