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鬼は外、布団が内  作者: 吾桜紫苑
第9章 そして帰りたい日々が始まった
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状況が分からず棒立ちでした

「うわっ!?」

「ん?」


 魔術的要素の調査も一段落し、さあ帰るかと家路について間もなく。


 突然横道から飛び出してきた人影を、俺は半歩下がって避けた。思い切り顔から地面に突っ込んでいく勢いの良さに、呆気に取られた。転倒反射はどうなった。

 見たところ同世代らしき少年が呻いているが、介抱が必要なわけもなし。というか、この状況で何かされた方が普通に嫌だろう。目の前で見事なマヌケぶりを全身で示す輩をその場において、何も言わずに立ち去ろうとして。


『────!!』

「ひいっ来たぁああ!?」


 この世ならざるモノの怒声と、情けない悲鳴。何より、酷く淀んだ気の流れ。


「……またかよ」

 どうも今までのモノより気が暗く淀んではいるようだが、異形の類だろう。こんな襲撃も、この街に来てからこれで何度目だろうか。


 しかし、どうやらこのすっ転んでる少年は逃げている最中だったらしい。「力」を持ちながらその扱いどころか存在も知らず、結果的に制御しないが為に厄介なモノに狙われるというのは往々にある話だ。

 これまでに経験があるのか知らないが、対処する力も無く異形のモノに追い回されれば、逃げている際に足をもつれさせて転んでも変ではない……かもしれない。いや、手も付けないのはやっぱり変か。


 などとつらつら考えながら、ポケットに突っ込んであった銃を取り出す。青醒めた顔でわたわたと地面を這う少年に対し、一応の警告を。


「おい。動くなよ」

「へ……え?」


 少年は、ぽかんと口をあげて見上げたまま固まった。良くある光景なので特に気にならないが、何となく、横目で見たその顔に見覚えがある気がした。

(……同学か?)

 だとしたら厄介だな、と思いつつ、現れた異形に銃口を向ける。珍しくも、完全な人型の異形だ。それだけ強力な異形なのだろうかと思いつつ、引き金に指をかけた。


「え、まっ、あぶなっ」


 パンッ! パンッ!


 何故か慌てふためいた声で制止を呼びかけられたが、既に引き金を引いていた。心臓と頭、急所に弾を食らった異形は、そのままぐちゃりと液状に崩れ去る。


「……なんだ」

 少年の反応やら、異形の纏う瘴気の量やらで一応警戒していたのだが、拍子抜けだ。肩をすくめ、それでも念の為に周囲へ警戒を広める。


「……え? いや、え? うぇえ?」

 奇妙な声を上げまくっている少年を無視してしっかりと意識を広げたが、瘴気も霧散し、異形の気配は欠片も残っていない。隠形の可能性もなくはないが、自分の「目」を取り敢えずは信じることにした。


 と、なると、残るは1つ。


「……え? いや、ちょっと待って? ……はあっ!?」

 何やらどんどんヒートアップしていくこのやかましい少年の処理だ。盛り上がっているところ悪いが、綺麗さっぱり今見たもの聞いたものを忘れてもらわねばなるまい。


「とりあえず、落ち着けよ」

 とはいえ、パニックになったままでは魔術に掛かりにくい。ひとまず会話で相手の油断を誘おうと声をかけたのだが、少年はますます声を荒げた。


「これが落ち着いていられるか!? いやおかしいだろ、今俺の目の前で起こったことは、俺の常識を綺麗さっぱり水に流したどころか前提条件おかしくね!? 俺の2ヶ月返せ!?」

「……あ?」


 途中までは、今まで触れなかった「こちらの世界」に衝撃を受けている台詞として非常にありふれたものだったのだが、最後の最後に妙な事を言い出した。

 眉を寄せて、改めて少年を「視る」。やはり、術を操るものなら基本である、「力」の制御が出来ているようには見えない。術者としてはあり得ない未熟さ。


「人鬼を銃弾だけで倒せるなら、あのわけわかんねー授業とか訓練とかついでに今現在俺がこんなおっかない目に遭う必要なかったって話になるじゃんどういう事なの!? というかなんでさらっと波瀬がそんな事しでかしてるの意味わかんねーんだけど!?」


 だというのに、この少年は当たり前の顔をして、術の世界の「常識」を語っている。


(……何だこいつ、意味分かんねえのはお前だろ)

 困惑しつつも、更に会話を試みようとした、その時。



「──これは、驚いた」


 声、が。


「こんな所で、見つかるとはな」


 背後、から。



(……っ!)

 自分が知覚出来なかった事への驚きは押しやって、身を翻す。目を丸くする少年を視界から外さないまま、しかし視線は、一点に固定して動かせない。


 全身から、汗が噴き出す。心臓が煩いくらいに走り、口の中が干上がった。


(──勝てない)


 本能がけたたましく警鐘をかき鳴らす。目の前の存在は、とても勝てる相手ではない──逃げる事すら許してもらえない程に、力の差がある。

 墨染めの狩衣に、直刀を腰に刷く。長い髪を後ろで無造作にくくって風に遊ばせるその人物は、うっそりと笑みを浮かべて俺を見ていた。……その身に、膨大な「力」を抱えて。


「……」

 干上がる喉が勝手に上下する。無意識に重心を落とし、相手の出方を窺う。一挙手一投足に全神経を向けて、敵を警戒する。


 例えどんなに力の差があろうと、僅かな隙を付いて逃げ出せる可能性はある。己の生き様そのままに、敵と、逃走経路に意識を集中させた。



 ──それなのに。


 瞬きすらこらえて、初動を見逃さんとしていたのに。ほんの僅かな力の流れすら、見落とすまいとしていたのに。



 気付けば、その男は、俺の目の前に立っていて。その右手を、俺の胸に、ずぶりと差し込んでいた。



「……は」


 痛みも、熱も、ない。そこには何の感触もないのに、確かに、腕が埋め込まれている。

 余りに現実感のないその光景にただただ瞠目し、吐息のような声が漏れた。



 ずる、と腕が引き抜かれる。そこにはやはり傷はなく、血も流れない。

 けれど、膝が独りでに折れて、俺はその場に座り込んだ。


「ぁ、」


 どくんと、全身に鼓動が響く。


 腕を突き入れられていた部分から、じわじわと熱が込み上げて、全身へ広がっていく。


(……これ、は……あの、時の)


 力尽くで己の異能が引き出されていく感触に、俺は強く胸元を掴んだ。


(だめ、だ)


 これに呑まれたら、また──



「……返す返す、驚かされる」

「……!」



 頭上から声がした。そうだ、まだ目の前に、こいつがいる。



(に、げ……っ)

 逃げなければと頭は理解しているのに、体が動かない。溢れて暴れようとする力を押さえるだけで精一杯で、それ以外の事に意識を割けない。


「この状況で、押さえ込もうとするとはな。だが、俺が今求めているのは、制御ではなく、力だ」


 影が覆い被さる。動けない俺にかがみ込むようにして、男は俺の胸ぐらを掴む手をゆっくりと引き剥がし、空いた掌で心臓の真上に触れる。



 ──ばきん、と。


 力尽くで制御の箍を外された音が、した。



「あ、ぁあ……っ!」


 熱い。


 瞬時に暴れ出した力が、とんでもない熱を全身へ広げていく。


 熱い。痛い。


 唇を噛み切ってこらえようとするが、現実は容赦なく。



「────!」

 視界が、白く消し飛んだ。



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