怪我の割にはあっという間でした
竜胆も冥官も知らないうちに疾が怪我したとしたら、その可能性なんか1つしかない。
俺の記憶がぶっ飛んでいた間。そういえば我に返った時、疾は痛みを堪えるような顔をしていた、気がする。……あんま、はっきりとは覚えてねえけど。
もやっとした記憶を、冥府に向かいがてら竜胆と冥官に話す。竜胆は複雑そうな顔をして聞いていた。
「……なあ。疾の怪我って……やっぱ、俺のせい?」
「うん、そうだね」
さらりと答えてくださったのは冥官です。……この人やっぱ容赦ねえ。
「君が呪術を暴走させたのに巻き込まれたのか、それへの対処に気を取られて人鬼にやられたのかは、本人しか分からないけどな。まあどのみち、切欠が瑠依にあったのは否定しない」
「……」
黙り込んだ俺の頭に、竜胆がぽんと手を乗せた。おかん、泣きそうになるってば。
「でもな。多分、疾は瑠依のせいだと思っていないよ」
「え」
俯いていた顔を上げると、冥官は苦笑して肩をすくめて見せた。
「瑠依のせいだと思っているなら、疾なら戻って真っ先に君をぼこぼこにした筈だ」
「……ソウデスネ」
あの、疾さん。冥官にここまで断言されるとか、一体この人の前で何をしでかしてるんですかね……?
「だろう? だから、余り気にしなくても良いと思うよ」
「え、でも……」
口籠もった俺に、冥官が首を傾げた後、にこりと笑う。
「うん、そうだな。それでも気になるなら、取り敢えず謝ってみたらどうだ? 確実に何かしらの埋め合わせを要求するだろうけどな」
「うっ」
「その代わり、瑠依が無かった事にしようとするなら、疾も無かった事にすると思うよ」
「それって……」
竜胆が何かを言いかけて、黙る。うん、俺もおんなじ気持ちだ。
……なんか、疾って、時々変だよな。
***
そうこうする間に、医務室に到着。局の入口を真っ直ぐ行った奥に位置するそこは、プラチナブロンドに淡い緑色の瞳を持つ、スレンダーなおねえさまがバリバリ取り仕切っている。……冥府って時間の流れが謎すぎるトコあるから、この人の実年齢は謎だけどな。尋ねるのはタブーだぞって、いの一番に研修で教わった。
「お久しぶりです、ローラさん」
「あらまあ」
竜胆がベッドに疾を下ろす様子を、そのローラさんが目を丸くして見ていた。
「この子がここに来るなんて……冥官様、どういう風の吹き回しですか?」
「見ての通り、竜胆がね」
「へえ……」
目を丸くしてじいいっと竜胆を見るローラさんに、竜胆も居心地が悪そうだ。
「いや……俺だって、怪我人連れてくるくらいしますって」
「竜胆、おかんだもんな」
「おかんじゃねえって」
ぺんっと叩かれたおでこをさすってると、ローラさんがくすくすと笑い出す。
「そう。上手くやっているならなにより」
「……まあ、なんでこんな主なんだろうとは、よく思いますけどね」
「竜胆さん!?」
だから何でそんな辛辣になるの最近!? 帰りたい!
