人生詰んだようです
ごく当然の流れとして、足が勝手に帰りたがったんだけどな。
「瑠依、おいで」
「……ハイ」
この流れで逆らう気にはなるほど、命知らずじゃない。疾で抵抗出来ない相手に俺がどうにか出来るかって無理に決まってます。
肩を落として、俺は冥官の背中を追った。竜胆はもう話をしたからって、疾のとこで待機を命じられてた。……羨ましい、なんかやな予感するしそっちが良い。
てくてくと冥官の背中を追って歩くと、オープンスペースを抜けて訓練場へ向かっていった。……え、何。俺訓練やだよ?
「話をするには、ここを借りるのが1番だからね」
「あ、そういう」
俺がさりげなく後退したのを見透かしたようにかけられた一言に、ほっとして付いていく。肩越しに軽く微笑む。
「……ん?」
「どうかしたか?」
「あ、いえ、気のせいです」
俺の言い方に首を傾げて、冥官は俺に背を向けてまた歩き出した。それを追いかけながら、うーんと首を傾げる。
どっちもつくりものみたいな美形ではあるけども、目つきとか、雰囲気とか。似ている要素欠片もないから、今まで思ったこともなかったんだけど。
……なんか、今ふっと横顔を見た時に、疾と冥官がすげー被って見えた。なんでだろ。
首を傾げつつも答えなんかあるわけないので、俺は冥官の後を追って個人用遠距離訓練場の扉を開けた。
中に入って、2人向かい合う。冥官は相変わらずニコニコと穏やかに笑ったまま、俺に本題を突き刺してきた。
「さて、今回の暴走についてだけどな」
「うっ」
切り出し方がえげつない。ホントこの人容赦ないな……。
「知っての通り、瑠依は神力と相性が良かったのか、普通より多くの量を操れている。よって呪術の威力も相当なものだ」
「え、そうなんですか」
「そこからかあ」
楽しそうに笑いながらも、冥官はぶすぶすと俺に言葉を突き刺していく。
「そうじゃなければ、疾を呪えるはずがないだろう? 疾は大抵の鬼狩りの術を片手間で無効化するんだぞ」
「……それはそれで意味わかんねーんですけど?」
前から思ってたけど、疾チート過ぎじゃね。時間かけて組み立てた術を無効化するのが片手間って。何それ、俺の呪術も無効化出来ちゃうわけ? 帰りたい。
「まあ、その辺は俺の直属の部下だからって事で」
「疾が冥官の部下だったの、ここ1年じゃ……」
俺のささやかな抗議は笑顔で流された。うん、知ってた。
「話を戻すと、神力を多く操れる瑠依だからこそ、神力がちょっとした感情の揺れで溢れ出しやすい。そして瑠依は呪術具が日用品だから、その時手に持っていた物を媒介にあっという間に呪術としてばらまいてしまうようだな」
「……えぇと、ちょっと待ってくださいね」
頑張って理解してみようと思って、考えてみる。
俺の呪術具は鉛筆とかその辺に転がってたもので、ちょっと神力が漏れると手に持ってたものが呪術具になっちゃうってこと?
と、もっと曖昧に回りくどい感じで結論に至ってみると、冥官がぱちぱちと手を叩いた。
「うん、よく出来ました」
「……どうも?」
褒められて悪い気はしないので、取り敢えずそう言っておく。相変わらず楽しそうな冥官は、それで、と続けた。
「そんな感じで、瑠依が呪術をばらまくと、他者の術を混線させるようだ。疾の魔術も以前妨害したらしいな。あれは相当複雑な魔術で、意図して混線させようとすると物凄くややこしい演算が必要なはずなんだが」
「……そんなことしてませんよ?」
何の話かは分かる。延々地獄のお説教喰らった例の異世界誘拐事件だ。ふと疾に気付いて声をかけただけ、演算? 帰りたい時にするわけないだろ?
「うん、そうらしいな。つまり、無意識にそれだけの力をばらまいているということだ。今回も、人鬼の瘴気と疾の魔術、纏めて消し飛ばしたという話だし」
「……はあ」
にこにこしたまま解説されて、俺にどうしろというのだろうか。話が見えないから帰って良い?
