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鬼は外、布団が内  作者: 吾桜紫苑
第8章 やりたくない仕事やらされて帰りたい
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意外な一面を持っていたようです

「えーっと……足、大丈夫なのか?」


 恐る恐る声をかけると、疾は顔を顰めて答えた。


「骨は治ってるんだろ。感覚ははっきりしないが」

「はっきりしない……?」

「……はあ。治癒の術ってのは、ある種「力」で怪我の埋め合わせをしているようなもんだ。術で砕けた骨を繋ぎ合わせて癒合……くっつけているわけだが、本来んなもんありえねえだろ。脳がついていけずに感覚が鈍るんだよ。意識のないうちに治すと、尚更な」

「へ、へえ……」


 難しい話なので、曖昧に頷いておく。俺の理解してなさを知ってか知らずか、疾は溜息をついて続けた。


「自分で治す場合、骨が繋がっていく感触を確かめながら治すから、違和感は残らねえんだがな。動きにも支障が出るから、他人に治されるのは好きじゃねえ」

「待って、それ聞いただけで痛いやつじゃね」


 思わずつるっと問いかけると、疾は軽く眉を持ち上げただけだった。


「怪我の治療が痛むのは別におかしくもなんともねえよ」

「……」


 いや、そういう事じゃなくて。といいたかったけど、口籠もる。……やっぱ、疾の感性ってなんか変だ。


「……よく、わかんね」

「感覚がないより痛え方がマシだろ」

「いや、マシじゃないし。痛いのやだし」


 思わずツッコミを入れたけど、無視された。


「はあ……ったく、竜胆も何わざわざ気絶させてまで連れてきてんだ。迷惑な」

「おい」


 けど、漏らされた言葉には思わず反応してしまう。


「怪我人を病院に連れてくのは常識です」

「自分で治癒する術を知っているのに? そういうのを迷惑の押し売りっつうんだ」

「おいって」


 何でか知らないけど、イライラした。イライラしたまま、俺は勢い余って言っちまったんだ。



「じゃあ怪我しなきゃ良いだろ! 隠せとも言ってないし!」



 言った瞬間、全身の血が引いた。やっべ!!


 疾がすう、と目を細めた。ふっと、吐息を吐きだして笑う。


「──瑠依、俺が動けなくて良かったなあ? ああ、それとも動けないから言ったのか」


「……っ、ち、が」

 ひくっと息を呑んで、俺はそれでもがばっと頭を下げた。

「っごめん! 怪我させて!」


 しーん。


 ……待って、静かになるの辛い。


「……冗談だ」

 しばらく黙った後、疾がそう言った。続いて、吐き捨てるように言う。


「てめえのせいじゃねえよ。これは俺の判断ミスだ」

「……え?」


 どういう事だろう。冥官も俺のせいって言ったよ?


 戸惑って頭を上げた俺に、疾は溜息をついた。


「てめえが人鬼が駄目なのを知っていたし、その理由も知ってた。感情が揺れると神力の制御が緩むのもな。それを知った上で人鬼狩りに同行させたのは冥官で、経緯がどうだろうと了承したのは俺だ」


「……」


「あの時も、同調して暴走する可能性も考えた上で放置した。てめえがそれで死ぬ可能性も分かっていてだ。結果として、暴走した呪術がその場のあらゆる術という術、瘴気という瘴気を吹っ飛ばした。術が扱えない状態で、人鬼に後れをとった俺が負傷した。それだけの話だ」


「それだけ、……って」

「俺の判断ミスが怪我に繋がっただけっつう事。理解出来たか?」


 唇を歪めてからかうように尋ねてくる疾に、ぐっと言葉に詰まる。


「理解は、出来た……けど」

「けど?」

「……納得、いかねえ」

「そりゃ、責められて楽になりたかったからだろ」


 言葉がざっくりと突き刺さった。指先から血の気が引くのを感じて立ち竦む俺に、疾は構わず続ける。


「責めてやるつもりもねえが、本当に恨んじゃいねえし、瑠依のせいだとも思ってねえ。引き摺られても鬱陶しいだけだ、忘れろ」

「忘れろって!」

「だから、忘れても俺は責めねえよ。つーか、俺も覚えておく気ねえし」

「……なんだよ、それ」

「覚える価値もねえっつう話。こんな事やってたら怪我の1つや2つはあって当たり前、いちいち誰のせいでどうのと根に持ってられるかよ」


 ……誰だ、こいつ。

 淡々と面倒臭そうに語る疾に、俺はそう思った。


 事ある毎にほぼ難癖で人に仕事を押しつけたり、喧嘩を売ってきたりする疾じゃねえ。大怪我した癖に、どうでも良さそうにこんな言い方する奴じゃないはず、なのに。


「だから、わざわざこんな所に連れてくる必要もなかったんだがな。自分で治せる範囲の傷だっつうのに。帰宅が遅くなって残念だったなあ、瑠依?」

「うっさい」


 こんな言い方されるくらいなら、いつもみたいに罵倒浴びせられた方が、よっぽどマシだった。


「うっさい……煩い! 疾のばーかばーか!」

「子供かよ」

「疾が馬鹿なんだろ! なんで……っばーか! ばーか!」


 頭の中ぐちゃぐちゃだけど、とにかくなんかムカついたからばかばかと繰り返す。呆れ顔で俺を眺めていた疾は、ふうと溜息をついて視線を外した。


「……馬鹿には難しすぎる話で悪かったな」

「だから!」


 言い募ろうと身を乗り出した俺の肩が、後ろから掴まれた。


「はい、時間切れだ。そこまでな」


 振り返ったら、冥官がにこにこして立っていた。後ろには複雑そうな顔をした竜胆と、溜息をつくローラさん。……げ、聞かれてた?


