当て馬姫の優しさ②
(でも私の顔色に気づいてくださるなんて、きっと優しい方なんだわ。)
本当はここまで順番待ちをする必要なんかない。ある程度待てば、ガルシアンの近くにいる身分の高い女性が身分の低い女性を呼んでくれて紹介してくれるようになっているのだ。だから、女性たちはガルシアンに一番近い人物、シルファニエール・アンデル侯爵令嬢に媚を売る。少しでもガルシアンに近づけるように。そのために女性の間では水面下で醜い戦いが繰り広げられていた。ライバルの評価を下げる噂をわざと流したりなどは日常茶飯事だ。お互いを敵と考えているため、優しくされたことなんてローメには一度もない。それに、うまく媚を売ることもお金もないローメは今まで一度もガルシアンと言葉を交わしたことはなかったのだ。
(こんな私だから、お話なんてできるはずないのよ。)
涙目になったローメは自分の体から力が抜けるのが分かった。ぐらりと視界が揺れて、地面が近づいてくる。
(あぁ、とんだ醜態を…。)
倒れなどしたら、侯爵令嬢からさらに敬遠されてガルシアンと話すことなど夢のまた夢になる。
(もう最悪…。)
「あぁ、良かった。間に合ったわ。」
床に倒れる衝撃に備えていたローメは温かい腕に抱きしめられているのを感じてゆっくりと目を開ける。
「先ほどよりも顔色が悪いわ。あぁ、お可哀そうに。」
「あ、あなたは。」
ローメに顔を心配そうに覗き込んでいたのは先ほど自分を心配してくれたのに、失礼な態度で追い払ってしまった女性だった。
「まぁまぁ、随分と汗をかいているわ。」
先ほどは無表情だった女性は、今は心底心配そうな顔をしてくれている。無表情だとあまりの美しさにまるで人形のようだった。しかし、今の表情豊かな様子の方が人間らしくてローメは好きだった。女性はローメの体をゆっくりと立たせた後、丁寧にアイロンがかけられたシルクのハンカチで顔をぬぐってくれた。
「どうして…。」
「まずはお水を飲んで。」
女性がグラスに入った水を差し出してくれたので、ローメは口に含む。それだけで少し体が楽になったような気がする。
「…私は。」
自分はあんなに失礼な態度をとったのだ。どうしてこんなによくしてくれるのか。
「少しは落ち着いたかしら?なら…。」
「っ!」
もしかしてこの場から連れ出されてしまうのか。嫌だ、まだガルシアンと話せていない。
ローメが声を出そうとした時。
「もう少し頑張りになれますか?」
「え?」
予想もしていない言葉を聞いて、ローメは顔を上げる。
「ガルシアン様とお話ししにきたんですものね。最後まで頑張りましょう!私が隣で支えておりますから。大丈夫、主催者のルイス卿に頼んでお部屋を用意していただいたので、ガルシアン様とお話ししたら、お部屋で休みましょう。」
「どうして…そこまで。」
ローメは目の前の美女を呆けた顔で見つめる。
「だって…大好きな人とお話ししたいって気持ちはお分かりになりますから。」
「あっ…。」
「さぁ、もうひと踏ん張りですよ?」
「っあ!!」
ローメは眼前でにっこりと笑う女性のあまりの美しさに顔を真っ赤にしてコクリと頷いたのだった。
「…いったい何の騒ぎなの?」
「っ!シルファニエール様!」
何度もお礼を言っていると、集団の中心から真っ赤なドレスを着た女性が歩み出てきた。張り出したバストを強調する胸元が開いたセクシーなドレスに緩やかに波打ったブルネットの髪。口元のほくろと、垂れ目も相まってとんでもなくセクシーな女性だ。突然の彼女の登場に取り巻きの女性たちが慌てている。
「後ろの方が騒がしいので、ガルシアン様が気になさっています。騒いでいるのはどなたですの?」
シルファニエールが鋭い目つきで周囲を見渡す。すると女性たちは一斉にローメの方を見てきた。
「っあ!」
「…あなた?」
シルファニエールに睨み付けられて、ローメは言葉に詰まる。彼女に嫌われてしまえばガルシアンと話すことは叶わない。
(何か弁明しないと!)
そう思うのに、何一つ言葉は出てこない。
「あなたが騒ぎの原因なのね。…はしたない。」
(そんなっ!)
別のパーティーで見て一目ぼれしてしまったガルシアン。その瞳に一度でもいいから自分を写してほしいと願った。この恋が叶うとは思っていない。ただ、一度でいいから微笑みかけてもらいたい。それだけでこの初恋を終わらせることができるはずだから。
(どうしてこんなことに!)
ローメは無言のまま、目尻に涙をためた。
「騒ぎを起こしたのは私です。」
緊迫した空気を壊すように、凛とした声が響く。ローメがはじかれたように顔を上げると、目の間に白銀色の髪が見える。
「騒いだのは私ですわ。」
「あなた…。」
自分の目の前に立っているのは、自分を助けてくれた美女だ。彼女をシルファニエールが睨み付けた後、近くまで歩み寄る。
「あなたがガルシアン様の気分を害したのですね?名前は?」
「ユリアーデ・マイラスでございます。」
女性が優雅に礼をする。その美しさにシルファニエールが小さく舌打ちした。
「ユリアーデ嬢。どうしてこんな騒ぎを?」
「えぇ、騒げばガルシアン様の興味をお引きできるかと思って。」
「なんとはしたない…。」
シルファニエールが軽蔑の目でユリアーデを見る。
「…あなたのような方にガルシアン様のお近くにいてほしくありませんわ。」
「えぇ、この方からもそのように注意されました。」
「え?」
突然ユリアーデと名乗った女性がくるりと振り返って自分を指し示す。
「騒ぐ私のことを何度も注意してきて不愉快でしたわ。」
「まぁ、あなたがこの失礼な方を押しとどめてくださったのね。」
シルファニエールが笑顔でローメに歩み寄り、手を握ってくる。
「さぁ、あなたをガルシアン様に紹介いたしましょう。こちらにいらして。」
「え、あ、あの!」
「…あなたはすぐにこの場を離れるように。ごきげんよう。」
「えぇ、ごきげんよう。」
「あ…。」
ローメはシルファニエールの手を振り払うことができず、そのまま輪の中心へと連れて行かれる。必死に後ろを振り返ると、にっこりと笑ったユリアーデが誰にも気づかれないように小さく手を振ってくれていた。




