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鬼は外、布団が内  作者: 吾桜紫苑
第8章 やりたくない仕事やらされて帰りたい
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その仕事は絶対に嫌なんです

 冥官。正式には、冥府の官吏。

 ぶっちゃけ冥府の公務員って意味だから、俺ら鬼狩りだって冥府の官吏なんだろうけども。俺達にとって「冥官」、「冥府の官吏」といえば、この人を指す。


 冥王の片腕。地獄の裁定の補佐を務め、あの世とこの世を隔てる扉の番人を担う、人をやめた存在ひと

 なんだっけ、1000年くらい前の、平安時代の文官? とかなんとかで、一応歴史でも出てくるような人物らしい。興味ないから名前も忘れたけどな。


 あらゆる魔を弦の音1つで打ち払い、剣の一振りで露とすると謳われる武人でもあり、優れた頭脳を持ち機知に富むと讃えられる文人でもある。

 そんな超絶半端無いわけわかんないスペックの持ち主であり、同時にアホみたいな神力の持ち主でもある。……いや、俺と比べるなよ、虚しいだけだぞ?


 そしてこの冥官、俺ら鬼狩りと縁がある。まあ仕事上被りが出るのは当たり前なんだけどな、それ以上に、扉の番人であると同時に、人鬼を狩る仕事もしている。



 ……つまり、この人とお仕事イコール、人鬼狩りってわけだ。



「人鬼狩るのは嫌なんですって、あれおっかねえもん、ぜってー関わりたくないんですって、帰らせてくださいってマジで無理ですからお願いします」

「瑠依!」

「うんうん、前もそんな事言ってたよな。でも諦めてくれ」


 竜胆が咎めてくるけど、冥官はにこやかに頷くばっかり。しかもそのままさらっと却下しやがると来た。


「フレア様にも俺言ってあるんですけど!? 鬼狩りやるけど人鬼だけは相手しないって! 契約時にもそういう約束してるし!」

「そんな契約までしてるのか!?」


 目を剥いた竜胆が、詰るようにツッコミを入れてきた。うっさいな、人には向き不向きってもんがあるんだよ!



 人鬼……人が憎しみや哀しみに囚われて堕ちる、魔の存在。今じゃほぼほぼ絶滅種になっちゃいるけど、稀に発見されることがある。

 そんな連中は憎しみに囚われてひとの心を失い、ひたすら人間に仇なす存在となる。場合によっちゃ人間喰うんだぜ? 怖いなんてもんじゃないわ。


 そして、そんな連中を狩るのも、鬼狩りの仕事の一環、というか本来の職務だ。あんまりにもやりたくなくて、綺麗さっぱり忘れてたけどな。


 ちなみに人鬼狩りはいっぺんだけ強制参加させられたんだけど、あれで無理だと悟ったな。おっかないなんてもんじゃない、あんなの何度もやってたら頭おかしくなってそのまま死ぬわ。



 という訳で、俺は絶対に、何があっても、人鬼狩りだけは関わらんと決めている。それは冥官も知っているはずで、ほら、現に頷いてるし。


「ああ、そうだな。特殊事情を勘案し、本人の意思を尊重して人鬼狩りは強制しない……だっけ」

「そうですよ!」


 彰も拓もいないから代わりにっつって問答無用で鬼狩りにされた俺の精一杯の抵抗として、人鬼狩りだけは絶対に、何があっても命令すんなってフレア様に懇願したんだよ俺は! あんなおっかないもの関わってなるものか!


「というわけで俺は人鬼狩りしません! フレア様からの命令も無効ですし!」

「うん、それに関しては、俺がちゃんと許可もらってきたよ」

「……ほわっつ?」


 今、なんて?


