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鬼は外、布団が内  作者: 吾桜紫苑
第8章 やりたくない仕事やらされて帰りたい
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おっかない人お断りです

 竜胆にオフトゥンから引きずり出され、脇に抱えられたまま街中へ……出そうになったのを泣き言混じりに頼み込み、自分の足で歩いた。まだ陽が高いんだぞ? 下手したらクラスメイトに見られるんだぞ? 帰りたくなるだろ。


「行きたくない行きたくない帰りたい……」

「ああもううるせえな……」


 竜胆がうんざりしてるけど、俺悪くない。陽が沈んでから出て行くのもいやだけど、陽が沈む前から働かされるとかもっと帰りたい。勤務時間前の労働だって時間外労働です。


「だって疾の呼び出しだぞ、ぜってー碌なもんじゃない」

「いや、疾は割と仕事には真面目だと思うぞ……?」

「どこが!?」


 あの隙あらば人に仕事をぶん投げて高みの見物しようとする様のどこに真面目さが!? 竜胆のお人好しが天元突破してるだけだろ!


「どこがって……はあ。少なくとも、瑠依が言えるかよ。いっつも帰りたがってるだろうが」

「え、それは人間誰しもが持つ欲求だと思います」


 真顔で返した。それは俺が普通です。あの疾だって、さっさと仕事終わらせて帰るじゃん。それを指して同類項で括るのはやめて欲しい。


「そういうとこだっての……はあ。なんで俺の主ってこんなアホなんだろ」

「酷くね!?」


 いきなりディスられたのは何故だおかん! 俺はそんな疲れ切った溜息をつかれるようなことを言った覚えはないぞ!



 なんて会話を交わしているうちに、冥府へ繋がるポイントの1つへと辿り着いた。いつもの場所は、この時間帯だとちょっとばかり人気が多すぎるので、いつもよりも長く歩かされた。帰りたい。


 冥府へ続く道を歩く。のたのた歩こうとする俺を、竜胆が背中を押して急かしてくる。辛い。

「なんでそんな急かすんだよぉ……」

「疾がなるべく早く来いっつってたろうが」

「帰りたいぃ……」


 その言葉が更に人のモチベを奪うんだぞ、竜胆? 人間急かされるとやる気がなくなるものなんです。


「っんとにこの主は……おら、行くぞ」

「うぁーもう帰りたい……」


 ブツブツ言っている間に、視界が急に開けた。鬼狩り局に到着だ。


「で、どこ行きゃ良いんだよ」

「んーと、疾の臭いはあっちだな」


 竜胆が鼻を動かして向かう先は、遠距離用の訓練場に続く廊下だった。え、何、訓練してるのあいつ? 人を呼び出しておいて……ってやばい!?


「待った竜胆! そっちはダメだ!!」

「瑠依……この期に及んでまだ」

「ちがわい!」

 うんざりした顔で俺を引き摺ろうとする竜胆の腕を掴み、ぐいぐいと引っ張る。


「いーか竜胆、疾が遠距離用の訓練場を借りてるんだぞ!? この危険性が分からないか!?」

「は?」

「前にちょっと用があって部屋にお邪魔したらな、「実験体が自ら名乗り出てくるとはありがたい」とかなんとかで魔術の試し撃ちされたんだぞ!? 結界ふつーにぶち破ってくるし、死ぬかと思ったんだからな!?」


 悲鳴を上げて逃げ回る俺に、超おっかない笑みを浮かべて魔術連射して来やがった疾のおっかなさは、思い出しただけでお布団1時間癒しコース不可欠です。


「あれ以降、俺は疾が訓練場に籠もったら断じて近寄らない! よって帰る!」

「いや、それは瑠依の自業自得であって、今とは状況が違うだろうが」

「何故に!?」


 まさかすぎる裏切りに愕然と目を開くも、竜胆は呆れ返った顔で俺を見下ろしていた。


「いや、薄々思ってたけど……瑠依と1年間もよく、疾は我慢してるよなあっつうか」

「なんで!? 逆だろ!」


 あの悪魔にぶん回されて酷い目に遭わされてるの俺の方だってば!? というかこの間フルボッコにされたのにそんな発言が出てくるのは何でだよ帰りたい!


「1週間前を忘れたのか竜胆!? おかん力であれはカバー出来ないだろ!?」

「あれは……まあ、うん。流石に思うところもあるけどな……とはいえ、局長へ確認の連絡とるのを忘れたのも確かだろ」

「そんな理由であの扱いは納得いきません!」

「まあ……理不尽なのは認めるけどよ……瑠依のやらかしも色々なぁ」

「理不尽!?」


 んなやり取りをしながらも、竜胆は俺の抵抗をないものとして引き摺っていく。ギャアギャア騒ぐ俺に視線が集まってる気がするけど、俺としてはそれどころじゃない。死地へと向かう竜胆を止めるので必死です。


「いーやーだ! これ以上疾の魔術の標的になるのはぜってーやだ! 先週で既に一生分ボコされたし!」

「いや……瑠依の場合、いっつもあんなもんじゃねえのか?」

「そんなこと……は、あるかもしれないけども!」


 かといって確実にまたボコされると分かっているとこに行くほど、俺に自爆趣味はないやい!