「うん、まあ、その呪術の才能も瑠依の長所だとは思うんだけどな。流石に、味方に怪我をさせてしまった以上は、このまま放置もどうかと思うんだ」
「うっ」
……そうきたか。うんまあ、流石に今回の件は、疾がどう言おうと俺が悪いし、スルーしちゃうにはちょっと後味が悪すぎる。それは分かる。
分かるけど……やっぱほら、怒られるとなるとこう、逃げたくなんじゃん? ニコニコしてるけどお説教モードなことには変わりないんだしさ、ガッコの先生の説教もなるべく回避したいじゃん。
そして先生の説教を回避するとしたら、テンプレはこれ1つ!
「すんません! 反省してます!」
脇を締めて腰を直角に折って、腹の底からごめんなさい。ネチネチと面倒臭い体育教師すら満足させる俺の秘技・体育会系ごめんなさいを喰らえ!
「うん、そうか。それなら話が早いな」
「……あれ?」
前半は良かった、前半は。俺の謝罪に満足したような肯定の相槌、まさに狙い通りだ。
……けど、「話が早い」って何? 何の話?
首を傾げた俺を余所に、冥官がテンポ良く流れよく話を進めていく。
「竜胆が「瑠依は素質はあるけどやる気がない」と言っていたから少し心配したんだが、改善の意思があるなら十分だ。呪術だろうが魔術だろうが神力だろうが魔力だろうが、最終的には使い手の意思が最も重要になってくるからな」
「……あのう?」
あれ、何だろう。なんかしれっと、やべー方向に話進んでね?
やな予感と共に顔を上げると、冥官はいつの間にか右手に反りのない刀を携えて、にこやかに構えていた。……うん、ちょっと待って?
「え、何、」
「大丈夫だ、瑠依。コツさえ掴めば神力というのは非常に使い勝手の良い武器だからな。力の流れを捉えて制御する、最初の段階が肝腎だけど、瑠依は既に呪術を自分流にアレンジ出来るほどだ」
「えっと、うん、ちょっと待ってください?」
やばいなんてもんじゃなかった。これ死亡フラグ既に回収されてない!?
「暴走しないよう制御するには、神力の流れを把握することが第一歩。そして力を自覚するには、やっぱり嫌になるまで術を操るのが1番だからな」
「待って! 俺そこまでやるとか言ってません!?」
帰れないなんてもんじゃない、棺桶が永住地になる! 無理、この人相手に呪術使い続けるとか、俺の命カップラーメン出来るより先に終わるよ!?
「何を言っているんだ瑠依、神力を暴走させて仲間を怪我させたくないんだろう? 安心しろ、ここまで制御出来れば一安心ってなるまで、幾らでも付き合ってやるぞ」
「今のどこに安心要素があったんですか!? オフトゥン遠ざかるどころか局の訓練で命落とす奴! というか何ですかその根性論!」
「いやあ、色々見てきたけどな、異能関連って結局は根性論というか、「出来るまでやる」に行き着くみたいだよ。瑠依はスタミナもあるし、いけるいける」
「無 理 !!」
絶叫した俺は、迷うことなく回れ右。ダッシュで扉に駆け寄った。
不敬? 逆らったらマズイ? 知ったことか、俺から帰宅を奪おうとした時点で敵だし、力量差を考えれば戦略的撤退が1番だっつうのは間違いない!
が。扉をガチャガチャやった俺は、一気に血の気が引いた。開かない!? ここ外からしか鍵掛からないし、鍵は冥官が今も持ってるよ!?
「途中でうっかり巻き込まれる奴が出ても困るからな、部屋は「閉じて」あるよ。今の瑠依には、ちょっと破るのは厳しいんじゃないかなあ」
「閉じ込められた!? ……って、は!?」
がばっと振り返った俺は、見た。やけに広い部屋の中、冥官が左手になんか術を練ってるのを。……あれーおっかしいな、お部屋こんなに広かったかな?
「ああ、瑠依は知らなかったのか。ここの訓練場、続き部屋で借りると、ぶち抜き最大3部屋まで繋げて練習出来るんだぞ。だから、術を練習するにも広さ十分だ。安心したか?」
現実逃避気味な俺の疑問を読み取ったようにわざわざご説明くださった冥官は、盛大に顔を引き攣らせて壁にへばりついた俺に向けて、にこっと笑って最終宣告を宣った。
「というわけで、始めようか、瑠依」
「やだもう俺帰りた──ぎゃぁああああああああ!?」