彼女は何故、永遠を生きたのか?
この物語はフィクションです。
実在の人物や団体、教育機関などとは関係ありません。
風が前髪を撫で付けるように、耳の傍で囁いては逃げていく。
眼下に広がる無数の蝿の群れでは、私の心は一つも波打つことはなかった。
全ての始まりと全ての終わりを指揮する言葉を呟くだけで、私の空っぽの心は満たされるのです。
私にとって、誰よりも必要のない言葉。
だって私には別れも、終わりもないのだから。
「――さよなら」
私は死ぬことのない人間。
この世界で生きる人間はきっと、私のことをこう呼ぶことでしょう。
――災厄の魔女、と。
「それで、あなたは私に何を言いたかったの?」
「えっとですね。この物語の一番大事な所は、この言葉にあるんですよ」
「それは違うわ。物語で一番大事なシーンは主人公が涙を流しながら、必死に想いを告げる所よ。これは譲れないわ」
「いえいえ、それは」
「譲らないわ」
「……はい。分かりました」
グラウンドに立つ複数の影を眺めては、静かな音の中に響く烏の鳴き声に耳を傾ける。
太陽が夕陽へと変わっていく時間、長い影を伸ばしながら彼女、桐山ななは一冊の本を片手に話していた。
議論の題は、物語の良さについて。
開いた画面に流れる沢山の言葉を横目に、笑みを浮かべて語ります。
「ではそのシーンは一番ということで置いておきましょう」
「何故置いておくの? そこを語り合うべきだと思うのだけど」
「いえいえ、そのままでは一向に話が進みませんから」
「そうかしら? 私は語りたいのだけれど」
「また今度……いえ、いつか聞いてあげますから」
「仕方ないわね。それじゃあ続けて」
本とは別の手に持った手鏡を眺めている彼女をどうにか宥めて、漸く話したかった本題へと移ります。
「ではこの物語の根幹について、です」
「ええ、結論みたいなものね?」
「はい。主人公である彼女は、永遠を生きる魔女です」
「別名は災厄の魔女。その名で人々に恐れられるのでしょう?」
「その通りです。では何故彼女は恐れられるのでしょうか」
物事には必ず理由がある。
行動には動機があり、どんなことにも元を辿れば真実に行き着くことができる。
それならば、彼女は何故その名で呼ばれるのか。
「それは物語の中にも出てきたわね。確か、過去に類を見ない災厄な事件を起こしたのではなかったかしら?」
「そうですね。その事件がきっかけになったことは言うに及ばないことでしょう」
「……私を挑発してるのかしら?」
「いえいえ、この事件の内容は覚えていますか?」
「スルーしたわね。えっと、確か彼女が通っていた一つの学校を消したのではなかったかしら?」
「おお、よく覚えていますね」
「勿論よ。……やっぱり挑発してるわよね?」
疑惑の目を向ける彼女を見ながら、気にせず話を続ける。
これくらいならいじけることもないでしょう。
「いえいえ、ではどうやって学校を消したのでしょうか?」
「またスルー。……えっと、あれ? 覚えてないわね」
「残念な頭ですね」
「直球で!?」
「学校を消したというのはある意味正解な表現ですが、取りようによっては不正解にもなります。今回の場合であれば、学校の生徒と教師全てを消したというのが正解ですね」
「学校そのものじゃないのね」
「……馬鹿ですか?」
「また直球ね!?」
魔女の行動は判明しました。
学校の生徒と教師、即ち人々全てを消したこと。
では彼女はどうして、その行動を起こしたのでしょうか?
「それは、恨みを持っていたから?」
「誰にでしょうか?」
「えっと、それは……」
「正解は学校そのものに、です」
「ああっ!? もうすぐで答えられたのに!」
「はいはい、そうですね」
「段々と態度が悪くなってる!」
彼女は学校そのものに恨みを持っていた。
では、何故その恨みを持つことになったのか。
「確か、彼女のお姉さんがこの学校でいじめを受けたのだったかしら?」
「はい。大好きだった姉がいじめられ、その果てに死んでしまった。だからこそ彼女は学校そのものが憎かった」
姉を助けなかった生徒に、教師に、そして知りながらも助けることすらできなかった自分自身に。
しかし失った者はもう取り戻せない。
ならばその燻った気持ちは、何処かへと向けるしかなかった。
「これが彼女の復讐だったのね……」
「ええ。しかし人々を消して終わりではありません。彼女の亡き姉には夢があったのです」
「それは?」
「女優になって日本中、そして世界中の人々の記憶に残ること」
その夢を叶えることが、彼女の唯一の贖罪だったのです。
「彼女はその夢を叶えることにしたのです。この学校の全ての生徒を消すことと、もう一つの方法を使うことによって」
「その方法は配信サイトを使った」
「たった一度きりの放送です」
鏡から目を離した私は未だに光り輝き続ける画面へと顔を傾け、流れては消える言葉の数々にその笑みを消して告げます。
「全ての日本人と」
「この狂った世界に捧ぎましょう」
――世界中の記憶に残させる、私とお姉ちゃんが永遠に生きる方法。
「世界中にこのメッセージが届きますように」
「そしてあわよくば腐った世界が変わりますように」
過去最大の事件を映し続けたそのレンズを一瞥した後。
私は最後の仕上げへと足を踏み出します。
切り取られた絵画のような風景の前に立って聴覚的、視覚的に賑やかになりつつある世界へと最後の言葉を。
「――さよなら」
踏み抜いた空気と、耳元で煩く喚く風の音。
迫り来る壁の向こう側に。
大好きな彼女の、姉の笑顔を垣間見て。
彼女は、私は、最後に。
笑った気がした。
――■■中学校事件。
とある女子学生が給食に■■を投入し、全■■と■■に急性の■■■■を起こさせた。
そして現場を女子学生が映像配信サイトである■■■■■■にて生中継し、当時■■■■■人のユーザーが視聴していた。
最後には扉が開け放たれた■■にてパソコンが配信されたまま放置され、校庭で■■した女子学生が発見された。
この事件による死者は、■■と■■を合わせて■■■人。
日本中だけでなく世界中を震撼させた事件となったこの事件は、多くのメディアやネットワークによって広がった。
きっとこの事件と、事件を起こした彼女、そしてその理由の根幹にある彼女の姉の話は永遠に語り継がれることだろう。
――たった一つの映像に残された、彼女の言葉通りに。
どうもこんにちは。夕月かなでと申します。
今回は『いじめ』と『永遠』というテーマを元に書いてみました。
暗いお話ですが、伏線をいくつか張ったお話にできたと思います。
よければ何度か読み直していただければ、更なる気付きが生まれるかもしれません。
私と彼女とは一体なんだったのか、とか。
普段は面白いハートフルコメディや、本格ファンタジー小説を書いています。
今作を気に入っていただけたのであれば、作者のマイページからお読みいただけると幸いです。
最後に一つだけ。
この物語は、犯罪を示唆するものではありません。