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鬼は外、布団が内  作者: 吾桜紫苑
第8章 やりたくない仕事やらされて帰りたい
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人間、怖いとパニックになるんです

 ──いってきます、お母さん。

 ──行ってらっしゃい。気を付けて行ってくるのよ。


 毎日繰り返す挨拶。日常のありふれた光景。


 「ただいま」と「おかえり」がある前提で交わされたそれが、陽炎のように儚いものだなんて、思いもしなかった。



 ──あの日、慟哭と共に絶望を知るまで。



***


 

 俺が腰を抜かして動けなくなったせいで、人鬼狩りは、疾対人鬼の形になった。


 とはいえ相手はわらわらと鬼を産みだしてた瘴気の持ち主。人鬼の周りから大量の鬼が湧き出して、四方八方から疾へと襲いかかっていく。


「ふっ」


 背後から伸ばされた爪を身を捩って交わし、疾が銃の引き金を引く。弾け飛び、ぐずぐずに溶けた鬼が地面に落ちるより早く、疾が横っ飛びに回転した。側宙の要領で鬼の攻撃を避けると、抉り込むような蹴りが鬼のこめかみに突き刺さる。


 吹っ飛んだ鬼に銃弾をぶち込んで止めを刺すと、末期を確認する事なく更に疾が身を翻した。


 次から次へと襲いかかってくる鬼達の攻撃を躱し、いなし、着実にこちらの攻撃を当てて倒す。そうして数をガンガン減らしていくけど、相手も同じ位ガンガン鬼を産みだしていく。……キリがない。


「ちっ……!」

 疾もそこは同じ意見らしく、痛烈な舌打ちが聞こえてきた。視線が人鬼へ向くやいなや、高々と宙へ跳んだ。


 両手に構えた銃から、幾つも弾が飛ぶ。


 宙空で無防備になりながらも攻撃を仕掛けた疾は、重力に従い落ちながらも、呑み込まんとする鬼の軍勢に怒声を浴びせた。


「邪魔だ!」


 閃光が一瞬だけ駆け抜ける。光が通り抜けた先では、バターでも切るように鬼が分断されてドシャドシャと崩れ落ちた。


 疾は一掃した周囲の敵には頓着せず、更に追撃を人鬼に仕掛ける。


 けど。


 キインッと甲高い音が聞こえて、銃弾が弾かれた。数発受け止めてその視えない壁は砕け散ったけど、更に新たな壁が幾つも生じて、疾が打ち込んだ銃弾全てを防ぎきった。


「はん、障壁の精度はそこそこってか。伊達に力を求めて堕ちただけはあるな」

 疾が口元を歪めて吐き捨てる。更に湧き上がってきた鬼の軍勢を見て、笑みを深めて銃を構え直した。

「有象無象を幾ら差し向けても、傷1つ貰うかよ」

 不敵に言い放って物量戦に挑む疾を、俺は呆然と見ていた。



 ……相変わらず意味わかんねー戦いっぷりだな、って思う。


 だって、疾は元々前衛だ。基本的に武器は銃だけで、後衛の術みたいに、一撃で鬼を一掃するような攻撃は出来ない。する暇がない。

 術を練るにはどうしても集中力が必要で、前衛にいるとその隙に鬼に襲われて怪我しちまう。だから、前衛に求められるのは、本来後衛が術を練り上げられるだけの時間を稼ぐ、相手を消耗させる。そういう戦い方だ。


 だというのに、疾がさっきやった鬼の一掃は、神力を放出して物理的な攻撃力を持たすだなんて、とんでもない力業だ。乱発しないとこをみると、流石に連発出来るわけじゃあないっぽいけど。


 だから、体術と銃メインで鬼を相手取っていくしかないんだけど、それであの鬼の軍勢と人鬼を相手取れてるんだから、マジで人間やめていると思う。


 ……それでも、数の暴力は偉大だ。あの疾相手に、人鬼は傷らしい傷を負わず、瘴気が黒い塊になって、雨あられと疾へ向けて降り注いでいた。生み出した鬼さえも巻き込むその攻撃は、掠っただけでも洒落にならねえ怪我になるのは、見てて分かる。


