おかんに隠し事は出来ません
「つうか、てめえらはのうのうと何をしてやがった」
苛立つような疾の声に首を捻ると、疾が機嫌悪そうに冥官を睨み付けていた。冥官は、苦笑混じりに肩をすくめる。
「勿論、空間を探して合流しようとしていたとも。ただ……ちょっとな」
「あ?」
疾が眉を寄せる。冥官がすいと目を細めて、笑った。うわ、こわ。
「奇妙な出で立ちのヒトガタに、足止めを喰らった。口振りだと、人鬼に堕とした張本人のようだ。……見た事のない術に翻弄されてしまってな、逃げられたよ」
「……」
疾が眉間の皺をますます深めた。うん、この冥官から逃げた敵って、やばいなんてもんじゃねえよな。おっかねえ。
それはともかく、だ。
「あの、冥官」
「うん? なんだ?」
にこりと普段通りの笑みに戻って振り向いた冥官に、俺はドきっぱりと宣言した。
「俺もうマジで、二度と人鬼狩りしませんから。本気で無理ですから。無理矢理呼んでも逃げますよ」
「瑠依!」
竜胆が責めるように言ってきたけど、いや俺悪くないって。無理なのは疾が証明してくれるって。
「……らしいけど、実際の所はどうなんだ、疾?」
「……素質が全くないわけじゃねえが、致命的に向いてねえ。少なくとも一緒に仕事したいとは欠片も思わん」
「そうかあ」
ほら、疾が言い切ってくれた。だよな、今回の俺見てればそう思うよな。
「つまり、それなりに動けたという事だな? 心構えは、まあ、何とかなるだろう」
「は?」
「へ?」
俺と疾の声が被るという珍事発生。今、この人なんて……?
「いやだって、人鬼狩りで最低限呪術は発動させられて、効果があったんだろう? 俺の渡した術具も使いこなしたみたいだしな」
「アレは使いこなしたとは言わん。大暴走させた挙げ句に味方を巻き込みかけたのを、悪運と力業でなんとかなったっつうだけだ。あんなもんに付き合わされたら、命が幾つあっても足りるか」
「そこまで言わなくても!?」
「何か言ったか諸悪の根源」
「俺!? ……のせいですねごめんなさい痛い痛い痛い!?」
無造作に顔に伸びてきた手ががっちりと爪を立てて食い込んできた。アイアンクローって新しいわ痛い!?
「いやあ、何とかしただけでも大したものじゃないか。中途半端な実力だと暴走を制御出来ずに自爆するからな」
「そんなおっかないもの俺に渡したんですか!?」
「おい、この馬鹿の致命的に他者を巻き込む悪運は説明しておいただろうが、しれっと人を巻き込むな」
俺と疾の抗議にもほけほけと笑うばかりの冥官に、尚も疾が食ってかかる。その内容たるや、如何に俺が足手纏いで役立たずで人鬼狩りに不適切かを、事細かに訴えかけていた。……あの、聞いている方が辛いんですけど。
「いや、疾がそこまで気に入っているなら大丈夫だろう」
「あんた俺の話をまともに聞く気があるのか?」
「ちゃんと聞いているじゃないか。ところで、そろそろ離してあげたらどうだ? 首が辛そうだぞ」
冥官が水を向けてくれた、と思うと、疾はノータイムでぺいっと放り捨ておった。地面にドサッと転がったと思ったら、竜胆にひょいと持ち上げられた。じょ、上下移動で目が回る。
「瑠依、大丈夫か」
「もうやだぁ……帰るぅ……」
「……本当に、大丈夫そうだなあ」
「なんでそーなる! 俺のメンタルはぼろっぼろですけど!?」
俺の全力の訴えにも半笑いで答えず、竜胆は俺を地面に下ろした。そろそろ足の感覚も戻ってきてたから、丁度良いやとそのまま立っておく。
「まあ、今後の参考にはさせてもらうよ。幸い、瘴気は根こそぎ浄化出来たようだ。結界の外側に漏れた分は、俺が何とかしたしな。人鬼狩りは無事終了だ」
「……あっそ」
疾がうんざりしたように吐き捨てて、くるりと踵を返した。背中に向けて、冥官が声をかける。
「おや、帰るのか?」
「これ以上居残る必要がねえ。報告は明日の夜にでも書類にしておく」
「詳細を聞いておきたいんだがな」
「だから、明日出すっつってんだろうが。何度も同じ内容喋らされてたまるか」
それ以上の問答は無用とばかりに歩き出す疾、やっぱ機嫌悪い。下手に関わったらこっちが痛い目に遭う、と見送る体勢に入った俺を余所に、竜胆がひょいと首を傾げた。
「んー……」
「どした、竜胆?」
「瑠依、怪我はしてねえよな?」
「……心は重傷だけど?」
「無傷なんだよなあ。……うーん」
最近、竜胆がスルーしてくるようになった気がする、辛い。胸を押さえている俺を余所に、竜胆は考え込むような顔で視線を明後日の方向へ……疾の背中へ、向けていた。
「竜胆?」
「……うん」
小さく呟くと、竜胆がすいと1歩踏み出した。そして──
「──っ竜胆!!」
「やっぱりか」
「……へ?」
「……おや」
疾の怒声と竜胆の納得したような声に、俺は目を激しく瞬いた。
えぇと、取り敢えず俺の目に映ったものをまんま説明するとだ。竜胆が一息で疾に近付くと、疾をひょいと担ぎ上げました。以上。
…………いやいや。竜胆さん、何してんの。
唖然とする俺を余所に、疾はがっちりと両太腿をホールドされたまま、竜胆の肩に手を置き、上半身を捩って下りようともがいている。
けど、竜胆はどうやらガチで力を込めているらしい。流石に歩き出す余裕はないっぽいけど、あの疾が竜胆の腕から逃れられずにいた。
……ん? 疾、身体強化使えば竜胆と互角だよな? 体術もすげーし、あれくらい振り解けるんじゃね?
