当て馬姫の受難
新しく新連載始めます。さらっと終わらせる予定です!よろしくお願いいたします!
「ミリーサ!私はやはり君のことを愛している!」
「…うれしい、レオルグ。私も!」
天で輝く月に照らされた二人が幸せそうに顔を見合わせ、キスをする。遠くから舞踏会の優雅な音楽が聞こえ、バラが咲き誇ったこの庭で、二人は恋人同士になったのだ。ベビーピンクのドレスを着た可愛らしい女の腰に手を回し、建物の方に歩き出した男は思い出したかのように先ほどまで立っていた大理石でできたカゼボを振り返る。そこには1つの人影があった。
「君のおかげでミリーサと気持ちを通わせ合うことができた。礼を言うよ、ミス・ユリアーデ。」
男は満足そうに微笑むと、返事を待たずにその場を去った。庭園を静寂が包み込む。
「…またなのね。」
美しい庭園に小さな声が響く。声の主、ユリアーデ・マイラスはガゼボの中にあるベンチにゆっくりと腰を下ろした。白銀色の美しい髪はきっちりと結い上げて、黒いビロードのシニョンカバーの中に入れ込んでいる。首元まで隠すシニョンカバーと同じ色のしかつめらしいドレスに身を包んでいるユリアーデは、コバルトブルーの瞳をそっと閉じた。形の良い赤い唇からは「ふぅ。」と溜息がこぼれる。マイラス男爵の長女、ユリアーデは飾り気のない服装と無表情で感情を全く見せない性格により、22歳とすでに行き遅れの年齢になっておきながらも婚約者がいなかった。しかし、その美しい容姿とある理由に惹かれ、男性に事欠いたことはない。
「また新しい恋を探さなさいと。」
ユリアーデ・マイラス。月を見ながら悲しげに微笑む彼女は、社交界で「当て馬姫」と呼ばれていた。
「おはようございます、ユリアーデ様。」
「んっ…。おはよう、メメリ。」
身体を優しく揺すられたのを感じて、ユリアーデがゆっくりと目を開けると、幼少時からつかえてくれているメイド長のメメリが部屋のカーテンを開けていた。
体を起こしてゆっくりと伸びをし、ベッドから降りる。メメリが開けてくれた窓から外を見ると、いつもより太陽の位置が上にある。
「あら、寝坊をしてしまったようね。」
これは急がないといけないと支度を始める。メメリが用意してくれた水を張った銀のタライで顔を洗う。
「お嬢様が寝過ごされるなんて珍しいこともあるのですね。」
鏡台の前に座ったユリアーデの髪をメメリが櫛でとかした後、手早くいつものシニョンの髪型にまとめてくれた。
「いつもありがとう。」
「いえ。本当はお嬢様の美しい髪が太陽の光で輝くような晴れやかな髪型にさせていただきたいのですが。」
「私はこれが一番好きなのよ。」
「えぇ、そうでしょうね。」
やれやれという顔をして、メメリがクローゼットから若草色のドレスを取り出す。昨日の夜に来た黒のドレスと同じように首元まで布地で覆われたエンパイアドレスで、袖はパフスリーブになっている。
「本日のお召し物はこちらでよろしいでしょう。」
メメリがにっこりと笑ってドレスを差し出してくるが、ユリアーデは困った顔をして首を横に振った。
「…こんな派手な色のドレスは恥ずかしいわ。」
いつも黒か紺、頑張ってもグレーのドレスしか着ないユリアーデにとってこんなに華やかなドレスは着る勇気が出ず、クローゼットの肥やしになってしまっていた。
「いいえ、お嬢様。ほかのご令嬢はピンクやイエローなどもっと華やかな色を着ていらっしゃいます!このぐらいの色を着られないでどうされますか!」
「で、でも。」
「メメリの言うことが聞けませんか?」
「うっ!」
メメリが腰に手を当てて凄んでくる。ユリアーデが生まれたときから面倒を見てきてくれたメメリに勝てるはずもない。
「…分かりました。今日はこのドレスを着ます。」
諦めたユリアーデは溜息をついてメメリからドレスを受け取る。
「申し訳ありませんが、私は朝の支度がございますので先に下に降りさせていただきます。」
「えぇ、大丈夫。私もすぐに行くわ。」
「失礼いたします。」
ユリアーデが若草色のドレスを着ることに満足したのか、メメリが上機嫌で部屋から出ていった。身体のラインを出すのが苦手なユリアーデはコルセットなども苦手で、1人で着ることのできるゆったりとしたサイズのドレスしか持っていない。メメリの手を借りなくても、数分で着替えることができた。
「…寝坊は夜更かしのせいね。」
ユリアーデは机の上に用意された水差しからコップに水を注ぎ、一気に飲み干す。冷たいレモン水が体を潤し、身体が目覚めていくのを感じる。
昨日は、ガゼボで物思いにふけった後、すぐに屋敷に帰ってきた。早々にベッドに入ったものの、レオルグの顔が何度も思い出されてとても眠ることはできなかった。う
「…なんで私じゃだめなのかしら。」
ふぅと息を吐いた後に、自分が寝坊していたことに気づいたユリアーデは急いで部屋を後にした。
ユリアーデの父親、バルフォット・マイラスはアロウス神聖帝国の男爵家の1つで、田舎だが農業が盛んなミリアネス領を治めている。農家が多く、牧歌的な性格な人が多いために、争いなども滅多に起きない平和な領地だ。バルフォットは3年前まで神聖帝国の帝都アウラーネの屋敷で妻と子供2人と一緒に暮らしていたが、「妻との時間を大切にしたい」と言って突然、ミリアネス領に引っこんでしまったのだ。バルフォットに「帝都での雑務は頼む」と言われて1人残されたのがユリアーデだ。この国では実力さえあれば、女でも爵位を継ぐことができる。勤勉で真面目なユリアーデは小さい時から両親の言うことを聞き、まっすぐに育ってきた。今も、毎日、領土と国の橋渡しに励んでいる。
部屋を出たユリアーデは小走りで階段を下り、以前は父が使っていた執務室へと向かう。カシの木でできた大きな扉にたどり着いたユリアーデはノックした後に部屋に入る。
「遅れてごめんなさい、モーファス。」
「いえ、大丈夫ですよお嬢様。おはようございます。」
執務室でユリアーデは出迎えたのは初老の男性だった。
「収穫の時期で忙しい時に時間を取らせてしまってごめんなさい。」
「いえいえ、そちらの仕事はバルフォット様がされておりますから。わたくしは観光がてらにこちらに領土の報告をしに伺っただけです。」
「まぁ。」
ウィンクをして笑うモーファスを見て、目を丸くしたユリアーデもクスクスと笑う。バルフォットの側近であるモーファスは、ミリアネス領に関しての報告のために月に一度はユリアーデの屋敷を訪ねてくれる。報告など手紙にしたためるだけで構わないのだが、必ず顔を見せてくれるのは1人で執務をこなすユリアーデを慮ってのことだとユリアーデ自身も理解していた。
「いつも本当にありがとう。メメリがあなたの好物のパイを作っているはずだから持って帰ってちょうだい。」
「それはそれは…。」
モーファスの目じりが下がる。モーファスは妻であるメメリのパイが大好物だった。その味を思い出しているのか、モーファスの喉がごくりと上下する。
「それでは早めに報告を済ませて食事にいたしましょう。」
「えぇ、そうね。」
そわそわとし始めたモーファスの姿を見てクスクスと笑うユリアーデは、報告を聞くために背筋をぴんと伸ばした。




