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当て馬姫の受難⑥

「あ、あの。バルジニアン伯爵!」

「こんばんは、ベルグリード伯爵。今夜はおいでいただき、誠にありがとうございます。」

「これは、バルジニアン伯爵。わざわざご挨拶をありがとうございます。」

ユリアーデはルイスを引き留めようとするが、それより先にルイスがベルグリードに声を掛けてしまった。

「ほぉ、ずいぶんと美しい貴婦人をお連れになっていらっしゃいますね。」

「えぇ、わたくしの幼なじみの友人です。バルフォット・マイラス男爵のご息女です。」

内心慌てるユリアーデはルイスに促されて、ベルグリードの前に出る。

「…ユリアーデ・マイラスでございます。」

ユリアーデがドレスを持ち上げて礼をすると、ベルグリードがにっこりと笑ってユリアーデの手を取り、キスをした。

「本当にお美しい…。マイラス男爵がこのような美姫を隠していらっしゃったとは。」

(殿方って本当に口がお上手だわ。)

ユリアーデは自分の手を引き戻しながら考える。これまでお付き合いした男性は、全てユリアーデの容姿を褒め立ててくれる。その中にはユリアーデが(この人、目の病気なんじゃないかしら)と心配になるほどの美辞麗句を紡ぐものもいる。しかし、その中の誰一人としてユリアーデを選んでいない。

「お戯れを…。わたくしなど、道端に生えている雑草のように目に止まらないような女です。」

ユリアーデがうつむきながら言うと「何をおっしゃいます!」とベルグリードが詰め寄ってきた。

「このように美しい女性を私は見たことがございません。ぜひ私に今夜、あなたをエスコートする権利をお与えくださいませんか?」

「あの…。」

ベルグリードの勢いにたじろいていると、ルイスが「それはいい!」と勝手に同意してしまった。

「ぜひユリアーデ嬢のエスコートをお願いしたい。よろしいか?」

「もちろんです、ユリアーデ嬢。私が今日という一日を忘れられないものにして差し上げます。」

「はぁ。」

結局何の意見も言うことができないまま、ユリアーデはベルグリードにエスコートをお願いすることになってしまった。

「それでは、まず私と一曲踊っていただけますか?」

「えぇ・・・もちろんですわ。」

それではあとはよろしくとばかりに一礼した後、ルイスはあっという間にその場からいなくなってしまった。おそらく、置いてきたエファニエルが気になってしまうのだろう。

(仕方ないわ。何とか乗り切りましょう。)

ユリアーデは思考を切り替え、背筋をしゃんと伸ばした。


「ユリアーデ嬢はダンスもお上手なのですね。踊られる姿はまるで可憐な蝶のようでした。」

「御冗談を…。」

ユリアーデは先ほどから続くベルグリードの褒め言葉に飽き飽きしてしまっていた。何をしても「美しい」だの「可憐だ」だの言われるが、社交辞令の1つだろうと受け流している。それでもめげずにベルグリードが言葉をかけてくるのだ。

「私、少し喉が渇いてしまったので飲み物を取ってきますわ。」

少し1人になりたいと思い、そう提案したがそれをベルグリードが「とんでもない!」引き留める。

「そんなことは私がやります。ユリアーデ嬢はどうかテラスでお待ちください。」

ベルグリードはユリアーデの返事も聞かずに、飲み物を取りに行ってしまった。

「先にテラスに行きましょうか…。」

誰ともなくつぶやいた後、ユリアーデはテラスへと向かった。

「あら、美しい…。」

外に出てみると、満月が夜空を彩っていた。バルジニアン伯爵ご自慢の美しい庭を月光が照らしており、ユリアーデはうっとりと美しい光景を眺めていた。

(ずっと眺めていたい…。)

こんな美しい光景をずっと何も考えずに眺めていられたらどれだけ幸せだろう。ユリアーデはぼんやりとそんなことを思う。ユリアーデの頭を悩ませる男性との結婚。そんな問題を投げ捨ててしまいたい。しかし、それは男爵家の唯一の子供として許されない。

「殿方は月の光よりも、太陽の光の方がお好きなのね…。」

ユリアーデがぼそりとつぶやいた時だった。

「っ!ユリアーデ・マイラス様!」

「えっと、どちら様かしら?」

背後から聞こえる女性の声にユリアーデが振り返ると、そこには自分よりだいぶ小さい女性が目に涙をたたえながらも自分のことを鋭い視線で睨み付けていた。

「えっと、どなたかした?」

栗色のウェーブがかかった髪と、エメラルド色の瞳。まろみにある頬を赤く染め、瞳の色と同じドレスを着ている。

「私のことなどどうでもいいのです!あ、あなたはベルグリード伯爵のなんなのですか!」

「へ?」

涙をボロボロと流しながら、その女性はユリアーデに詰め寄ってくる。すごい迫力だが、まるで子供のようなその容貌にユリアーデはなんだか彼女をいじめているような気持ちになってしまう。

「答えてください!あなたはベルグリード伯爵と結婚するおつもりなんですか!」

「あの、えっと。」

まくしたててくる少女にユリアーデが答えあぐねていると、少女はそれを了承と受け取ったのか、さらに騒ぎ立ててきた。

「あの方は渡しませんわ!絶対に!何のために私が留学までして!」

「っ!セルヴィー!」

今にもユリアーデに掴みかかろうとする少女が動きを止める。

「こんなところで何をしてるんだ、セルヴィー!ユリアーデ嬢、大丈夫ですか?」

少女をユリアーデから引きはがしたのは、顔を青くして駆け寄ってきたベルグリードだった。

「申し訳ありません、ユリアーデ嬢。彼女は自分の友人で…。」

「っ!どうせ私はいつまでたってもあなたの友人という枠から出られないのですね。もういいです、私はあなたのことをあきらめます。ごきげんよう!」

「え!」

ユリアーデを優先したベルグリードを見て、少女がその大きな瞳からさらに大粒の涙を流し始めた。そして、ベルグリードに最後通告のような言葉を吐き捨てると、走ってその場を去ってしまった。

「待て、セルヴィー!」

ベルグリードはすぐにセルヴィーと呼ばれる少女を追いかけようとするが、ピタリと動きを止める。ユリアーデのエスコートをしないといけないことを思い出したのだ。それに、先ほどの少女が騒いだおかげで、だいぶやじ馬が集まってしまった。

「ベルグリード様はどちらをお選びになるのかしら?」

その中には二人の恋の行方を下世話に楽しんでいるものも多い。

(…どうせ分かり切っているわ。)

「っ!申し訳ない、ユリアーデ嬢!!」

ベルグリードはユリアーデの顔を見ようともせず、少女を追いかけてしまった。ユリアーデは無表情のまま小さくなるベルグリードの背中を見続けていた。


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