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1話 病弱な僕が死んだ日

「長い間、お世話になりました」


 ある晴れた夏の日、僕は病院の入り口前でペコリと頭を下げた。


「あのたっくんが退院かあ。寂しくなるわね――って、だめよね。おめでたい日にこんな顔をしちゃ」


 ずっとお世話をしてくれていた看護師さんが、瞳を潤ませて言う。


「ははは、しばらくは検診で顔を出しますから」


「そうね。また顔を見せてね。勉強とか色々、大変だろうけど、あの病気と闘い抜いたたっくんなら、きっと大丈夫だから」


「はい、『生きているだけで丸儲け』ですから」


 母がよく言っていた口癖を、そっと呟く。


 色々とよくないこともあったけれど、小学三年生の時に余命3年と言われた僕が、こうして中三まで生き延びられた。それだけでなく、一応日常生活が送れるくらいまでに快復した。その奇跡に、今は感謝したい。


「本当にタクシーを呼ばなくてよかったの?」


「ええ。最初の一歩は自分の足で踏みだしたいですから。それに、お金も節約しなきゃですし。――では、失礼します」


「気を付けてね」


 看護師さんに見送られながら、僕は一歩一歩足を前に進めていく。


 大した運動でもないのに、息が荒くなる。


 普通の中三に比べたら、周回遅れどころか、三周くらい差をつけられた僕の人生の『始まり』。


 だとしても、僕は嬉しかった。


 焼け付くような日差しも、額から垂れる汗も、蝉の喧騒も、その全てが、病院では感じられない、『生きている』感覚を僕に味わわせてくれるから。


 普通の人なら十分ほどしかかからない家までの距離を、三倍の時間をかけて辿っていく。


 そしてようやく、家へと続く最後の横断歩道までやってくる。


 間が悪く、青が赤に変わるタイミング。


 明滅する信号機の手前で立ち止まった僕は、大きく伸びをした。


 ――ふと視界の隅に影。


 黄色いランドセルを背負った少女が、僕の横を駆けていく。


 思わずそれを視線で追う。


「あっ」


 ガタガタガタ。


 減速することなく横断歩道に突っ込んでくる大型のダンプカー。


 スマホを片手でいじっている運転手が、少女に気が付くことはない。


「危ない!」


 歩き疲れた身体に鞭を打って、僕は駆けだした。


 そのまま、少女のランドセルに体当たり。


 ドン。


 ドン!


 っと、紙一重の差で、二つの衝撃音が重なる。


 一つは僕が少女を突き飛ばした音。


 そしてもう一つは――


 認識する暇がなかった。


 身体が宙を浮く感覚。


 衝撃。


 痛みはない。


 それより苦しさの方が勝る。


 首が動かせない。


 瞳をギョロギョロ動かして必死に状況を把握しようとする。


「お兄ちゃん! お兄ちゃん! 大丈夫!」


 駆け寄ってくる少女の黄色いランドセルが揺れる。


 指先が赤に染まっている。


 空は青い。


 薄れゆく意識の中、僕は、これで信号の三色が揃った、なんて――とりとめもないことを思った。


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