当て馬姫の受難②
「…報告は以上になります。」
書類を広げて説明をしてくれていたモーファスがメガネをはずして顔を上げる。
「ありがとう。相変わらず領地は平和みたいで安心したわ。そのように国にも報告しておきます。」
ユリアーデがニコリと笑うと、モーファスも微笑んでくれた。それと同時に執務室の扉がノックされる。どうぞとユリアーデが返事をすると、呆れた顔をしたメメリが部屋に入ってきた。
「やっとお話が終わったみたいですね。待ちくたびれましたよ。昼食の前にパイをつまんでくださいな。」
「ほぉ!」
報告で少し疲れていたモーファスの目が一気に輝きを取り戻す。焼きたてのパイの匂いが部屋に立ち込め、ユリアーデとモーファスのお腹が鳴った。
「あらあら、二人ともやっぱりお腹が空いていたみたいですね。今日はピーチパイを作りましたので。」
「うれしい!メメリのピーチパイは絶品だもの!」
顔をほころばせたユリアーデが椅子から立ち上がり、いそいそと応接用のソファに座る。メメリとモーファスが仲良さ気のお茶の準備を始めた。
「相変わらずおいしそうだ。…元気そうでよかったよ、メメリ。」
「あなたもね、モーファス。」
二人がお互いの瞳を見つめ合う。
「はぁ、素敵ね。」
ユリアーデが感嘆の溜息をつくと、二人は我に返ったようで顔を赤くしながら慌ててパイの準備をする。
「恥ずかしがることはないわ。愛し合うってことはとても尊いことだと思うの。」
「からかうのはよしてください、お嬢様。」
モーファスが照れるがユリアーデは「からかってなんかいないわ。」と首を振った。
「そう思うならお嬢様も早くお相手を見つけてくださいな。」
ユリアーデの前にピーチパイとお茶を置いたメメリが話しかけてくる。
「そうですよ、お嬢様。私たちのことなどどうでもいいのです。お嬢様のご結婚こそ、マイラス家の悲願!」
力説するモーファスを見て、ユリアーデは苦笑する。
「…私を選んでくれる方なんていらっしゃらないわ。もっと素敵な女性が世の中にはいっぱいいるもの。」
「そんなこと!」
「この話はこれでおしまい。さぁ!冷めないうちにメメリのパイを食べましょう?」
いまだ納得しない二人を笑顔で黙らせ、ユリアーデはパイを口に運んだ。
「ふぅ、今日はとっても楽しかった。」
ベッドの腰掛け、櫛で自分の髪をときながらユリアーデはつぶやく。パイ食べた後は料理上手なメメリの昼食を食べ、3人でお喋りを楽しんだ、3年間、一度も帰っていない領地の話はどれもこれも面白くて、一年分笑ったような気分だ。
「…結婚か。」
髪をとかすのをやめてユリアーデはベッドに倒れこむ。お喋りをした時もモーファス達は必死に結婚の話を話題にしようとしていた。おそらく、領地にいる両親も行き遅れた娘のことを心配しているのだろう。自分のことで迷惑をかけていることは忍びないが、自分ではどうしようもないのだ。この当て馬体質は。
最初はまだ5歳の時だった。ミリアンネの屋敷に家族みんなで暮らしていた時。ユリアーデは初恋というものを経験した。相手は2歳年上の伯爵家の跡継ぎだった。父親と一緒に伯爵家のパーティーに招待され、綺麗なドレスを着てご機嫌なユリアーデはまるで天使のようなその男の子に恋をした。綺麗な白銀色の髪をおろし、それはそれは愛らしいと言われていたユリアーデに男の子は気持ちを返してくれた。その日のうちに男の子は「僕はこの子と結婚する」と宣言してくれて、大人たちを笑わせたものだった。ときめきで顔を真っ赤にしたユリアーデだったが、そんな幸せはたった2分で崩壊してしまった。その男の子を泣きじゃくった同じ年ぐらいの女の子がビンタしたのだ。女の子に突き飛ばされてしまったユリアーデは呆けたまま二人を見ることしかできない。
「私の方がずっとあんたのことを好きだったのよ!」
そう言って泣き続ける女の子を、男の子は破顔して抱きしめ「愛してる」と口にした。すると、まわりの大人たちは興奮したように大きな拍手をした。どうして私の時は笑ったのに、あの女の子なら拍手をするのか。子供のユリアーデには全く分からなかった。後日聞いた話では、なんでも女の子はとても身分の高い貴族の娘だったようだ。お互いに意地を張って気持ちを伝えられない小さなカップルが、ユリアーデのおかげで結ばれたのだ。
「君のおかげで彼女の本音が聞くことができたよ、小さなプリンセス。」
男の子はにっこりと笑ってユリアーデの手の甲にキスをして去って行った。言いたいことはいっぱいあった。でもあっちは伯爵家、こちらは男爵家。仕事のことなら話は別だが、子供の戯言で伯爵家に文句を言うことなど父もできなかったのだろう。結局、何事もなかったかのように結婚は消えてしまった。
悲しかったが、この一回きりだから次の恋を探そうとユリアーデは立ち直った。しかし、そんなことが何回も何回も続いたのだ。ユリアーデが好きになった人は、最初は必ず同じ気持ちを返してくれる。「可愛い」とか「君の全てがいとおしい」という睦言を耳元で囁いてくれる。しかし、いつのまにか自分のもとを去って、別の女性をその腕に抱いている。そしてユリアーデに言うのだ。「君のおかげで本当に愛している人が分かった。」と。




