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鬼は外、布団が内  作者: 吾桜紫苑
第8章 やりたくない仕事やらされて帰りたい
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お小遣いは貴重です

 結局、駄々を捏ね続けた俺を竜胆が無言で小脇に抱えて、問答無用の出勤となった。


「竜胆の裏切り者ぉ……」

「いや、俺の仕事は瑠依に仕事させる事なんだろ。何が裏切り者だよ、ったく」


 溜息をつきながら、竜胆は未だ俺を抱えたままだ。下ろすと逃げると思われてるらしい、大正解だよちくせう。


「……文句がうるせえ」

「あはは、瑠依はいつも元気だよな。前もそうやってずーっと言っていたし」


 吐き捨てるような疾の言葉に、冥官が楽しそうにそんなお答え。人が嫌がってるのがそんなに楽しいですかね、俺は帰りたい。


 恨めしい視線を当て続けていると、冥官は俺の手元を見てひょいと首を傾げた。


「それにしても……瑠依、給料はきちんと貰っているんだろう? 見習いならともかく、何で呪術具が未だに鉛筆なんだ?」

「え、普通に買ったら呪術具って高いじゃないですか」


 ごくごく当たり前の質問に真顔で返すと、冥官が不思議そうな顔をする。


「フレアの払う給料、呪術具も買えないくらいか? 疾は確か」

「おい、べらべら喋るな」


 疾が遮って冥官を睨み付ける。冥官が軽く肩をすくめた。


「はいはい、相変わらずだな。それで? 呪術具くらい買えるだろう?」

「いや、だから高いじゃないですか。勿体ない」

「……勿体ない?」


 怪訝そうな顔で繰り返した冥官に、竜胆に担がれたまま俺はぐっと拳を掲げて見せた。


「折角の小遣いをゲームやマンガに割かずして何に割きますか! 呪術具は最大限節約して後は俺の趣味に──」

「馬鹿瑠依!」

「だだだだだ!?」


 竜胆が器用にも脇に抱えたまま俺の頭を鷲掴みにしてきた。痛いってそれやめて!?


「あははは、成程な。鬼狩りに支払われる実費をそっちに回すとは思わなかった」

「そいつが馬鹿なだけだ」

「いや、ある意味狡賢いのかもしれないぞ」

「んなわけあるか、何も後先考えてねえだけだ」


 疾の辛辣な言葉にもほけほけと笑ったまま、冥官は懐に手を入れた。取り出したそれを、俺のリュックに突っ込んでくる。


「はい、これやるよ。何かあったら使え」

「え、何ですか?」

「術具、かな。俺は必要ないし、瑠依が使え」


 まるきり説明になってない言葉に唇を尖らせると、竜胆が今だ掴んだままだった手に力を込めてきた。慌てて頷く。


「ありがとうございます、竜胆お願い離して」

「……ったく、この馬鹿主」


 深く深く溜息をついて、竜胆は手を離してくれた。ほっと息をつきつつ、リュックを漁って見覚えのない物を取り出す。


「……なんじゃこれ」


 ものっそい達筆すぎて読めない文字がびっしりと書き込まれた紙を、折り紙みたいに折って箱の形にしたもの。……なんじゃこれ。


「変なの、見た事ねー」

「瑠依!!」

「はははは」


 竜胆が慌てふためいた声を出してるけど、冥官は楽しそうに笑うだけ。気にしなくっていいっぽいぞ、竜胆?


「……宝の持ち腐れだな」

 短く吐き捨てるように言われた疾さんの言葉が、やけに突き刺さった。こっそりと視線だけ向けると、俺らのやり取りを振り返りもせず、仏頂面で周囲に視線を向けている。


 ……疾、めっっちゃくちゃ機嫌悪い?


 元から会話に入ってくるタイプじゃねえけど、普段俺と竜胆がこんな感じで騒いでたら、もう少し皮肉飛ばしてきたり言葉で刺してきたり蹴り入れてきたりする。……俺の扱いが酷すぎる件。

 なのに今日は口数少ないし、たまに口開いてもやけに機嫌悪いとゆーか、ぴりぴりしてるとゆーか。ぶっちゃけかなりおっかないです、帰りたい。


 とはいえ「どーした機嫌悪いのかー?」なんて聞いたらどつき倒されることは確実だからしない。俺は我が身が可愛い。

 ので、スルー一択で。竜胆が微妙に気にしてるけど、小突いて止めておいた。地雷に突撃しようとするんじゃない、おかん。


「さてと、目的地に着いたぞ」

「うぅ……」

 結局逃げ切れなかった。呻いた俺に溜息をついて、竜胆がぺいっと俺を投げ捨てた。ちょ、扱い酷すぎね?


 で、ここどこだ。痛む腰をさすりつつ、俺は尻餅をついたまま辺りを見回す。どうやら繁華街に続く手前の三叉路っぽい。


「……三叉路かぁ」

 瘴気の蟠りが出来やすい代表格だ。いかにもそれっぽい場所に連れてこられたようで、ほんと帰りたい。


「ここが、最初の被害者が出た所だ。一般にはひき逃げという事になっているけれど」


 そう言って、冥官がすっと手のひらを下に腕を掲げる。地面が、ぐにゃりと波打った。


「ひっ!」

 思わず悲鳴を上げた俺を余所に、地面から飛び出てきた黒い靄は、吸い込まれるように冥官の手のひらへと伸び上がっていく。


「うん。やっぱり、かなり濃い瘴気だな」


 動じる様子も無く、冥官がその靄を受け止めた。一瞬で消し飛んだ靄の後には、きらきらと白い光の欠片が散る。


「……すげえ」

 竜胆が思わずぽつんと漏らす。視線をあげると、竜胆が見下ろしてきて囁いた。


「きっちり瘴気を浄化するだけの神力を放出してた。瘴気の濃度もかなりのもんだってのに、何の力みも焦りもなく消して見せたんだぞ……相当な精度と威力だ」

「へー」


 あんま興味は無いけど頷いておいた。いや、この人の訳の分からないのは、今更というか凄すぎて分からないというか。


「で、そっちはどうだ? 疾」

「何も」


 地面に手を当てていた疾が、素っ気なくそれだけ返して立ち上がる。そのまますたすたと歩き出す後ろ姿に、冥官が苦笑した。


「全く。疾は相変わらず、仕事の時愛想どころか、連携をとる気もゼロだよな」

「……普段から、ああなんですか?」

「うん? 俺と仕事する時は、大体あんな感じかな。竜胆達とは違うのか?」


 思わず顔を見合わせる。うん、俺らにはかなり違和感あるよな、やっぱ。


「いや、愛想はそもそもないんですけど……」

「かといって同じかというと、違うよなあ……って感じです」

「へえ」


 ちょっとびっくりしたような声を上げてから、冥官はにこりと笑う。


「そうか。それは良かった」

「へ?」

「君達とそれなりに上手くやって行けている、ということだろう?」

「…………そう、ですかね」

「…………まあ、そうなりますかね」

「おや、微妙な反応だな」


 思わず視線を逸らした俺ら、悪くない。多分竜胆も俺も、同時に同じ事を思ってるからな。


 ……フルボッコの挙句に生贄扱いされた俺らが、上手くやってるとか言われましても。


「ふうん、色々あるみたいだな……でも」

「おい、何をぼさっとしている。夜が明けるぞ」


 疾の鋭い声が飛んでくる。話の打ち切りを余儀なくさせる声に、冥官が苦笑を滲ませた。


「はいはい。これ以上へそを曲げないうちに、行こうか」



 ……悪魔ですらも子供扱いするこの人、分かってたけどマジですげえよな。おっかない。



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