 それでも笑みを浮かべて戦い続ける疾を眺めながら、なにやってんだろって思った。


 ここで、いつもやってるように、呪術を組んで。鬼だけでも全部纏めて瘴気引っぺがしてしまえば。さらに竜胆がいれば、そのまま鬼を全部仕留めてくれるから、疾は人鬼と一騎打ち出来る。


 そこまで分かっている、けど。


 手が震えて、どうしようもない。呪術具を手に取れないほど震えてて、何より、頭が真っ白で何も考えられねえ。呪術の意味づけとか、とてもじゃねえけどそんな余裕はない。


 怖い、無理。ああ何で俺こんなトコにいるんだろ、切実に帰りたい。



「らあっ!」

 いつの間にか疾が鬼達を退けて、次の鬼が湧く前の一瞬で人鬼に間合いを詰めた。疾の銃弾が壁を打ち壊し、白い光を纏った銃身がナイフのように振るわれる。


 赤い血と、──どす黒い霧が、飛び散った。


「ちっ!」

 疾が口元を覆って飛びずさる。残像を覆い尽くすように、瘴気がぶわりと溢れる。にいと、鬼が不自然に口を曲げた。


「……瘴気の量が多いな。一撃で仕留めるのは厳しいか……ったく、冥官は何してる」

 疾の独り言に、息を呑む。


 疾が一撃で仕留められないだけの、瘴気の塊。多分この人、相当優秀な術師だったんだろう。元々持っていた霊力がそのまま、瘴気に変わっちまったわけだ。

 中途半端な手傷を負わせれば、今みたいに瘴気が溢れ出る。俺らにとって瘴気は毒と一緒、吸っただけでも体に影響が出てしまう。


「ま、たまには奴の仕事を奪うか」

 不敵に笑って、疾がまた地面を蹴った。銃を構え、鬼の攻撃を躱し、身体強化を駆使して敵を屠りながら、着実に少しずつ、敵に傷を負わせていく。


 戦いぶりを呆然と見ていた俺が、確かに戦況がこちらへと傾いているな、と感じた、その時。



「────────!!!!」

 鬼が、吠えた。



「っ!? 瑠依、結界張れ!」

「え?」

 疾が焦ったように俺を見て、怒鳴る。とっくの昔に思考が麻痺してた俺は、直ぐに反応出来ない。



 ──ドクン。

 闇が、鳴動した。



「な、何?」

「馬鹿野郎っ! 呑まれるぞ!!」

 疾が何か叫んで、鬼が群がっているにも関わらず、右手の銃を俺に向ける。

「何──」


 何を、と問う間もなく。人鬼と、目が、合った。



 ──ぐちゃどろに混ぜられたドス黒い瞳を見た瞬間、怒濤のように雪崩れ込んできたもの。



「ひっ!?」



 なんで、なんでなんでなんで。

 今朝、見送ったばかりなのに。動かない。うごかない。

 どうして。あの時、見送らなければ。あの時、私がいれば?

 無理だ。アレは強い。化け物だ。

 だけど、嗚呼、嗚呼。駄目だ。そんなの、認められない。

 歪む視界で、嗄れた声で。悪魔に、祈る。

 ──力を。化け物を屠る力を、ちょうだい。


 

 血を吐くような慟哭に、臓腑を抉りとるような痛みが走った。哀しみの感情……いや、違う。これは、憎しみだ。

 あまりにもあまりな生々しい感情の津波に、全身の血の気が引くような感覚が走った。


「ぎゃぁあああああ!?」

 やばいマズイ殺される死ぬ死んじゃう!?


 半ばパニックになった俺は、気付けば何も考えず、手に持っていた物に思いっきり力を注いでいた。



「…………っ!!!」

 声にならない叫びが幽かに聞こえて、全てが砕け散った。


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