「ああもう、うるせえ。仕事だっつってんだから、部屋に入ったからってキレられるわけねえだろ。大方瑠依が行った時も、ノックせずにいきなり入ったんじゃねえの?」

「覚えてないけど、そうかもな! かといって命狙われる理由にはならないじゃん!?」「……やっぱ自業自得じゃねえかよ」


 疲れ切ったようにそんな納得のいかない結論を出し、竜胆は足を止めた。1番奥の部屋、人気が不自然にないその扉を、竜胆が軽く握った拳で叩く。


「竜胆! 裏切り者!?」

「はいはい、あんま騒いでっとのっけから殴られるぞ」

「理不尽ぇ……」


 もうヤダ、帰りたい。最近、本当に竜胆の俺の扱いが雑で泣きたい。


 カチッと音がして、中から鍵が開く音が聞こえた。鍵まで閉めてたのかー……あ、そうだ思い出した。あん時も鍵がかかってて、丁度起動してた呪術具でこじ開けたんだっけ。懐かし……くない、思い出したら帰りたい。


 げんなりしつつもドアを開けた竜胆に引き摺られるようにして、俺は中に入った。

「よ。待たせたな」

「遅い」


 返ってきたのは、それだけ。……え? それだけ?


 いつもの流れるような罵倒も鮮やかに人を倒す蹴りもなく。みょーに張り詰めた気配を漂わせた声が、ただそれだけを断じた。



 ……え? 誰? こんな疾知らないよ?



「わり。瑠依がいつものようにダダを……」


 ふつりと竜胆の声が止み、俺の首根っこを掴む手が少し緩んだ。え、ほんとに何事?


 力は緩んだけどやっぱり離してくれないので、俺は首根っこを掴まれたまま竜胆を見上げる。竜胆は、驚いた様な顔で何かに視線を奪われていた。


「え、どした竜胆、一体何が──」


 訊きながらも視線を辿った俺は、電気が走ったように跳ね起きて、回れ右する。そのまま猛ダッシュで逃げようとする俺の首根っこが、けれどぐいっと引き戻された。


「離せ竜胆! いやだ! 俺は絶対に帰る! 帰るったら帰る!!」

「おい、瑠依……」


 ──バタン。カチッ。


 扉が独りでに閉まり、鍵まで掛かった。閉じ込められたわけですね、分かります。


「いやです! やらないって言ったじゃないですか裏切り者!? 俺は絶対にパスってフレア様にも宣言しておいたのに、なんで今更俺まで呼ぶんですか帰りたい!!!」


 え、何? 敬語が珍しい? 失敬な、俺フレア様にも一応敬語だからな。逆らっちゃなんない人リストのトップ層は基本敬語で喋るからな。……いや、疾がトップなんだけど、あいつはもはや悪魔だから別枠。


 もうこうなったら呪術でも何でも使って扉ごとぶっとばしてくれる、と思考ががっつり疾に汚染された方向へと向き始めた。


 が。


「相変わらずのようだ」


 楽しそうな声が俺の全力の抵抗をその一言で纏めおった。


「けれど、もう決定事項だから、諦めような」

 声が真上から降ってきて、びくっとなって見上げる。いつの間に俺の目の前まで移動したのか、微かに笑みを口元に浮かべて、その人物は俺を覗き込んだ。


 墨色の衣──着物とも袴とも違うんだよな、疾が確か「かりぎぬ」って言ってた。何それ──を纏い、艶やかな黒髪と黒目を持ち。180センチは優に超える偉丈夫で、腰にごっつい剣をいつも刷いている。

 顔は端正なつくりをしてるけど、疾とは印象が全然違う感じの綺麗な人だ。目つきとか悪くないし、表情も基本はニコニコと笑顔だ。基本は穏やかというか静謐なというか、そんな落ち着いた感じの空気を纏った人だったりする。


 けど、俺知ってる。この人は俺の知る中でもトップクラスの外道な振る舞いを笑顔でこなしちゃう、壮絶おっかない人だって俺知ってる。疾と張れるくらいヤバイんだぞ、そのヤバさ伝わるだろ?


 見つかった獲物のように凍り付く俺をよそに、その人物はにこりと柔らかに微笑んだ。

「ほら、一応は瑠依も鬼狩りな訳だし、何より疾の相棒なんだから、な?」

「……今後一切、その馬鹿を「相棒」などという気分の悪い表現で示すな。胸糞悪い」

「疾は疾で口が悪いな」


 くつくつと笑い、その人は竜胆にも視線を向ける。


「今は竜胆、であっていたな?」

「……はい」

「うん。今回、疾と瑠依に俺の仕事を手伝ってもらうから、竜胆も頼む」

「……なるほど、そういう事ですか」


 1つ息をついて、竜胆は俺をまた見下ろした。


「そういや瑠依は、人鬼(・・)を狩るのを拒否してるんでしたっけ」

「そうそう。俺の命令でもガン無視で逃げ回るって、フレアが文句言っているらしい」

「……ったく。このサボり魔……」


 はあ、と溜息をついて。


「……冥官殿の命令を無視するなんて、いくら何でもマズイでしょうが」

「はは。こういうタイプは珍しいから、俺は見ていて面白いけどな」


 竜胆の愚痴に軽く返して、その人物──冥官は、目を細めた。


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