俺の疑問を余所に、じたばたしながら疾がまた怒鳴る。
「おい、離せ!」
「良くこのまま歩いて帰ろうとか思うなぁ。取り敢えず局行くぞ」
「いらん、下ろせ」
「いや、必要だろ。つか、大人しくしてろって」
「だから……っ」
もがいていた疾が、一際力を込めようという気配を見せかけて動きを止めた。息を呑み込んで、顔を歪める。
その隙に、竜胆が両太腿を抱え込む手とは逆の手で、疾の上半身をぐっと押した。あっさりと体が前のめりに折れる。
「竜胆!」
「ほら、力込めただけで痛えんだろ。つか、良くぐっちゃぐちゃに骨が砕けた足で平然と歩けるな」
「……っせえ」
「……え?」
骨が、砕けた?
「魔力強化すりゃ骨の代わりくらい出来る。治療手段も自分で確保してんだよ、いらん節介焼いてねえで下ろせ」
「うわ、痛ってえ無茶しやがって。他人に治して貰った方がちゃんと治るぞ、局の医務はプロだ。きっちり治してもらえって」
「いらん。下ろせ」
「あのなあ……」
頑なに下ろすよう要求する疾に、竜胆が呆れ気味に溜息をついて。ふと固まってる俺を見て、声をかけてきた。
「そうだ、瑠依。ちょっと疾眠らせられねえか?」
「へ?」
「阿呆が、その馬鹿に眠らせる? 呪殺させる気か」
「そんなおっかない事しないし失礼な!?」
「悪夢を見せる呪術しか知らねえ癖に抜かすんじゃねえぞ、出来損ない呪術師」
「うぐっ」
確かに思い付いたのはそれだったので、目を泳がせる。……というか疾さん、竜胆に背中押さえられたまま顔だけ上げて睨み付けるのやめて、超怖い。
「じゃあ、俺がやろうか?」
今まで黙ってた冥官が、気軽な感じで声を上げた。その瞬間、ぎくりと疾が体を強張らせて、また暴れ出す。
「っざけんな! 竜胆下ろせ!」
「あーっと……すんません、お願いして良いですか」
「ん、頼まれた」
にこりと笑って頷くと、冥官はすたすたと近付く。焦ったように疾がもがくけど、竜胆はしっかりと押さえ込んで離さなかった。
「この……!」
「まあそう嫌がるなよ、疾」
ぽん、と疾の肩に手を置いた瞬間、疾の体が雷に撃たれたようにびくんと跳ねる。そのまま、一気に脱力した。
「……っと」
竜胆が力の抜けた疾の体を抱え直し、冥官に向き直った。
「ありがとうございます」
「いや? それにしても、良く気が付いたな」
「血の臭いつうか、怪我した人間特有の臭いがしたもんで」
「……それは疾も予想外だったか。俺から見ても、上手く偽装していたけれどな」
「ああ、やっぱりそういう事ですか」
竜胆が小さく溜息をついて、疾にちらりと視線を向ける。俺から見た疾は、気を失ったまま苦しそうに顔を顰めていた。
「ったく。味方にまで怪我を隠さなくても良いだろうが」
「……そうだね」
冥官が少し目を細めて頷くのを、俺はどこか、現実感なく眺めていた。……一体いつ、疾が、怪我したんだろうと、考えながら。
「冥府行くぞ、瑠依」
竜胆が、硬直した俺を見て、困ったように笑いかけてそう言った。