朝は慌ただしいものです
朝は清々しい。
朝日を浴びて伸びをするのも、1日の始まりの朝食の美味さも、なかなか良いものがある。何となくニュースを眺めてぼうっとするのも、悪くない。
ただ、それは睡眠が十分取れた時に限る、という但し書きが重要だと、俺は思う。
考えても見ろよ、人間寝なきゃ死ぬんだぜ? 命に関わる寝不足を放っておくなんて、無謀にも程があると思わないか。寝不足を押して頑張るとか、そんな自殺行為を推奨するのは絶対に間違ってる。目指せ、1日10時間睡眠。
「瑠依! いい加減起きろ!」
だから俺は、幾ら竜胆に怒鳴られようが屈しない。絶対にこの布団を手放すもんかい。
「毎朝毎朝ごねやがって! 流石にもう起きねえと遅刻するぞ! 起きろ、布団手放せド阿呆!」
「だが断る!」
「叫べるくらい目が覚めてんならとっとと起きろよ!」
引っぺがそうとする力に抗って、俺は更に布団に潜り込む。そして叫んだ。
「5日連続で午前4時に帰ってきてるんだぞ! 今日は学校休んで寝てやるわ!」
「2時の待ち合わせギリギリまで寝てる時間合わせたら十分寝てるっつの! 学校までサボろうとするな馬鹿!」
怒声と共に、布団ごと持ち上げられた。ミノ虫状態のまま宙に浮いた俺は、思わず叫ぶ。
「うおっ、この馬鹿力!?」
「馬鹿は瑠依だ、いい加減諦めろ!」
「ぐえっ!?」
驚いてうっかり手を緩めていた布団を引き剥がされ、俺は床に自由落下した。いってえ、腰打った。
「竜胆〜っ。おま、主相手にそこまでするか!」
痛む腰を押さえて見上げた先、本来は20代半ばの外見を16歳くらいに変え、制服に着替え終えていた。据わった目で人差し指を向けてくる。
「俺だってこんな情けねえ真似、毎朝したくねえよ。頼むからせめて起こしたら直ぐ起きろっての、これでもギリギリまで待ってやってんだぞ」
俺はぐっと拳を握って力説した。
「5日連続寝不足で、そう直ぐに起きられるか!」
「瑠依のは「直ぐに」を通り越してるんだよド阿呆! とっとと支度しろ」
「あいてっ」
軽く足を蹴られて、俺は渋々制服に手を伸ばす。ああ、学校行きたくない。
うだうだとユーウツに支度を開始した俺だったけど、竜胆の言葉に一瞬硬直する。
「ちなみにあと15分で遅刻だからな、死ぬ気で急げよ」
「……うっそだろおい」
「朝飯抜きは自業自得。ちなみに、俺も食えてないからな」
冷え切った声に、ちょっとやり過ぎたと後悔した瞬間だった。
「母さん弁当プリーズ!」
支度を終えてリビングに顔を出すなり叫ぶと、キッチンに立っていたお袋様は深く溜息をついた。
「もうね、瑠依のお弁当まで竜胆君に上げるべきじゃないかしら……毎朝毎朝、本当にごめんなさいね」
俺達に弁当を手渡しながらお袋様が竜胆に眉を下げてみせる。竜胆は受けとりつつ、ふわりと笑って首を振った。
「いえ菫さん、赤の他人である俺がここまで面倒見て貰っている以上、このくらいはさせてもらいますよ……大変ですけどね」
「うふふ、相変わらず真面目ねえ。お母さんと呼んでくれて構わないのよ?」
「はは……お気持ちだけいただきます」
にこにこと押しの強いお袋様の要求を、竜胆はいつものように苦笑混じりにかわしていた。そのやり取りの間に電光石火の速さでトーストをかすめ取った俺は、竜胆をぐいと押した。
「ふぃんふぉう、ふぉういふふぉ!」
「瑠依? 行儀悪いわよ?」
「…………」
据わった目でひたりと俺を睨んだ竜胆が、がしっと制服の後ろ襟を掴む。
「すみません、もう行きます」
「あら、ひきとめちゃったわね。行ってらっしゃい」
「ふぉい、ひっふぁるふぉいふぁい!」
抗議の声も無視して、竜胆はそのまま引き摺るようにして家を出た。
「だあああ、もう走るのだるいいいい!」
「嫌なら歩いて間に合う時間に起きろ」
「だが断る!」
「言うと思った、ホント馬鹿」
うんざりと溜息をつく竜胆は、全力疾走する俺に余裕顔で併走している。おのれ、これが身体スペックの差か。
「だって眠いんだよ! 起こされても起きられないの普通じゃね!?」
「瑠依のはもう普通を超えてる。サボりてえだけだろうが」
毎日のやり取りだからか、竜胆がどことなく投げやりだ。横目で睨むも、無視された。
「つうか、また待たせてると思うぞ? 悪いと思わねえの?」
竜胆の問いかけに、口をすぼめて言い返す。
「悪いと思わなくはないけど、それ以上にかけられてる迷惑でチャラだっての」
「俺から見れば、普通の子だけどなぁ」
不可解そうに首を傾げる竜胆も、きっと近々分かる。何せ奴は——
「あ、やっと来た! るーい、おっそい! 竜胆君、おはよう♡」
——こうも露骨に態度を使い分けるくらい、竜胆のこと気に入ってるし。
「はよ」
「おはよう、崎原さん」
「もうっ竜胆君、常葉でいいってば!」
てきとーに返した俺と、丁寧に返した竜胆。当然ダッシュ継続中なんだが、待ち人は文句を言いつつ当たり前のように併走してきた。
「もーっ、瑠依のせいで私までダッシュだし! 朝練になるから良いけど!」
「朝練なら良いだろ、走れ」
「……瑠依、ちったあ反省しろ」
軽く後頭部を叩かれ、首がかっくんなる。それを無視して横目で睨めば、待ち人はにまっと笑った。
「この、猫被り……」
「ふっふーん♪ なーんのことかなっ」
崎原常葉。
陸上部所属2年。ポニテに上げた髪の毛がまんま馬の尻尾な髪質が密かな悩みらしい、ぱっちりとした目が特徴的な女子。黙ってりゃそれなりに可愛らしい顔立ちだ、と思う。
常葉は一応、幼馴染みだ。たまにうちで飯食っていく程度には付き合いがあって、こうして毎朝当たり前の顔して待ち伏せている。よって登校はなし崩しに一緒、下校も気付けば同行してるな。
……可愛い高校生と行き帰り一緒、羨ましいって?
ぶっちゃけ、いつでも安値でお譲りする。むしろさせてください。