とことん理不尽です
どうやら、あの日の魔王襲撃は、守護獣が危機感を覚えるくらいにはやべー奴だったようだ。まあそうだよな、あんな意味の分からない連中が好き勝手暴れたのに街が無事とか、んなわけねえよな。
で、疾はどうやら、守護獣に懇願され、渋々出陣していたらしい。……疾が折れるってどんなだ、一体どんな無茶技かましたし四神達。
この時点で、鬼狩り側的に色々頭が痛い状況なのは分かる。分かるし、フレア様の顔を見たくない程度にヤバイのは、前回説明されたから理解出来る。
けど、けどだ。
「…………で。そのぼろ切れみたいなのを引き連れて、貴方は一体何をしにきたの?」
「交渉」
俺らまで、そのフレア様の目の前に引き摺ってこられた理由については、理解出来ない。しかもあの闇討ちの結果無抵抗でフルボッコされ、フレア様曰くの「ぼろ切れ」と化してるんだぞ、超納得いかない。
「四家の連中から抗議が来てな。あれだけの危機、死者も多く出かねなかったのはてめえでも分かるだろ? さらにだ、あの魔力砲は瘴気を撒き散らし、強力な鬼が生まれる切欠となる。にもかかわらず鬼狩り側からのアクションが何らなかった事に対して、強く不満が出ているわけだ。連中だけに負担が集中してるからな」
薄く笑った疾が、無造作に首根っこ掴んだ俺らを軽く持ち上げる。だらんと脱力しきった俺と竜胆を見て、フレア様がめっちゃ引き攣った声を上げた。
「……それが、その2人と、なんの関係があるの?」
「意外だな女狐、てめーの部下が死なない程度に負傷してるのがそんなに気になるか?」
「犯人とは思えない開き直りね。別にその2人を心配しているわけじゃないわ、どうしてそうなったのか分からないだけよ」
言われてることはひっでえけど、そうだな、俺も思う。何で俺ら、こんな目にあってるんだろうな。
「ああ、んなことか」
けど、疾はふっと笑って。
「何、簡単だ。術者共を代表して、すたこら逃げるだけ逃げて知らん顔してたこいつらを、ちょっとばかり、〆ただけさ」
「ああ、成る程……。瑠依はともかく、ツェーンがそこまでボロボロになるまで、貴方の八つ当たりに付き合わされたという訳なのね」
深々と溜息をついたフレア様が、簡潔に纏めてくれた。うん、そう、つまりだ。
……俺ら、疾の八つ当たりでフルボッコされたってことだよな。
理不尽という言葉で言い表せないほどの理不尽だけど、竜胆も俺もなにも言わない。というか、言う気力体力も残らないまでボコされたんだよ。
……普通さ、銃で麻痺させた上で、味方をフルボッコしようとか思う? しかもあろうことか、魔術まで使いやがったんだぞ。本気で、何度かマジで死ぬかと思った。
うん、まあ、疾の事だから、俺らが死なないギリギリの所を見極めてやってんだろうけどさ。俺ら的にはそんな余裕があるようには見えなかったんだってば。
「つーわけで。落としどころとしてはあの街の被害額の補填だな。全額とは言わねえがな、あの晩知らん顔した分くらいは払わないと、道理に合わねえぜ」
「疾が働いたのでしょう?」
「俺は奴らと個人的に交渉して依頼金を請求する立場だ。鬼狩りとしての職務は一切していねえよ」
さらっと言い切った疾に、フレア様の声が低くなる。
「……貴方、分かってて働かなかったの?」
「何せ連絡もなかったしなあ。自発的に動く必要が無いのは、あの日、自己判断ですたこら逃げた竜胆を見ても明らかだろ? 馬鹿はともかく、竜胆は鬼狩りの基本的な職務や自己判断が必要な部分はきっちり頭に入ってるぜ」
イイ笑顔で宣う疾さん、めちゃめちゃ楽しそうですね。ついさっき、俺らぼこる片手間に電話で交渉役を売り込んだとは思えない口振りにカンパイ。
「てことはだ、この一件は局長、ひいては鬼狩り局が干渉無用と判断したって言えるわけだ。おかしいよなあ? これだけの大事態に、現地の鬼狩りに情報収集1つさせてねえってんだからよ」
にいと、それはもう腹立つ笑顔を閃かせて。
「ああ勿論、てめえがこの2人から情報の聴取1つ行ってねえのは確認済だぜ。てめえの行動1つ1つが、この一件と無関係でいようという意志を滲ませてんだ。言い逃れ出来ると思うなよ?」
……えげつないほどがっつり追い詰めにかかる疾に、フレア様が思い切り顔を引き攣らせた。
「ねえ、貴方。一応鬼狩りの一員じゃない。少しはこちら側を庇おうと思わないの?」
「女狐、権力争いのしすぎで脳みその皺が減ったか? 俺は今、守護獣を従え街の守護において術者共から指揮権すら譲られる立場なんだぜ。冥府と神々との約定もある、不要な肩入れはしねえ。あくまで公平にニュートラルに、交渉の仲介役を担わせていただくさ」
