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異世海転生  作者: 雪麻呂
2/3

死なない蛸

2.






 短いトンネルを抜けると、すぐ右手に壁一面を使った大きな水槽があった。

 お出迎えは、デバスズメダイとキイロハギ、フレイムエンゼル。熱帯魚でお馴染みの魚達だが、こうして大きな水槽で群れを成しているところは圧巻である。薄い青緑と黄色、燃えるような赤のコントラストが、夢の国のスイーツみたい。

 さっきまで日本の魚だったのに、いきなり熱帯魚になっちゃった。

 それだけではない。水中のレイアウトは、水草から珊瑚に。流木はライブロックに。照明は青みが強まり、仄暗く沈んで、ガラッと雰囲気が変わった。此処からは海水ゾーンというわけか。

 ちょっと突拍子もない切り替えだとは思ったが、まぁ仕方がない。見栄えの問題もあるだろうし、決して大規模とは言えない遊園地のアトラクション。スペースや構造上、展示する生体は限られるだろう。

 むしろこの大水槽は上出来だ。端まで十メートルはある。

 しかし、こんな大水槽に有名な熱帯魚だけとは、勿体ない展示法だな。せっかくなんだから、もっと大きくて迫力のある魚を泳がせればいいのに。高価で手に入らなかったのかしら。

 いじましいことを考えながら、歩を進める。

 三メートルほど歩いたときだろうか。

 先に気付いたのは、敬吾の方だった。


「……なんかさ、こいつらデカくなってね?」


 言われて、ハッとする。

 そうなのだ。

 私達が前へと進むにつれ、水槽の魚達が、大きくなっている。

 最初に見たデバスズメダイは、六センチ程度だった。本来、小型の魚だ。大きくなっても十センチかそこら。それが、今目の前を泳いでいる個体は、十五センチを優に超えている。

 よく見れば、キイロハギもフレイムエンゼルも、微妙に巨大化していた。いや、こんな短時間で成長する魚なんているわけないのだから、別の個体と認識すべきなのだろうが……それにしたって、大きすぎる。

 更に大きくなる。

 五メートル。八メートル。食い入るように視線を横スライドさせてゆけば、眼に入る魚達は、ぐんぐん大きくなっていった。

 最終的には、一メートルを超える巨大デバスズメダイが億劫げに尾ビレを振り、体長三メートルはあろうかというキイロハギが、がつんがつん水槽を突く非常識な光景に突き当たった。

 珊瑚までもが、ありえないサイズに拡大されている。


「…………すっげぇ」


 敬吾が、小さく呟いた。


「なんだよこれ……ヤベェ。マジヤバいわ」


 この場合のヤバいは、凄いと訳すべきだろう。水槽を覗き込む敬吾の表情には、嫌悪感や皮肉の感情など一切ない。素直に感心し、驚いているのだろう。さっきから瞬きもせず、魅入られたように溜息を繰り返していた。

 それは私も同じだ。水槽の中で、どうやって、ここまで大きく育てたんだろう。特別な餌? 飼育法? アクアリウム関連のホームページはこまめにチェックしてるけど、そんなの聞いたことない。完全企業秘密?

 それとも、イリュージョン的な何かだろうか?

 思い至って、ピンときた。

 そうか。これは、きっと水槽に仕掛けがしてあるんだ。どういう原理かはわからないが、前へ進むほど魚が大きく見える。そもそも此処は遊園地、ミラーハウスもあるんだし、その辺のノウハウを応用してるんだろう。

 そうに違いない。最近じゃCGだのVRだの、魔法としか思えないような技術が日進月歩を遂げている。こないだ行ったテーマパークなんか、4Dとかいって座席まで動いたじゃないか。


「ね? ね? 魚って綺麗でしょ?」


 納得した私は、嬉しくなって敬吾に抱き付いた。

 敬吾が初めて魚の美しさに興味を示したのだ。種明かしは無粋だろう。いつか、こっそり教えてあげればいい。今は純粋に、この喜びを噛み締めていたい。急上昇のテンションに、思わず声も弾んでしまった。

 あぁ、と敬吾が応じる。


「……こんなに……魅力的だったんだな…………」


 鼻先を過ぎる巨大な魚影が、敬吾の顔に影を落とした。

 しばし、沈黙の時間が流れる。

 彼の口からは、それ以上の言葉は出てこない。よほど感激しているのか。

 私は、少し物足りなくなった。そりゃ趣味に理解を得られたのは嬉しいけど。なんだか敬吾らしくない。いつもなら、冗談めかして「お前の方が魅力的だよ」とか付け足してくれるんだけどな。


「……ほら、もう行こうよ」


 複雑な気分で、敬吾の腕を引っ張る。

 進行方向には再び短いトンネルがあり、やはりチョウチンアンコウの疑似餌が、チカチカとピンク色に瞬いていた。






 トンネルは五メートルあるかないかの長さで、中程まで来れば、もう次のゾーンが見える。そっと首を傾げて窺えば、ぼんやりと大きな水槽が、より彩度を落とした照明に浮かび上がっていた。

 何か大量に貼り付いている。形からして、ヒトデか。奥の方にはイソギンチャクらしきものと、それに集まるあれは……カクレクマノミかな?