「俺の我が儘を聞いてもらってな。フレアから今回の件に関してだけ、一時的に瑠依の人事権を預からせてもらった。だから、今は俺が瑠依の直属の上司だ。ほら、これがその証拠」


 ぴら、と目の前に示されたのは、確かにフレア様のはんこ付きの書類。思わず手を伸ばしてビリビリに破こうとしたけど、それより早くひょいと取り上げられた。


「というわけで、命令な。瑠依、俺の人鬼狩りを手伝ってもらうぞ」

「嫌です!」

「瑠依!!」

「いーやーでーす! 絶対に、ぜっっったいに嫌だ! 行かない! 無理!」


 子供のダダかって? いやもうそれで良いよ、あんなおっかないもの相手にするくらいなら子供返りくらいしてくれる!


「……冥官」

 今まで黙ってた疾が急に口を開いた。不機嫌そうな顔で冥官を睨んでいる。

「俺もその馬鹿が参加する必要は感じない。つうか、邪魔にしかならん。このクソ面倒臭く喚き倒しているのを無理矢理連れ回すよりも、置いて行った方がいい」


 …………疾が、俺の、味方…………だと?


 耳を疑ったけど、どうやら聞き違いじゃないらしい。冥官が疾の言葉が聞こえていた体で応じたから。


「いや、今回は彼がいてくれると助かるんだ」

「その馬鹿が助けになる? トラップの囮にでもする気か?」

「ちょっと!?」


 何故当たり前のように人を囮にする前提!? 偽物疑った俺の気持ちを返せ!


「いや。どうやら今回の人鬼は、疾達の暮らす街に精通しているようでな。細い路地まで詳しい地元の人間がいると助かるんだよ。ほら、疾も竜胆も、あの街に長いわけではないだろう?」

「住む街の地図くらい網羅している。いらん」

「えー、けどなあ」


 ……どうやら今回、疾は俺の味方らしい。いや、どんな理由でも助かるぞ! そのまま俺の帰宅を獲得してくれ!


 俺の期待の眼差しを知ってか知らずか、疾と冥官の言い合いは続く。


「その馬鹿がいると危険が増しこそすれ、助力になんぞなるか。人鬼を相手するってのに、そんなリスクを抱えたくない」

「いやいや、彼の呪術は相当なものだと聞くよ。どうも今回の鬼は、周囲に妖を従えているらしいのさ。その妖達もおそらく、瘴気に侵されて鬼になっている筈だ。疾は手数の多い方じゃないし、彼のように殲滅の出来る戦力は貴重だろう」

「人鬼が抱える鬼の軍勢程度で足りなくなるほどの手数じゃねえよ。つうか、何の為にあんたがいるんだ。それこそ一掃出来るだろうが」

「いや、俺は今回、少しばかり気がかりな事がある。そっちに集中したいんだ」

「は? なんだそれは」

「うーん、今は内緒な」

「……ふざけてるのか」


 低く、危険な響きを持った声。疾さん、喧嘩売る気? お相手は冥官様ですよ……?


 怖いもの知らずな相棒にびびり上がる俺を余所に、冥官は余裕の笑みで肩をすくめた。


「俺は疾相手にふざけた覚えはないぞ。単に、今は話せない事情があると言うだけだ」

「……」

「あと、瑠依を連れて行くのはもう決定事項だからな。疾の意見は聞くけど、今回は採用はしない。引き下がってくれるか?」


 にこりと微笑む冥官に、疾の表情が歪んだ。ふいと視線を逸らして、吐き捨てる。


「勝手にしろ」

「うん、そうするよ」


 ……疾がこんな反応するの、マジで他には見られないんだよおっかねえ。これだけで、冥官のヤバさが分かるってものだし、その冥官が狩る人鬼のヤバさも推して知るべし。



 そして、疾が諦めた以上、俺に味方はいないわけで。



 無言で回れ右して逃げようとした俺は、いつの間にやら目前に立つ冥官にひっと悲鳴を漏らす。


「というわけで、瑠依も諦めてくれな」

「帰りたい!!!」


 俺の悲痛な叫びは、誰にも拾われずに虚しく響いた。


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