やっぱ予感は馬鹿にならないんです
「へ?」
「……まあ、そうですね」
竜胆は気付いてたっぽくて、驚く様子なく返す。慌てて振り返ると、矢絣を基本とした落ち着いた着物を着こなした女性が立っていた。確か、術者達の集まりで眞琴って名乗ってた人だ。
「つか……知り合いなんですか?」
「まあね。今回は特別に手を貸してくれたみたいだ。基本は不干渉だからね、彼」
「……」
竜胆が眉を寄せて黙り込む。何が気になるんだかわかんないけど、俺は俺で気になったので訊いてみる。
「え、これ、無視して良いの?」
だって未だに魔術がすげー勢いなんだもん、心配じゃん? そのうち街が吹っ飛びそうだし。
そう思って訊くと、眞琴さんはにっこり笑った。
「止められるものならどうぞ?」
「イエ結構デス」
無理に決まってた。そうだよな、こんなん止めに行くなんて死地へ向かうより、帰るよな。
「うーん、彼と一緒にいるとは思えない位普通の反応だなあ。よくやっていけるね」
しみじみ呟かれた言葉に、竜胆と顔を見合わせる。うん、なんつーか。
「あいつがいろいろごめんなさい」
「そっちこそ苦労してるんですね……」
二人して、同情の眼差しを向けた。この言い方、どんだけ迷惑かけたんだよってやつだよな。
俺らの視線を受けて、眞琴さんはあらぬ方向をみやった。
「はは……そうだね。今回もさあ、戦艦に乗り込んでおいて街の真上に墜とすとか、何考えてるのって話だし……怪我人出すし……というかいきなり乗りだしてきておいて指揮権ぶんどるだなんて、いい加減にしてくれって話なんだよね。年寄り連中は頭が固いから強硬手段を取れとか言うし、変に神獣に傾倒してる連中は取り入ろうとするし。あの性格や実力を知りもしないで言いたい放題暴走し放題、押さえて調整する私の身にもなって欲しいのに、あいつときたら人の苦労もお構いなしで更に煽って嘲笑ってくるし。ストレスで疲れ切ってる相手に更に追い打ちかけるとか、真っ当な人間のする仕業じゃないよね……あはは、これで更に依頼料ぶん取られて、この街の旧家沈んじゃわないかな……」
「本当にご迷惑をお掛けしています!」
「ごめんなさい!!」
濁りきった目で止めどもなく溢れ出す愚痴に、もはや竜胆も俺も腰を直角に折って謝ったよな。俺らが謝罪ならいくらでもするから、お願い、マジで帰ってきて。
俺らの勢いよい謝罪に少し正気に返ったのか、眞琴さんはぱちぱちと瞬いて軽く苦笑した。
「ごめん、愚痴ってしまったね。貴方達は気にしなくて良いよ。それに……」
視線が竜胆の背中に向く。すっと息を吸い込んで、眞琴さんは深々と頭を下げた。
「ありがとう。その者達は、我等が救えなかった身内だ。わざわざ病院まで連れてきてくれたんだろう? 礼を言いきれないよ」
俺らは思わず顔を見合わせた。……うん、どうしよ。
「あ、いえ……俺らは、寧ろ、その、連れてきただけっつうか」
「そ、そうそう、ちょっとたまたま出くわして」
「……? 彼らは捕まっていたのに?」
「はは……」
何か誤解してる眞琴さんに、言える? それ、たった今の今まで愚痴り呪ってた相手が助けたみたいですよとか、言える?
……少なくとも、俺には無理。未だに違和感あるし。
「まあ、あの、うん! 取り敢えず病院へ連れてくんで!」
「だな! ひとまず、失礼します!」
「……? ああ、うん、ありがとう。手伝えれば良いんだけど」
「いえ! 竜胆力持ちなんで!」
不思議そうな眞琴さんを遮って敬礼し、早足で去って行く。もういたたまれない、無理。
「そう……ありがとう。ああ、病院に着いたらどこか借りてそのまま休むと良いよ。朝起きたら、街は復興してるはずだから」
「へ?」
あり得ない言葉に思わず振り返ったけど、もうその時には眞琴さんは姿も形もなかった。
「……へ?」
消えた?
ぱかっと口を開けた俺を見て、竜胆は肩をすくめる。
「大した力の持ち主だよ……戦艦受け止めたのも多分あの人だ。瑠依、すげえ面子ばっかり引き当てるのな」
「……嬉しくないです、竜胆さん」
超要らないお言葉を頂いて、俺は消沈しつつ病院へとぼとぼと向かった。
***
翌日。
言われた通り病院の簡易ベッドで休ませてもらった俺らは、ぽかんとした。
街が、完全に元通りになっていた。
「えー……」
「もうなんでもありだな……」
唖然とする俺ら。目の前には工事したて同様の、綺麗に舗装された道路が広がっている。
「そりゃ避難の時も綺麗になってたけどさぁ……」
「だな……」
こんなんあり? って思う俺らが普通だと思う。一晩どころか、あの魔術祭の時点で結構夜明け間近、今まだ結構早い時間だよ? いくら何でも早すぎね?
「ってことは、避難した人達も戻ってるのかな?」
「みてえだな、人の気配がする」
竜胆が頷くなら間違いない。すげー、完全に復旧完了するとは思わなかったし。
「……待てよ? てことは……」
「瑠依?」
ふと気付く。いや、この感じだと割と可能性あるんじゃね?