 ワクワクしてトンネルを抜け、水槽を覗いた。


「…………」


 一瞬にして、期待は疑問符に変わった。

 人手がいた。

 比喩でも何でもない。文字通り、人の手である。人間の手首から先がすっぱりと切り取られたものが、水槽の内側に所狭しと貼り付いていたのだ。

 否。吸い付く……と言うべきか。掌の中央部には、これも人間のものとしか思えない口があり、その唇で水槽に吸着しているらしい。ご丁寧に歯まで生えている。五本の指先が微かに水を掻く様は、さながら幽霊の手招きだった。

 ……いや、ヒトデだけども。

 それでいいの?

 最初、目の錯覚かと思ったが、違う。眼を凝らしても瞬きしても、何処からどう見ても、それは人間の手首から先だった。

 なんだこれ。

 意味わかんないんだけど。

 固まっていると、水槽の奥から、何かスルスルと伸びてきた。どぎついピンク色で、鉛筆ぐらいの細さだ。やたらに長い。ウミヘビ……?

 イソギンチャクの触手だ。

 私が気付くのと同時、それは物凄い速さで人手の一つに絡み付き、締め上げて、無理矢理に水槽から引き剥がした。

 戻ってゆく触手の行き先を、眼で追う。

 大きな水槽の片隅で、化物じみたピンクのイソギンチャクが、うねうねと触手を揺らめかせていた。灰色の珊瑚に着生しているせいで、まるで髪の毛。波間に漂う水死体が、首だけ出して低床に埋まっているように見える。

 一本、二本。餌の気配に誘われてか、他の触手も動き出す。どうにか逃れようと藻掻く人手を、触手はガッチリ縛り上げて放さない。数本、また数本。触手が伸びる。ものの数秒で、人手は無数のピンク色に覆われ、力尽きてしまった。


「…………」


 イソギンチャクから離れていた魚達が、また集まってきた。

 カクレクマノミだ。イソギンチャクとの共生は有名だが、なんだか様子がおかしい。隠れているというよりは、食い込んでいる。寄って集って、その触手を啄んでいる。寄生虫でも取り除いているのか?

 ――いや。

 食べてる。イソギンチャクを。

 カクレクマノミ達が、一斉に此方を向いて、私を睨んだ。

 魚のそれではなく、紛う事なき人間の眼で。


「ひっ」


 我に返った私は、悲鳴を上げて後退った。

 なにこれ。これもCG? 作り物?

 だとしても、悪趣味すぎるでしょ?

 こんなので喜ぶ客が何処に……、


 辺りを見回して、ドキンと心臓が跳ねた。


 いない。

 誰もいない。

 敬吾と私の二人だけだ。

 どうして、いつの間に。さっきまで、あんなに人がいたのに。それこそ、他人を敬吾と間違えるくらいに。魚に気を取られて、ちっとも気が付かなかった。みんな何処へ行ったんだろう?

 そういえば、海水ゾーンに入ってから、ずいぶん静かだったけど……。


「ね、ねぇ敬吾。他のお客さん、いないよ?」

「混雑するよりいいじゃん」


 あまりの呑気な返事に、愕然とした。

 敬吾は、この異常な展示を見て、なんとも思わないの?


「そういう問題じゃないでしょ!? 此処、なんか変だよ?」

「変なのはお前じゃん。なに怒ってんの?」

「だって、こんな……」

「ちょっと変わってるけどさ。スゲー面白い。次どんなのかな」


 歌うように言って、敬吾はさっさと歩いて行ってしまった。

 なんか……変。

 此処も変だけど、なによりも、敬吾が……。

 すい、と視線の端をカクレクマノミ(?)が過ぎる。ちょうど顔の高さに吸い付いていた人手が、いきなりガバッと指を広げて、そいつを掴んだ。バネ仕掛けみたいな、凄まじい早業だった。

 私は、ダッシュで敬吾を追った。






 疑似餌の瞬くトンネルを抜けると、敬吾が水槽を覗き込んでいた。

 今度は、いやに小さい。俗に六十センチ水槽と呼ばれる、横幅六十センチの一般的なサイズだった。これ自体は、別段おかしくも珍しくもない。私の部屋にだって同じものが置いてある。

 妙なのは、中に何も入っていないことだ。

 厳密に言えば空っぽではなく、濁って淀んだ海水で満たされていた。

 展示表には、こう書いてある。


 『死なない蛸』。


 それを見て、敬吾は笑い転げた。

 ――もう嫌だ。

 絶対に変だ。異常だ。有り得ない。

 そもそも、デバスズメダイの水槽からして変だった。廃業間近の赤字遊園地が、あんな巨大水槽を維持できるはずがない。園の経営が苦しい最中に、凝ったCGやVRなんて導入する余裕が、あるわけない。

 こんな悪趣味な企画が通るはずない。


「敬吾! ねぇ、もう帰ろう?」


 私は、半泣きで敬吾の腕にしがみつく。敬吾は笑っている。腹を抱え、肩を震わせ、涙を流して、ゲラゲラと狂ったように笑い続ける。

 いちばんおかしいのは、敬吾だ。

 敬吾は、こんな奴じゃない。

 口調さえ荒いが、真面目で冷静なリアリストだ。常識的な社会人で、羽目を外すといっても、ちょっと深酒する程度。危ない場所には近寄らないし、私も近寄らせない。趣味のキャンプだって、入念に下調べした安全地帯にしか行かない。

 こんなとき、真っ先に「帰ろう」って言うのは、いつも敬吾の方なのに。


「ひゃははははっ、マジウケる」


 取り縋る私を邪険に払い、敬吾は、フラフラと歩き始める。

 向かう先に、ピンク色の灯が瞬いている。






 

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