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鬼は外、布団が内  作者: 吾桜紫苑
第8章 やりたくない仕事やらされて帰りたい
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怪我の割にはあっという間でした

 竜胆も冥官も知らないうちに疾が怪我したとしたら、その可能性なんか1つしかない。

 俺の記憶がぶっ飛んでいた間。そういえば我に返った時、疾は痛みを堪えるような顔をしていた、気がする。……あんま、はっきりとは覚えてねえけど。


 もやっとした記憶を、冥府に向かいがてら竜胆と冥官に話す。竜胆は複雑そうな顔をして聞いていた。


「……なあ。疾の怪我って……やっぱ、俺のせい?」

「うん、そうだね」


 さらりと答えてくださったのは冥官です。……この人やっぱ容赦ねえ。


「君が呪術を暴走させたのに巻き込まれたのか、それへの対処に気を取られて人鬼にやられたのかは、本人しか分からないけどな。まあどのみち、切欠が瑠依にあったのは否定しない」

「……」


 黙り込んだ俺の頭に、竜胆がぽんと手を乗せた。おかん、泣きそうになるってば。


「でもな。多分、疾は瑠依のせいだと思っていないよ」

「え」

 俯いていた顔を上げると、冥官は苦笑して肩をすくめて見せた。

「瑠依のせいだと思っているなら、疾なら戻って真っ先に君をぼこぼこにした筈だ」

「……ソウデスネ」


 あの、疾さん。冥官にここまで断言されるとか、一体この人の前で何をしでかしてるんですかね……?


「だろう? だから、余り気にしなくても良いと思うよ」

「え、でも……」


 口籠もった俺に、冥官が首を傾げた後、にこりと笑う。


「うん、そうだな。それでも気になるなら、取り敢えず謝ってみたらどうだ? 確実に何かしらの埋め合わせを要求するだろうけどな」

「うっ」


「その代わり、瑠依が無かった事にしようとするなら、疾も無かった事にすると思うよ」


「それって……」

 竜胆が何かを言いかけて、黙る。うん、俺もおんなじ気持ちだ。


 ……なんか、疾って、時々変だよな。



***



 そうこうする間に、医務室に到着。局の入口を真っ直ぐ行った奥に位置するそこは、プラチナブロンドに淡い緑色の瞳を持つ、スレンダーなおねえさまがバリバリ取り仕切っている。……冥府って時間の流れが謎すぎるトコあるから、この人の実年齢は謎だけどな。尋ねるのはタブーだぞって、いの一番に研修で教わった。


「お久しぶりです、ローラさん」

「あらまあ」


 竜胆がベッドに疾を下ろす様子を、そのローラさんが目を丸くして見ていた。


「この子がここに来るなんて……冥官様、どういう風の吹き回しですか?」

「見ての通り、竜胆がね」

「へえ……」


 目を丸くしてじいいっと竜胆を見るローラさんに、竜胆も居心地が悪そうだ。


「いや……俺だって、怪我人連れてくるくらいしますって」

「竜胆、おかんだもんな」

「おかんじゃねえって」


 ぺんっと叩かれたおでこをさすってると、ローラさんがくすくすと笑い出す。


「そう。上手くやっているならなにより」

「……まあ、なんでこんな主なんだろうとは、よく思いますけどね」

「竜胆さん!?」


 だから何でそんな辛辣になるの最近!? 帰りたい!


「それで、どうしたの?」

「えーと、足の骨が砕けてるみたいです。多分、右足」

「……また派手にやったものねえ」


 竜胆の説明に、ローラさんは眉を下げて溜息をつく。未だ眠ったままの疾を見下ろし、足に手を伸ばした。ズボンを捲り上げると、赤黒く腫れ上がった上によじれて変な方向を向いていた。