「それで、どうしたの?」
「えーと、足の骨が砕けてるみたいです。多分、右足」
「……また派手にやったものねえ」
竜胆の説明に、ローラさんは眉を下げて溜息をつく。未だ眠ったままの疾を見下ろし、足に手を伸ばした。ズボンを捲り上げると、赤黒く腫れ上がった上によじれて変な方向を向いていた。
「うっ……」
「うわ……」
「幸い複雑骨折じゃないみたいだけれど。こんなに腫れてるなら、連れてきてくれて良かったわ」
思わず引き気味になった俺らを余所に、ローラさんがてきぱきと怪我を診ていく。他にも怪我していないかもチェックしてから、ローラさんが冥官を振り返った。
「冥官様、またやらかしたんですか?」
「いや、俺じゃないよ。というか、真っ先に疑うのやめてくれないか?」
「他に誰を疑うというのですか」
……ごめんなさい、俺です。視線を彷徨わせた俺に、竜胆が小さく溜息をついた。
「……まあ良いです。この様子だと、最低でも1日は様子を見たいのですけれど」
「目が覚めたらさっさと帰ろうとすると思うよ」
「でしょうねえ」
困ったように眉を下げ、ローラさんが頬に手を当てる。仕草は可愛いんだけど、続く台詞がえぐかった。
「なら、逃げられないよう、明日まで眠らせておけます?」
「術の重ね掛けは厳しいから、起きたらまた眠らせるか」
「お願いしますね」
……。竜胆の顔を見ると、すげえ微妙な顔してた。よし、お仲間確保。
「じゃあ治すわね」
そう言って、ローラさんが指先で疾の足に触れた。瞳と同じ淡い緑色の光がふわりと広がって足を取り巻き、すうと吸い込まれていく。
足の歪みがゆっくりと戻っていき、腫れも次第に引いていった。赤みが綺麗に消え去ったところで、緑色の光が消える。
ローラさんが体を起こして、ふうっと息を吐きだした。
「はい、治療お終い。骨は接いだわ。瘴気が染み込んでいる感じはなかったから、一晩安静でなんとかなるでしょう」
「流石だな、ローラ」
「あら、冥官様に褒めて貰えるだなんて光栄ですわ」
くすくすと笑って冥官の賞賛を受け流し、ローラさんがすいと体の向きを変えた。
「今晩は熱が出るでしょうから、薬草を煎じてきます。その子、そろそろ目を覚ますと思うからお願いしますね」
「分かった」
冥官の返事を聞いて、ローラさんが奥へと去って行く。何となくそれを目で追った俺は、幽かに聞こえた声に慌てて振り返った。
「……ぅ」
「疾、起きたか」
竜胆がほっとしたような声を出す。ゆっくりと目を開けた疾は、一度瞬くとがばっと上体を起こした。うお、びっくりした。
「おい、動くなって」
「……」
竜胆が制止するも、疾は何も言わずに布団を剥ぎとった。顔を顰めて、右足を乱暴に擦る。竜胆が心配そうに尋ねた。
「……怪我は治してもらったんだが、どうだ?」
「違和感がある」
ぶっきらぼうにそう言ったくせにベッドから下りようとする疾を、竜胆が慌てて引き留めようとした。けど、それより先に冥官がすいと手を伸ばし、疾の肩を押さえる。
「そりゃあ、治癒魔法を使えばしばらくは違和感が残るだろう。ローラが、1日はここで安静観察だと言っていたよ」
「家で安静にしてても変わんねえ」
そう言って手を払いのけてベッドから足を下ろした疾に、冥官がかがみ込んだ。目を合わせて、口元だけでにこりと笑う。
「まあ、そう言うと思ったけどな」
「……っ」
ぐらりと疾の体が揺れた。咄嗟に手を付いて倒れ込むのを防いだけど、冥官が続けて言霊を紡ぐ。
『だから、今は休め』
「っ、てめ」
疾の体が、今度こそ力を失った。受け止めてベッドに寝かし、冥官が肩をすくめる。
「ローラを呼んでこよう。竜胆も付いてきてくれ。瑠依、頼めるか?」
「へ」
いきなりのぶん投げに目を丸くした。え、何、この状況で俺だけ残されるの?
「え、っと……良いんですか?」
竜胆も戸惑ったように聞き返したけど、冥官はにこやかに頷いた。
「うん。ちょっと竜胆と話もしたいんだ。良いか?」
「はあ……分かりました。瑠依、任せるぞ」
「え、ちょ」
待って、この流れで待たされるとか聞いてない。慌てて止めようとしたけど、冥官も竜胆もさっさと奥に行ってしまった。……帰りたい。
「……えーと」
恐る恐る、ベッドを振り返る。すっげえ機嫌の悪そうな疾が、ベッドに横たわってた。
「……」
やばい、帰りたい。