「瑠依は案外熱血漢だなあ」

「忘れてくださいというかその誤解やめて! 帰りたくなる!」

「ははは」


 軽やかに笑って俺の抗議をシカトすると、冥官は疾に目を向ける。


「気分はどうだ?」

「最悪」

「はは、そうか。じゃあ薬飲んでおこうな」

「俺の気分が悪いのは上司の横暴ぶりに対してだ、薬はいらん」


 一気に機嫌の悪くなった疾が、冥官を睨み付けた。勿論というか冥官は笑顔でスルーした。この人強すぎ。


「そうか、まあ折角煎じて貰ったし、飲んでおくといい」

「あんた本当に日本語通じるのか?」

「かつて文学の士だった人間に失礼な」

「つまり現代日本語は通じねえのか」

「いや、時代の流れにはついていっているつもりだよ」


 ……すげえ、暖簾に腕押し。まさにああ言えばこういうみたいな感じ、よくそんなぽんぽん思い付くな。


 そして流石というか、そんなやり取りをしながらも、冥官は未だ動けないらしい疾を起こしてローラさんから薬を受けとって、と順調に薬を飲ませる体勢を整えていた。疾がますます顔を顰める。


「人形遊びの趣味にでも目覚めたか、気色悪い。薬はいらんっつってるだろうが」

「あら、それは駄目よ。熱が出ても困るでしょう」

「冥府の薬なんて気味の悪いもの飲むよりマシだ」


 作った人の目の前で言うかこいつ、と思ったけど、ちらっと見えた冥官の手の中の杯には、なんか青い色した液体が入っていた。……成程、アレは俺も飲みたくない。


「確かに見た目は独特だけど、苦みも少ないし効果は確実よ」

「いらん。つーか薬飲むほど酷くねえっての、いい加減帰せ」

「ああもう……貴方前もそうだったものね」


 困ったように溜息をついて、ローラさんは冥官に視線を向けた。


「というわけで、お願いします」

「うん、任された」

「おい待、ぅぐっ」


 制止の言葉が途中で途切れるのを、俺は引き気味に眺めた。

 ……問答無用で口の中に流し込むって、えぐい。しかも吐き出そうとするのを口押さえて鼻つまんでまで阻止するとか、ホントこの人見かけを裏切ってえげつない……。


 疾の喉が上下するのを確認してから、冥官が手を離す。当たり前だけど、疾はめっちゃ咳き込んだ。


「うん、ちゃんと飲んだな」

「……っ、あんた、本当に……っ」


 咳き込む間に食ってかかろうとして疾が、急に言葉を途切れさせる。そのまま、ふうと瞼を落とした。……え、寝たの?


「おお、よく効くな。ローラに頼んで正解だ」

「…ついでに明日までよく眠れる効果を、だなんて、冥官様も相変わらず意地の悪いこと」

「はは。疾を見ていると、どうもね」

「まあ、それは分かりますけれども」


 …………この人達、頭のネジが取れてるんじゃないか。


 疾を見てたら意地の悪いことをしたくなる? 何、破滅願望でもあるの? 聞いてるだけで殺されそうな気分になるんだけど。


 どん引きする俺の前で、冥官は疾を改めてベッドに寝かせ直し、体を起こした。


「さて、後はローラに任せるか」

「はい。あ、装飾は外してしまって良いのかしら?」

「いつも付け通しのようだけどな」

「……それはそれで身体に悪いのにね」


 また溜息をついて、ローラさんが疾の耳元に手を伸ばす。丁寧な手付きで耳たぶのピアスを……って、え。


「ピアス……?」

 竜胆が戸惑ったように呟いた。よし、気付いてないの俺だけじゃなかった。


「目立たないようにしているらしい。学校は確か、禁止されているんだろう?」

「えっと、はい」

 無法状態な生徒も多いから、付けてる奴普通にいるけどな。高校の間はピアス穴開けるのも禁止な筈。


 ……え、つか超意外。疾ピアスとかする趣味あんの?


 疾の瞳の色のような琥珀がつるりとした光を放ってて、シンプルながらも格好いいピアスだけども。余計に意外……というかなんで?


 戸惑う俺の前で、更に瞼をそっと持ち上げてコンタクトを外すローラさん。……待って、それも予想外だったんだけど。


「あ、一応言っておくけど、起きたら多分文句言うぞ」

「でしょうねえ。勝手に外されるのも嫌みたいですし。取り敢えず、これはこの箱に入れておきましょう」


 そう言って、どこからともなく現れた小箱にピアスを入れ、コンタクトは普通のと同じように洗浄を──って、水は術で出すから普通じゃないか──して、ケースに入れてから同じく小箱行き。ぱたん、と蓋を閉めて、疾の枕元に置いた。


「疾にしか開けられないようになっているから、これで許してくれるかしら」

「どうだろうなあ」


 苦笑して肩をすくめた冥官は、意外すぎる事実に唖然とする俺と竜胆を振り返り、にこりと微笑んだ。


「瑠依、ちょっと時間貰うぞ」

「へ」


 ……いい加減帰れると思ったんだけど、まだ何かあるんですか……?



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