ねえ、誰か言ってやって。あんなに嫌がった上で術者に喧嘩売りつけたくせに、いつの間にか指揮権奪い取ったんだよって言ってやって。あと、公平にって言うなら俺らを八つ当たりでボコるなよって言ってくれたら滅茶苦茶感謝します。
「これを公平と言い切る貴方の図太さには感心するけど……うちが万年赤字なのは知ってるでしょう。これでもあの手この手で予算をやっとの事で掴み取っているのよ。そんな降って湧いたような補填が出来ると思って?」
「そこはてめえの手腕に掛かってんじゃねえの。なあ女狐……」
そこで、疾の声が変わった。どこか毒の含んだ、惑わすような囁き声がフレア様へと語りかける。
「──瘴気をばらまいたあの街は、百鬼夜行で滅びかねないぜ」
「!?」
フレア様の顔色が変わった。それを見て、疾が笑みを深める。
「眠り続けるかの土地神が、いつまでも眠っていてくれると思うか? こんな騒ぎの後で? ……あぶねえよなあ、危ういよなあ。術者共はそれが分かっていても、現状じゃあ百鬼夜行に対処しきれるかも悩ましい」
「……」
「で、鬼狩りとしてはどうする? 神の暴走は、冥府への道を開きかねない。そうすりゃ、死者の行進がこの国を滅ぼす。……誰がそれを、どうやって、止めるだろうな?」
「……貴方」
「別に、俺はどうだって良いさ。この国1つ沈んだところで、痛くも痒くもねえよ。が、……そうもいかねえよなあ? 鬼狩り局長、フレア殿?」
くつくつと笑って。嗤って。疾は、言う。
「何、俺「は」てめえに強要はしねえ。だが、どうだろうな。旧家の救いの声を切り捨ててでも、この局の予算を守らんとするか? それとも、然るべき所に訴えて、幾ばくかの金を払うだけで未曾有の大災害を防ぐか? さあ、どっちがあんたにとって、利益になるかな」
「……口の減らないガキね、本当に」
「褒め言葉どーも」
にい、と笑う美貌の主は、更に愉しげに続けた。
「ま、ちょっとばかり「鬼狩り」として局長殿に貢ぎ物だ。──もしこのまま知らんぷりをするってんなら、俺はこのボロ切れを殺気立った術者共のど真ん中にぶち込んで、それを「謝罪」とするぜ」
……おい。
……おい!
「…………この状況で更に、恨みを晴らすサンドバッグにしようという貴方の非道っぷりにはどん引きだわ」
「てめえが言うなよ、鬼狩りトップ。さあ、どうする?」
言葉通りどん引きした様子のフレア様にもしれっと返し、疾は俺らを更に持ち上げる。うん待って、ついでとばかりに魔法陣を展開してるのは、まさか有言実行のためですか?
「……はあ。本当に……何であの方も、もう少し、真っ当な感性の持ち主を、部下にしてくれなかったのかしら…………」
なんか聞き覚えのある愚痴を漏らして、ふかぶかとフレア様が溜息をついた。そのまましばし目を閉じて考え込んだあと、疾と再び相対した。
「被害総額の3割。それが限界ね」
「4割」
「……最大限努力するわ。私としても、大事な部下をここでみすみす失うわけには行かないもの」
「そりゃまたご立派だな。局長サマの英断に敬意を表するぜ」
「どの口が言うのかしら……」
またも溜息で幸せを逃がしてから、フレア様は立ち上がった。俺らを見下ろして命じる。
「その子達から、報告を受ける必要があるの。離してもらえるかしら? 話を聞いたらそのまま、上への報告へ向かうから」
「上々」
ぺいっと放り捨てられた俺らは、続いて発動した魔法陣で全身の痛みがすーっと引いていくのを感じた。軽い治癒魔術っぽい、動けないけど話は出来る程度の回復な辺りに使い手の性格の悪さが出てるよな。
「んじゃ、ここに俺からの報告書は置いておいてやるよ。じゃあな」
「出来ればあの方へ報告して貰えると助かるわ」
「あの野郎が把握してねえ訳ねえだろ、アホくせえ。ここんとこ徹夜続きでな、勤勉な鬼狩りはここらでゆっくりと休ませて貰うぜ」
それを言うなりさっさと出て行く疾。ちょっと待て、なんだそれ! 何故疾だけが帰るんだよずるいだろ!?
と、いう、俺の真っ当な訴えを叫ぶより先。
「さて」
ガッ、と。肩をヒールで踏みにじられ、俺は恐る恐る視線をあげた。
「洗いざらい報告なさい、瑠依、竜胆。疾のレポートは受けとったけど、貴方達、あの晩は一体全体、何をやっていたのかしらぁ……?」
あ、と悟ったね。
これ、今度はフレア様の八つ当たりに付き合わされる奴だ。
……なぁ、俺らが一体何したの? 竜胆なんか、ちゃんと判断したって言ってんのにこれだよ? 俺も割と頑張って神力使い果たすレベルだったんだよ?
魔王襲撃なんてトンデモ事態に巻き込まれておいて、こんな目にあういわれはねえし! 帰らせて!?
「今夜は帰れると思わない事ね、貴方達」
「理不尽!?」