「うっ……」

「うわ……」

「幸い複雑骨折じゃないみたいだけれど。こんなに腫れてるなら、連れてきてくれて良かったわ」


 思わず引き気味になった俺らを余所に、ローラさんがてきぱきと怪我を診ていく。他にも怪我していないかもチェックしてから、ローラさんが冥官を振り返った。


「冥官様、またやらかしたんですか?」

「いや、俺じゃないよ。というか、真っ先に疑うのやめてくれないか?」

「他に誰を疑うというのですか」


 ……ごめんなさい、俺です。視線を彷徨わせた俺に、竜胆が小さく溜息をついた。


「……まあ良いです。この様子だと、最低でも1日は様子を見たいのですけれど」

「目が覚めたらさっさと帰ろうとすると思うよ」

「でしょうねえ」


 困ったように眉を下げ、ローラさんが頬に手を当てる。仕草は可愛いんだけど、続く台詞がえぐかった。


「なら、逃げられないよう、明日まで眠らせておけます?」

「術の重ね掛けは厳しいから、起きたらまた眠らせるか」

「お願いしますね」


 ……。竜胆の顔を見ると、すげえ微妙な顔してた。よし、お仲間確保。


「じゃあ治すわね」


 そう言って、ローラさんが指先で疾の足に触れた。瞳と同じ淡い緑色の光がふわりと広がって足を取り巻き、すうと吸い込まれていく。

 足の歪みがゆっくりと戻っていき、腫れも次第に引いていった。赤みが綺麗に消え去ったところで、緑色の光が消える。


 ローラさんが体を起こして、ふうっと息を吐きだした。

「はい、治療お終い。骨は接いだわ。瘴気が染み込んでいる感じはなかったから、一晩安静でなんとかなるでしょう」

「流石だな、ローラ」

「あら、冥官様に褒めて貰えるだなんて光栄ですわ」


 くすくすと笑って冥官の賞賛を受け流し、ローラさんがすいと体の向きを変えた。


「今晩は熱が出るでしょうから、薬草を煎じてきます。その子、そろそろ目を覚ますと思うからお願いしますね」

「分かった」


 冥官の返事を聞いて、ローラさんが奥へと去って行く。何となくそれを目で追った俺は、幽かに聞こえた声に慌てて振り返った。


「……ぅ」

「疾、起きたか」


 竜胆がほっとしたような声を出す。ゆっくりと目を開けた疾は、一度瞬くとがばっと上体を起こした。うお、びっくりした。


「おい、動くなって」

「……」


 竜胆が制止するも、疾は何も言わずに布団を剥ぎとった。顔を顰めて、右足を乱暴に擦る。竜胆が心配そうに尋ねた。


「……怪我は治してもらったんだが、どうだ?」

「違和感がある」


 ぶっきらぼうにそう言ったくせにベッドから下りようとする疾を、竜胆が慌てて引き留めようとした。けど、それより先に冥官がすいと手を伸ばし、疾の肩を押さえる。


「そりゃあ、治癒魔法を使えばしばらくは違和感が残るだろう。ローラが、1日はここで安静観察だと言っていたよ」

「家で安静にしてても変わんねえ」


 そう言って手を払いのけてベッドから足を下ろした疾に、冥官がかがみ込んだ。目を合わせて、口元だけでにこりと笑う。


「まあ、そう言うと思ったけどな」

「……っ」


 ぐらりと疾の体が揺れた。咄嗟に手を付いて倒れ込むのを防いだけど、冥官が続けて言霊を紡ぐ。


『だから、今は休め』

「っ、てめ」


 疾の体が、今度こそ力を失った。受け止めてベッドに寝かし、冥官が肩をすくめる。


「ローラを呼んでこよう。竜胆も付いてきてくれ。瑠依、頼めるか?」

「へ」


 いきなりのぶん投げに目を丸くした。え、何、この状況で俺だけ残されるの?


「え、っと……良いんですか?」

 竜胆も戸惑ったように聞き返したけど、冥官はにこやかに頷いた。

「うん。ちょっと竜胆と話もしたいんだ。良いか?」

「はあ……分かりました。瑠依、任せるぞ」

「え、ちょ」


 待って、この流れで待たされるとか聞いてない。慌てて止めようとしたけど、冥官も竜胆もさっさと奥に行ってしまった。……帰りたい。


「……えーと」

 恐る恐る、ベッドを振り返る。すっげえ機嫌の悪そうな疾が、ベッドに横たわってた。


「……」


 やばい、帰りたい。


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