「竜胆」
「なんだ?」
「走ろう!」
「……へ?」
ぽかんと目を開ける竜胆をおいて、俺は猛ダッシュした。
「瑠依!?」
驚愕の声が後ろから聞こえるけど、俺は止まらない。今だけは全力で走る、だって帰巣本能がそうしろと叫んでる。
さあ、待ってろよ我が家!
流石に全ての道路が完全復旧って訳じゃなかったらしく、ところどころ工事のため立入禁止の看板が立っていた。細かい事を気にしなきゃ、誰も気付かないだろうけどな。
あいてる道をすり抜けるようにして駆け抜け、ただいま我が家! 無事だった!
「……家に帰りたかっただけかよ」
直ぐ後ろを黙って付いてきてた竜胆が、脱力したように呟く。俺は一旦振り返って、ふっと笑った。
「甘い」
「は?」
玄関のドアをぐいと引き明け、中に入る。靴を脱ぎ捨てて、全力で階段を駆け上がった。お袋様もねーちゃんもまだ寝てるらしく、出迎えはナシだ。
ずざーっと、廊下をスライディングして自分の部屋の前に到着。わくわくする気持ちのまま、俺はばぁんと扉を開けた。
「……っ!!」
出て来た時のまんまの部屋。パジャマが脱ぎ散らかされてるトコまで一緒なのはちょっと微妙だけど、そんな事より俺は1点に釘付けだった。
「あぁ……!」
感嘆の声が震える。感動に打ち震えて、俺は強く床を蹴った。
「会いたかったぞ、おふとぅうううううん!!!」
ダイブした体を優しく受け止めてくれる感触に、俺は頬擦りする。嗚呼、もう二度と会えないと思っていたから、感動もひとしおだ。
「良かった、本当に良かった……!」
「瑠依、一体………………」
ようやく追いついた竜胆が、俺に問いかけようとしてふつっと黙った。顔だけ上げると、何故かかんっぺきな無表情。
「……瑠依」
「なんだよ竜胆、折角生き残ったオフトゥン様と感動の再会して何が悪い!」
「……あっそ」
はあ、と溜息付いて。続いて竜胆はにっっこりと笑った。
「んじゃ、問題ねえな。明日は見回り行くぞ?」
「はあああああ!?」
あり得ない。絶対にあり得ない!
「断る! 俺は今日、最低でも48時間はオフトゥンとデートをするんだ! 何人たりとも邪魔させないぞ!?」
「安心しろ、瑠依。もしそれを実行しようとしたら、そのベッドが粉々になるから」
「なんつー脅し!?」
ぎゃあと喚くも、竜胆は譲らなかった。
「嫌なら諦めて見回りでるぞ! いい加減仕事してもらう!」
「理不尽!」
なんでオフトゥンの中でまで帰りたい気分にならなきゃいけないんだ、ちくせう。
***
次の晩。しぶしぶ起きだして見回りに出た俺は、それにしてもと首を傾げた。
「にしても、ほんっと何もねえな」
「だなあ……?」
竜胆も首を傾げている。うん、やっぱ違和感あるよな。
「あれだけうじゃうじゃ気持ち悪い白蟻の群がいたってのに、街が綺麗さっぱり何事もねえって普通なのか?」
「なわけねえし。……あーでも、疾が暴れまくった跡も綺麗に無かった事にしてくれてるっぽいぞ?」
「へえ、この街の術者って優秀なのか……まあ、2日前のあの騒ぎはやばかったもんな。あれで無事ってのがすげえわ」
感心したように頷く竜胆に、俺もと頷き返す。実際あの眞琴さんって人、すげー頑張ってくれてたみたいだもんな。すっかり平和な街に万歳。
……あと、人外バグチートな連中が多すぎてやばかった。なんかやたら出くわしてはやべー空気になるし、生きた心地しなかった。
とはいえ、無関係でいれたのはオカンがオッケー出してくれたからだ。マジで、下手に調査しようとしなくて良かった……!
「逃げるの賛成してくれた竜胆に超感謝。俺だったら軽く死ねる」
「いやあ、今回はな……別に鬼じゃなかったし、瑠依達が動く理由も」
「ほお」
絶対零度の声音に、自然足がぴたりと止まる。
……今の、声は。うん、聞き違いとかねぇ、よな。
慌てふためいた俺らが振り返るより先、乾いた音が2度響いた。
——タンタンッ。
「いって!? ちょ、いきなりな……に、を」
「なん……身体が、痺れ……?」
いきなり背後から撃つ奴があるか、と言いたいけど、んな事より、やばい。
怪我はないっぽいのに、膝が勝手に折れていく。体はびりびり痺れて力が入らず、俺らはそのままへたり込んだ。
とてつもなく嫌な予感に顔を引き攣らせ、迫る足音に竜胆と顔を見合わせた。
「なあ……瑠依。俺すっげえやな予感すんだけど」
「奇遇だな竜胆、俺もだ。動けねえのがすげえ怖い」
「さて」
「「!?」」
びくうっと震えて同時に顔を上げると、とんでもなく不機嫌な疾がイイ笑顔で拳を鳴らすのを見て、ざあっと全身から血の気が引いた。
「2日前の夜、てめえらが一体どこで何をしていたのか、ゆっくりと聞かせてもらおうか」
その時、悟った。
あぁなるほど、なんか気になったあの時、やっぱ知らん顔で逃げたのやばかったのかぁ……と。
「ちょ、ま、ぎゃぁああああああ!?」